死神の小遣い稼ぎ (ハーフ&ハーフ3)

涼月

第一回目 幼少にして大黒柱の男の子

理想と現実は違うのね(お題)

「いいか、新人」


 ダークグレーのスーツをピシッと着こなしたフタヒロ先輩は、目の前のチョコレートパフェにスプーンを何度も出し入れしながら、私にガンを飛ばしてくる。


 折角のイケメンフェイスが台無しなんですけれど……


「お前の仕事をもう一度簡単に説明するぞ。ん、んっま」


 アッと言う間に食べ終えたパフェの器を横にどけて、今度は赤い苺の乗ったショートケーキを口に入れて一瞬天使の笑みになる。


 そんなに美味しかったんだ……

 

 今度はイケメンフェイスが間抜け顔になったが、私の冷ややかな視線に気づいたようで慌てて飲み込むと先を続けた。


「……貸したものは利子つけてちゃんと返してもらえ、に尽きる」


 それから目の奥に悪魔の炎をちらつかせる。


「だから、返してもらうまではくれぐれも手ぶらで戻ってくるな」


 そう。貸したものを返してもらう。

 わたしの仕事を簡単に説明するならそういうことだ……ん? あれ?


 私はわけがわからなくなって、フタヒロ先輩の顔を見つめた。


「えっと、私たちの仕事って死神ですよね。亡くなる人を迎えに行って迷わずあの世へ導く。神聖な儀式を担う大切なお役目と、『死神養成校』の先生がおっしゃっていました。そのどの過程で貸して回収するような出来事が発生するのでしょうか?」


「ったく、これだから……」


 最後にとって置いた苺を大切そうに噛みしめながら、フタヒロ先輩はやれやれという顔をしている。


「お前、筆記試験の点数は良かっただろう?」

「はい。全部Aでした!」

「そう言う奴に限って、応用が効かないんだよな」

「はぁ。すみません。さっぱりわからないので教えていただきたいのですが」


 神妙に頭を下げると、今度はカボチャプリンを掬いながら、面倒くさそうにため息をつくフタヒロ先輩。


 一体幾つ食べる気だろう?


「お前は死神育成校で『建前』しか学んでこなかったんだな。まあいいや。お前も食え。今日は俺のおごりだ。出世払いでいいから」


 おごりって、出世払いが必要なのだろうか?

 ますますもってわからないが、目の前のクネクネと巻き上がった糸のようなモンブランは美味しそうだった。


 ああ、ようやく食べることができる。この世の美味しいお菓子!


『死神養成校』では、死神の儀式や作法についてだけでなく、この世のことについても色々教えてくれる。衣食住に関することから政治的、宗教的なことまで。

 だから、私たち死神は、お迎えの人それぞれの事情に合わせた格好、望む儀式を執り行わなくてはいけない、重責を担っているのだ。


 養成校を卒業したばかりの私は新人研修期間なので、フタヒロ先輩について、これから一人前の死神になるための実地訓練を行うところだった。 

 だから、目の前のモンブランを食べることも研修の一貫。


 フォークを差し込めば、フワリとした感触が伝わってくる。中から顔を出した白と黄色のクリームごと掬い上げて口に運べば、ホロホロとした食感と舌に纏わりつく甘味に包まれて幸せな気持ちでいっぱいになった。


 これが、ケーキ!


 フタヒロ先輩の間抜け面の意味が分かったわ。

 これは……頬が緩んでしまう。目が垂れてしまう。

 

 ああ、美味しい!


「どうだ、美味しいか?」

「はい!」

「もっと食べたいと思うか?」

「はい!」

「だったら、一度しか言わないから良ーく聞け」

「はい!」

「小遣い稼ぎの方法を教えてやる」

「はい?」


 嫌な予感が背筋を這い上がる。死神なのに小遣い稼ぎって、どういうこと?



 フタヒロ先輩の説明はこうだった。


 死神が『迎えにいく人』のことを真に理解するためには、まず、この世のことを色々知っておかなければいけない。でなれば、彼らの気持ちに寄り添うことは難しいからだ。だが、そのためにはこの世の経験を増やさなければいけない。

 例えば、死神養成校では、この世の食べ物について色々説明されているが、実際に食べたことがなければその味はわからない。だから実際にこうしてフタヒロ先輩は私をカフェなるところへと連れて来てくれたと言うことだった。


 だがここで問題になるのは、この世の『お金』がなければ経験できないと言うことだ。この世はあの世と違って、『ただ』でもらえる物はない。

 全て対価としてお金が必要になるのだ。


 だが、あの世の死神はそんなものは持っていない。


 そこで、かつて良い事を思いついた死神が居たのだ。

 

 この世のお金、小遣いを稼ぐ方法を!


「いいか。気をつけないといけないのは、まだこの世に未練がある人にだけしか、この方法は使っちゃいけないってことだ。こちらから勧誘することはご法度。流石にそれをやったら死神業、廃業になっちまうからな。気をつけろ」

「はぁ」

「だから、相手の方から、『まだ死にたくない』あるいは『死なないで』と言っている人にだけ、この取引を持ちかけるんだ」

「データを改竄して寿命を延ばすって取引ですね。で、その対価を払ってもらうと」

「そう言うことだ。飲み込み早いじゃねえか」

「……」


 知らなかった。こんな不正が実際に行われているなんて。

 しかもどうやら常態化していて、上層部も目を瞑っているようだ。


 神聖な『死の儀式』を担う荘厳なお役目。そう思って憧れていたのに、がっかり……


「だがな、お前も死神育成校で習っただろう。死には四十九日という、この世とあの世の境で身を清める時期があるってこと」

「はい」

「だから、その間はクーリングオフ期間で、やっぱり死にますって言う希望も受け付けることができるんだよ。そうなったら、契約破棄してそのまま死の儀式に移行しないといけない。だから、対価の回収は、四十九日後になる」


「なるほど」

  

 実にシンプルと言えばシンプルな取引。


 この世の人間は寿命が決まっているけれど、それがほんの少し遅くなったからって別にあの世が困ることは無いのだ。


 死神本部の上層部としても、丁度イメージアップを計りたいと思っていたところだったらしい。本来死神の役目は、神聖なもの。有難く感謝されるべきことなのに、なぜか人間は『死』とか『死神』に悪いイメージを持っていて恐れている。自分たちの存在意義が理解されていないことに、少なからず不満があった。

 だから、『話がわかる死神』のイメージをアピールして、親しみを持ってもらえるのならと、この不正が黙認されているのだった。


 お互いにwin-winの関係。


 素直に対価を渡してくれる相手ばかりなら、ことは簡単だ。


 だがもちろんそんな相手ばかりではない。

 それどころか海千山千の猛者……もとい、お客様(死神育成校で迎えにいく人のことをこう呼ぶように習う)がたくさんいるのだ。

 

「食べ終わったらいくぞ。カレン!」


 カボチャプリンを食べ終えたフタヒロ先輩。コーヒーに添えられたミニチョコを口に放り込みながらせかしてきた。


 何だろう……胃が痛くなってきたわ。


 さっきまで、あれほど美味しく感じていたモンブランが、急に味気なく感じた。


 やっぱり、理想と現実は違うのね……

 

 今日の交渉先はなんと男の子らしい。

 しかも幼い弟妹を抱え、親の面倒まで見ているしっかり者。


「厄介な相手だからな。気合入れていけよ。実体化していない時の俺のこと、病院の廊下で気づいたヤツだからな。お客様でもないのによ」

「え、以外にも我々が見える人間もいるんですか!」

「ああ、勘のいい奴がたまにいるからな」


 ああ、だからこの世のことをちゃんと知らないといけないんだ。


 私は少しだけ納得して、気持ちを切り替える。


「ところで先輩、対価って何をもらうんですか?」

「そりゃ、この世の金に決まっているだろう。だがな、お客様の中には、あんまり金を持っていない人もいる。そんな時はそいつの一番大切にしているものを貰うんだ。いわゆる、お宝ってヤツをな」

「はぁ、そうなんですね。わかりました」

 

 かくしてわたしは一抹の憂鬱をずるずると引きずりながら、初のお客様のもとに足を運ぶのだった。

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