精通
くちなし 駄々
一章
第1話 精通と初経
「A男くんて精通しているの?」
不意な質問に耳を疑う。
「――え? 精通って?」
【精通】にはふたつの意味がある。
ひとつは、特定の物事を詳しく知っていること。
もうひとつは、男子のはじめての射精を意味する。
ぼくの目の前に座る彼女がどちらの意味で訊いたのかが分からなかった。だから、思わず訊き返してしまった。
「だから、もう子どもを産める身体なの?」
「きみは、ぼくが生殖器から精液が出るかを訊いているのかい?」
「ええ、そうよ。A男が射精できるのかを知りたいの」
「……あまり、答えたくないんだけど」
彼女は平然とした顔で、セクシュアルな事を訊いてくる。
対照的にぼくは燃え上がる様に耳が熱い。いま、ぼくはどんな顔をしているのだろうか。困惑と恥ずかしい思いが、顔に出ていないのいいのだが。
「わたし、この前ね、初経が来たの」
別に訊いていない……だが、興味はあった。思春期の女子の体の変化に。
「――それで?」
「別にそれだけ。わたしは子供が産める体になったけど、男子は発育が遅いっていうから、A男くんはどうなのかなって……」
「いや、試したことがない」
嘘だ……何度かマスターベーションを行ったことがある。だが、快感はあるものの、精液が出る事はなかった。
多分、僕は発育が遅いのだ。級友たちには「マスターベーションで精液が出た」と言っていた者が幾人かいた。いや、ほとんどの級友が射精できるのだろう。だが、僕は他の同級生と比べても身長が低く、第二次成長期は未だに訪れてはいない。生殖機能も未だにおとなになれていないのだ。
「嘘だね。オナニーくらいしてことあるでしょ」
彼女は嘲笑したように言う。
「……そういうものは包み隠すものなんだよ」
「――ティッシュに?」
「僕は別に精液の話はしていない。いや、精液もティッシュに包み隠すものだけど、なんていうか、その、そういったエロいことは隠すべきだと思うよ。特に男女間では」
「わたしは健全なことだと聞いているけど」
「け、健全なことだけど、密室で男女のふたりっきりで、そういった話をするのが不健全な状況だと思うけど」
「そう? 男女の体の変化を知ることは、お互いにとって大切なことだと思うよ」
「それは、身体を許した男女間での話だろう」
「わたしは許した関係だと思っているよ。で、精通しているの?」
彼女はなにか大きな勘違いをしている。別にぼくは許したつもりも、彼女から許されたつもりもない。つまりは、身体を許した関係ではない。
だが、そんな誤解を訂正する気には到底なれない。
「どうして、そこまでぼくが射精できるかが知りたいんだ?」
「だって、わたしだけ先におとなになるなんて嫌なんだもん。それに、何だか不安なの?」
「――不安?」
「初経が来た時に怖かったの?」
「怖いんだ。ごめん、ぼくにはわからない……」
「だって、身体から血が流れるんだよ。やっぱり、怖いよ。おとなはそのうち慣れるっていうけど、血と一緒に大事なものも流れている気がして怖いし、とっても気持ち悪いの」
僕は生理の仕組みは知っている。だけど、それを迎えた女子たちの心情までを知ることはできない。
「だから、男子も射精する時に同じ気持ちなのかなって」
「僕は精通していないからわからない。でも、同じ気持ちではないと思う」
「そう……そうだよね。ねえ、A男くん、精通した時にどんな気持ちだったか教えて欲しいの」
「……それは、嫌だよ」
「どうして? そんなの不公平だよ。わたしは初経の感想を言ったのに」
「僕が教えて欲しいと頼んだわけでも、教えを乞いたわけでもない。きみが自発的に言ったんだよ。ぼくが教えなくても不公平ではない」
――そう、彼女は勝手に滔々と語ったのだ。
「――A男くんが精通していないことをクラスの女子に言い触らすよ」
(なんて恐ろしい脅迫なんだ。それに、理不尽だ)
「……わかったよ。だから、ぼくのセクシュアルなことは他者に吹聴しないで欲しい。この話もこれからの話も」
「ありがとう。今日にでも精通するかもね」
彼女は楽し気にそう言うと、部室には再び沈黙が訪れる。
だが、そんな沈黙を破ったのは彼女だった。
彼女は思い出したかの様にこう訊いてくる。
「ねえ、A男くん――勃起はするの?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます