第2話 ツンデレ幼馴染の来訪
あの雌畜生から嘘コクだとカミングアウトされた次の日の朝。時間通りに目が覚めた俺は制服に着替えながら高校に行く支度をしていた。
寝惚け眼のまま授業に必要な教科書やノート、筆記用具などを学生用カバンに詰め込みながら俺が考えていたのは昨日のこと。
(華恋のやつ、なんで泣いてたんだ……?)
俺があの雌畜生にフラれたと言った直後、華恋は呆然とした表情で静かに涙を流していた。あの生意気な幼馴染ならば小馬鹿にした表情で俺を笑ったり必要以上に煽ってきたりする筈なのだが、あの時は俺の想像とは真逆の反応だったのでとても驚いた記憶しかない。
未だ理由はよくわからないが、まさかあの華恋がフラれた俺の気持ちを慮って泣くとは考えづらいので、きっと何か別の理由だったのだろう。
(まさか、俺に彼女が居たことがショックだったり?)
いやいや、とすぐさま脳裏に浮かんだ考えを打ち消す。あの華恋が、顔を合わせてたまに口を開けばツンデレヒロインのようなツンツンした口調と態度で俺を蔑んでくる幼馴染がそんなことで嫉妬なんかする訳がない。
そもそもあの一件以降、華恋と俺との間には圧倒的な溝が出来てしまっている。昨日は思わず懐かしんでしまい、そういう未来があったらという考えが一瞬だけよぎった所為で常な思考力が奪われてしまったものの、もはやこの関係を修復することは誰にも不可能だ。
俺自身が、それを諦めてしまっているのだから。
「正也ー! 朝ご飯出来たから下に降りてらっしゃーい!!」
「はーい、今行くー!」
ブレザーのネクタイをきっちり締めて机の横にある
「あ、おはよう正也。ご飯と食パンどっちがいい?」
「おはよう母さん。んー、ご飯がいいかな」
「はいはい、今よそってくるからちょっと
「あぁ、わかっ——————え?」
「おはよう正也。ここ、寝癖付いてるわよ」
朝食が並んだリビングのテーブルに着席しようとしたその瞬間、何気なく母さんが続けた言葉に違和感を覚えた俺。それを追求する前に、昨日聞いたばかりの女の子の声が耳朶に届いた。
そちらの方向に振り向くと、なんと幼馴染である藤宮華恋がリビングのソファにちょこんと座っているではないか。
「なっ、なんでお前がここに……っ!?」
「あら、正也ったらもう忘れたの? 今日一緒に学校に行く約束したじゃない」
「は、はぁ? 一体何を言って……?」
「いやー、にしても華恋ちゃんがウチに来てくれるなんていつぶりかしらー? 裕子ちゃんとは家が近くだから毎回挨拶してたけれど、しばらく見ない間に華恋ちゃんも大きくなっちゃってー! どう? 学校楽しい?」
「はい、とっても楽しいです。おばさま」
昨日の去り際ではかなり沈んだ表情を浮かべていた華恋だったが、現在では晴れやかな笑みを貼り付けながら母さんと楽しげに談笑している。一方、俺はあまり現実味のない展開に呆然としながら母さんと華恋の二人の顔に視線を行ったり来たりさせたままだ。
母さんも母さんで息子の幼馴染と久しぶりに会話したとはいえ、流石に打ち解けるのが早すぎやしないだろうか。
「ほら正也、ぼーっと突っ立ってないでさっさと座りなさい」
「あ、あぁ、そうだな。……じゃなくて!」
「それにしてもアンタも隅に置けないわねぇ。中学校に入ってから華恋ちゃんと疎遠になっちゃったじゃない? 思春期なのかなーってとても寂しかったんだけれど、こうして二人がまた一緒にいる姿を見れてとっても母さん嬉しいわ」
「母さん……」
「おばさま……」
そういって安心したように柔らかく微笑む母さんに二人の声が重なる。
母さんは中学生だった俺と華恋の間に深い溝が出来てしまった事実を知らない。幼少期の俺が物心つかない時分に父が病気で亡くなり、母さんはそれ以来仕事と家事を両立させながらシングルマザーとして俺を育ててきた。そんな母さんに余計な心配を掛けたくないと思い、あの出来事の全てを隠して誰にも話さずに今日まで過ごしてきたわけだが、それはそれで逆に余計な心配を母さんにかけてしまっていたようだ。
そして母さんは気を取り直したようにそのまま言葉を続けた。
「さ、早く食べちゃって二人で学校に行ってきなさい。ね、華恋ちゃんは本当に朝ごはん食べなくていいの? 同じのであればすぐ用意出来るのだけど……?」
「あ……いえ、家で食べてきたので大丈夫です」
「そう? 来たらご馳走するから、その時は遠慮しないでね?」
「……はい。ありがとうございます」
やや間を開けて返事を返した華恋だったが、その声は少しだけ元気がなかった。
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