浪人と妖刀と子狐と『おやかたさま』
子狐は鎌鼬姉弟に連れられ、立派なお屋敷へと連れてこられていた。屋敷は警備兵が多く、緊張感が漂っていたが、まだ子供の子狐にはぴんとこないようだ。
「今戻った。お館様はいずこにおわす」
「は。お部屋におられます」
着いて早々、子狐は鎌鼬に、屋敷の主である『神野悪五郎』の元へと連れていかれた。ことの説明と、しばらく子狐を匿いたいと願い出るためである。
「ただいま戻りました、お館様」
「ご苦労さま。おや、見覚えのない顔がありますね。その妖狐の子は?」
「は。帯刀した坊主に祓われそうになっていたので、連れてまいりました」
「帯刀した僧侶とは、また珍しい」
神野悪五郎は、子狐に優しく微笑む。
「可愛らしい子ですね。家の者たちが警備警備だと物々しいが、しばらくゆっくりしていくと良い」
「おやかたさま、ありがとう。でも、お坊さんは僕をはらおうとしていないよ。いっしょに旅をしていたんだ」
「ほう?」
「えっ?」
あからさまに血の気の引いた顔をする鎌鼬姉弟と、その様を面白そうに見る神野悪五郎。
「またお前たちは。早い決断と、素早く動くその能力は長所でもあり、短所でもあるようですね」
「これは、また、なんと申し開きをしたら良いか」
「今頃、その僧侶はこの子を探して躍起になっていることでしょう。帰ってきて早々ですみませんが、探して連れてきてあげてください」
「しかし、人間の坊主ですよ。刀を持った」
「こちらの非は詫びなければなりません。そのうえで、もし我らにとって害となる存在なら、それはその時に考えれば良いでしょう。さ、行ってきなさい」
頭をひとつ下げて、姉弟は大急ぎで来た道を戻っていった。それを見てはしゃぐ子狐。
「君は、何故僧侶と旅をしていたのですか? お母さんは?」
子狐は、自らの身の上をたどたどしく、神野悪五郎に語る。
「そうですか。素晴らしいご母堂です。しばらく、こちらにご滞在なさるとよろしい。僧侶の方も、おっつけこちらへ来られるでしょう。誰かあるか」
神野悪五郎が家の者を呼ぶ。
「は。お呼びですか」
「この子狐くんを、客間にお通ししなさい。そうですね、奥の間がよろしい」
「は。しかし、よろしいのですか。奥の間は」
「構いません。早々に」
「かしこまりました」
部屋を出ていく部下と子狐を見送りながら、神野悪五郎が呟く。
「まったく忌々しい。あの女狐め、理想論を語るばかりか、人間と子供までこさえていましたか。人間などに、そんな価値はありはしないというのに」
奥の間に案内された子狐は、言葉を失っていた。広々とした豪華絢爛な部屋の中には、来客が退屈しないように様々な本が多数並べられ、なんと独立した風呂や厠まで付いている。
そのうえ、子供のために人形の類も揃っており、愛玩のためだろうか。すねこすりが数匹、くつろいでいる。
「お兄さん、本当にここを使って良いの? 僕が?」
「特別なお客さんをお通しする部屋なんだ。俺も驚いたけど、好きに使ったら良いよ。何かあったら、すねこすりに伝えてくれれば俺たちに教えてくれるから。とりあえず、お菓子を持ってくるから待っててね」
子狐は、それこそ狐につままれたような顔で、その場に取り残された。
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