浪人と妖刀と鎌鼬姉弟

 ときは南北朝。


 僧侶と子狐は、旅を続けていた。起きたらいつの間にか、変なマルコメに抱っこをされていたので驚いた子狐だったが、すぐに僧侶に懐き、今ではぴったりくっついて歩いている。


 目指しているのは備後国。休み休みで歩くと、五日間はかかる。


「どうだ子狐、疲れてないか」

「平気。まだまだ歩けるよ」

「ははは。お前は強い子だな」


 先は長いが、気ままな旅である。どんな不届き者でも、僧侶を襲おうと考える輩はほとんどいないし、よしんばいたとしても、僧侶と妖刀の敵ではなかった。


 それに、民家に寄ると休ませてくれ、食料を分けてくれた。もちろん金銭と交換であるが、中には読経だけで良いと言う家もあり、様々に助けてくれたことも、道程の長いこの旅を楽観視させる要因であっただろう。ありがたいことである。


 旅を始めて、二日目。


「おい、あれを見てみろ」

「どうしたのさ、突然」

「いいから見てみろって」


 僧侶と子狐の歩く姿を遠巻きに見て、こそこそ話をする者たちがいる。


「あれは妖狐の子じゃないのかい」

「なぜ、妖狐の子が人間の僧侶と歩いているんだ?」

「まさか、祓うためにさらってきたとかじゃ、ないだろうね」

「まったく。人間ってやつは、自分たちと違う存在をすぐ排除しようとしやがる。見逃せねぇな。あの子をさらうぞ」

「はいよ」


 草陰から突然飛び出してきたのは、鎌鼬の姉弟。不意を突かれ、鎌鼬・弟に足を払われ転ぶ僧侶。そこを鎌鼬・姉が子狐をさらいつつ、僧侶を斬りつける。


 僧侶が起き上がったときには、鎌鼬や子狐の姿は消えていた。傷は浅いとは言え、これは失態だ。


「おい僧侶。子狐がさらわれたぞ」

「ああわかってるよ! すぐに追うぞ」 


 僧侶と妖刀がこのようなやり取りをしているとき、さらわれた子狐は、自分を優しく抱いて風のように走る鎌鼬を不思議そうに見上げていた。


「君たちはだれ?」

「私たちは鎌鼬。あの人間の僧侶に、無理やりかどわかされたんだろう? だから助けてやったんだ」

「うーん? 僕は無理やり連れていかれてないよ?」

「うんうん、そう思わされているんだね。もういいんだよ、ここには、お前を痛めつけるやつなんていないんだから」

「えっと、えっと…」


 子狐が言い淀む間にも、鎌鼬たちはものすごいスピードで長い距離を駆け抜ける。ちょうど、向かっていた備後国の方向ではあるのだが、なんとなく話が通じない。


 普段、のほほんとしている子狐も、少しだけ「これはまずいのでは?」という気持ちが芽生えてきたようだ。


「お姉さんたち、どこに向かっているの?」

「喋るんじゃないよ、舌を噛むよ!」

「俺たちは、お前さんを保護してくださるお偉い方のところに向かっているんだ。人間の僧侶と一緒にいるよりゃ、安全だろうさ」


 僧侶さんも同じようなことを言っていたような…。


 子狐は、なんとなくこの鎌鼬姉弟のことを、悪く思えなかった。


「くそ、あいつら速いな」

「まぁ、どうせ目的地に近いところに向かっているみたいだし、ゆっくり歩いたらどうだ」

「そんな悠長な」


 僧侶と妖刀も、同じ方向を走って追いかけるのだった。

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