浪人と妖刀と座長
江戸八百八町。天下は泰平、なべてこの世は事もなし。
そんな平和な町で、浪人と妖刀は散歩をしている。
「どうでぇ。たまには目的もなく町をぶらつくのも、良いもんだろう」
「ふん。俺は妖刀だぞ。こんな平和な雰囲気は性に合わぬわ」
道すがら、歌舞伎一座の座長に出会った。
「あらお侍さん。ご無沙汰しております」
「ああお久しぶり。でも俺ぁまだ侍じゃないんだけど」
「これは失礼。喋る刀さんもご無沙汰しております」
気付いていたのか。まぁ舞台に誘われたときに大声で答えていたからな。
「ご無沙汰だな座長。この前はいろいろ世話になった」
「いえいえ。しかし面白い刀さんですね、喋る刀さんとは」
刀と普通に会話をしている。この座長、只者ではないのかも知れない。
「座長さんは最近どうでぇ。舞台はうまくいってるのかい」
「おかげ様で。ですが最近、それとは違うところで悩み事がありまして」
座長の友人の飼っている猫の様子がおかしいらしく、相談を受けたという。相談されたからにはどうにかしてあげたい。それで悩んでいたという。
「どうですお侍さん。刀さんと一緒になんとかしてもらえませんか」
「しかしなぁ、俺は猫を飼ったことがねぇんだが」
「例によって、お賃金ははずみますよ」
「その言葉に俺ぁ弱いねぇ。よしわかった。やってみよう」
「ありがとうございます。早速案内しますよ」
場所は本所。案内された場所は大きなお屋敷だった。
尋ねると、出てきたのは恰幅の良い豪商の旦那。
「実は、私が長年飼っている愛猫が行灯の油を舐め、尻尾がふたつに割れたのです」
それは確かに不気味だろう。早速その猫に会ってみる。
確かに尻尾がふたつに割れている。しかしそれ以外は、他の猫と変わりはない。縁側でぬくぬくと日向ぼっこをしている黒猫。
「尻尾以外はこれといって普通の猫のようだが。妖刀、何か感じたりしねぇかい」
「わからないな。本人に聞いてみると良いのではないか」
なるほど、それは良い手だ。
「寝てるとこすまねぇな、猫さん。猫さんは化け猫かい」
猫に話しかける浪人を、豪商の旦那は訝しげに見ている。
猫はあくびをして浪人を見た。
「にゃあ。化け猫ではないと思うにゃあ」
猫が喋ったことに、豪商の旦那は腰を抜かしたらしい。尻もちをついた。
「なんで油なんて舐めるんだい。美味いもんじゃあねぇだろう」
「ご主人は僕の身体を考えてくれて、いつも栄養のあるご飯をくれるにゃ。だけども、たまには脂っこいものとかが食べたくて、それでこっそり油を舐めてたにゃ」
「だそうだぜ、旦那。たまにはおやつでもあげたらどうかね」
「あ、ああ…。クロ。お前、喋れたのかい?」
「喋ったら驚かせてしまうと思って、ずっと隠していたにゃ」
「喋るうえに私を気遣ってくれるクロ…。いいね!」
豪商の旦那はご満悦だ。
化け猫は普通の猫よりも、寿命が格段に延びるという。
これから旦那とクロは、ずっといっしょに暮らしていけるだろう。
旦那はクロに一日一回、おやつをあげることで合意をした。
「これで解決ってことでいいかい、座長さん」
「そうですね。やはり貴方に来ていただいて良かった」
「じゃあ、おいとまするか」
旦那とクロは浪人たちが見えなくなるまで、頭を下げて見送ってくれた。
どうやら子供もいないようだから、これからはもっと満ち足りた生活になるだろう。
愛情を注いで飼っている動物が言葉を喋る。考えてみたら幸せなことかもしれない。
「すまねぇな座長さん。こんな簡単な仕事で賃金をいただいてしまって」
「良いのですよ。しかし猫が喋ったとき、貴方は一切驚いてませんでしたね」
「そりゃあねぇ。こちとら喋る刀がいるもんで。別段可愛くもねぇし愛情もねぇが」
「なんだとこの野郎」
今日もお江戸は平和である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます