第6話
「あの時会っただけだけど蓮花に何言うんだー!って思ったもん」
「あの時は嫌な思いさせてごめんね」
「え? いいのいいの、蓮花が謝る事じゃないわ」
あれからかなりの年月が経っているのに覚えているということはそれほど嫌な印象に残ったということだ。蓮花は申し訳なくなって謝るが、明苑はカラッと笑い飛ばしてくれる。
「それより、最近別の所で働いてるって言ってたけど遠いの?」
「遠いというか……宮廷なの」
「え! 宮廷だって?!」
「そう。正しくは宮廷の調理場ね」
まさか宮廷という単語が飛び出てくるとは思わず唖然とする二人。その顔が面白くて蓮花は吹き出してしまった。
「でもどうしてそんなところで働けるようになったの?」
「私も働きに出たいって父様に相談してたの。そこで父様が宮廷の調理場が人手不足だって聞きつけて、紹介してくれたの。宮廷だったら変な人は出入りしないだろうし危険もないだろうって」
「確かになあ」
王琳は働きに出る事は表立っては反対しなかったが、渋っているのは蓮花にもわかった。流石に娘を変な所で働かせるのには抵抗があったようだ。宮廷なら安心できると快く了承してくれた。
「ところで――宮廷には格好いい人いた?」
「格好いい人?」
わくわくした様子の明苑の質問に蓮花は驚く。
「入ったばっかりだし、慣れるのに精一杯であんまり人の顔も覚えられてないのよ。覚えたとしても急に好きな人なんて出来そうにもないし」
「つまんない〜! 蓮花も恋愛したら絶対楽しいのに……」
「今は早く借金を返して父様たちに楽させたいもの。それに好きな人ってどんな感じなのかよく分からないわ。昔からそういうのにはとんと疎くて」
口を尖らせる明苑の頭を撫でながら答える。同世代の男性なんてろくに話したこともないし、深欧は昔から明苑のことが好きだったからそういう対象ではない。好きな人というのはそんなに他の人と違うのだろうか。
蓮花は家族や明苑には今は恋愛をしている時ではないと言いつつ、深欧と並ぶ明苑を見ていると恋を知らない自分が少し切なくなることは否めないのであった。
しばらく市場を堪能した一行は帰宅するため解散することにした。
「久しぶりにゆっくり話せて楽しかったよ」
「うんうん、本当に! また式とかお披露目の日取りが決まったら連絡するから絶対来てね」
「もちろん、是非お伺いさせて!」
じゃあ、と明苑と深欧の背を見送りながら蓮花も買い物袋を持ち直し帰路についた。
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