あなたの「音」、回収します
黒須友香
空飛ぶおたまじゃくし(1)
この世界では、人はみな「相棒」と共に生まれてくる。
通称「
体内に卵細胞を持っている、という話ではない。
赤ん坊が生まれる時、たいていは大事そうに両手で卵を抱えている。つまり、母親の妊娠中は赤ん坊と共に胎内で育ち、出産の時に一緒に出てくる、双子の兄弟のような存在。
が、兄弟ではなく、卵なのだ。しかも人の卵ではなく、色も大きさも形も、どう見ても鶏の卵だ。スーパーで普通にパックに入れられて売られている、あの卵だ。
その正体はいまだ解明されていないが、ほとんどの人が卵と共に生まれ、卵と共に育ち、生涯を共に過ごす。
割れることもなく、腐ることもなく、中身が出てくることもなく。
人が望もうと望まなかろうと、人から決して離れることはない。
まさに、切っても切り離せない、人生のパートナー。
人の外見と内面が
当然、中には他人がうらやむような極上の卵も存在する。
かと思えば、「あたし、固ゆでがよかったのに!」などと、幼児が心無い言葉を自身の半熟な相棒に投げつけるような悲劇的な場面も、世界中で散見されている。
親や自分の境遇と同様、どんな卵なのかは、誰も選べないのだ。
* * *
『で、わかってんな? 今回の仕事は楽勝だから、しゃっきり回収してこいよ!』
「へーへー、わかってますって~~」
答えた男は、パリッとした黒の燕尾服を着こなす、背の高い青年。ある種の緊張感を
閑静な住宅街をこの服装で昼間から歩いている、この青年ひとりだけでも十分に異質に見えるのだが――青年に話しかけている「物体」の方が、道ゆく住人の視線をより多く集めていた。中には「うわ、黒玉。かっけー」とつぶやく少年もいる。
黒い卵。これが、燕尾服の若者の「
黒い卵の発祥は、全国的に有名な某温泉地で――という
しかも、人の肩に乗るだけでなく、時おりふよふよと空まで飛んでいる。性能的にも申し分がない。
多くの人は、常にそばにいて離れない相棒を自分の所有物、道具とみなしており、主に通信機器として利用している。スマートフォンほど多機能ではないが、決して壊れず紛失しないという点で、基本的な通信だけならむしろスマートフォンより優秀かもしれない。
黒い卵から聞こえてくる音声は、燕尾服の青年の上司からの通信だ。
『今日の「
「へ~~~~」
業務連絡という名の無茶ぶりに、
燕尾服の男は考えていた。自分の
通信が終わるとほぼ同時に、青年は目的地へと到着した。
ロートアイアン製の、
奥に一部だけが見える、モノトーンを基調とした邸宅の外観。
手入れの行き届いた、誰もが一度は憧れるような洋館だ。
おまけに、庭師までいた。門周辺の木の
作業服に身を包んだ庭師は、ぎこちない動きで門までゆっくりと近づき、頭を下げながら門を開けた。
招かれるまま、相棒と共に門をくぐる。
ふむ、この男が……。
青年は、庭師の背中に、バレない程度にそっと鋭い目を向けた。
* * *
重厚な黒い玄関扉の向こうに、ひとりの少年が待っていた。
どう好意的に解釈しても「客をもてなす」態度とは程遠い、とがった空気を全身から発散させながら、青年を
「どうも、回収屋です~~。えーと、あなたが
今度はさすがに
事前情報によると、少年・音葉はまだ十二歳。
「
「そして、こちらがあなたの
青年の視線が、後ろに下がった庭師の男へと向けられた。
その言葉に驚きもせず、少年がとがった口調で応える。
「あのさ。まず自分がきちんと名乗るべきじゃない? それとも名乗れないほどヤバい人? ……あ、取り立て屋だっけ。それじゃ普通は名乗らないもんか」
「いえいえ、取り立て屋ではなくて回収屋です。これは失礼いたしました」
青年はまるで舞台上にいるような、流れるようなおじぎをした。
「私は、えーと……あれ、なんだっけ……そうそう、
偽名感、百パーセント。名前はどうでもいいが、黒い卵は気になるらしい。
卵を見る少年の視線が、わずかに
「ご存知とは思いますが、今一度ご確認を。私どもは、ごく
「……こいつは、祖父の遺作なんだ」
音葉の声が沈んだ。
「ピアノ
少年の顔が、少年らしからぬ皮肉めいた顔に歪んだ。
「で、今日はこの『命』を回収に来たんだろ? どんだけの利子をつければいいわけ? 祖父の遺産で済むならいいけど、それ以上は無理だからね」
「いえいえいえいえ~」
卓渡の返答は
「私どもは、『命』の返還は請求いたしません。それじゃあただの死神ですからね。莫大な利子もいただきません。代わりに、こちらが指定するものをいただいております」
「……何」
タダより高いものはない。音葉の全身が警戒を強める。
卓渡は両手を広げ、まるで奏者を
「『音』です、音。こちらが指定する音を、私どもに提供していただければいいのです。指定する音は、あなたが演奏するピアノ演奏です。おじいさまの遺作であるピアノを使って。あなたなら簡単でしょう? 天才ピアニスト、川波音葉さん」
庭師の
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