03.おっさんは本気じゃなかったそうです

「お邪魔します…うわぁ!」



僕はカノープス伯爵のお屋敷へと招かれ、見送りついでにお邪魔する事になった。







中に入ると目の前には大きなシャンデリアが吊るされており、奥には2階へと続く階段があった。まさにアニメとか映画とかでしか見た事がない景色に呆然としていると執事のような男が近づいてきた。



「ルミエール様、お帰りなさいませ…おや?そちらのお方は」


「この人は私の親友、エルよ。とりあえず私はお父様に挨拶をしてくるわ」



そう言ってルミはその場を後にする。残ったのは執事であるだろう人と僕のみだ。


すると男がこちらを向き



「私は当屋敷で執事をしております、セバスチャンです。ルミエールお嬢様と仲良くして頂きありがとうございます」



そう言って深くお辞儀をする。その光景に焦った僕はすかさずこちらもと思い



「僕はエルタニン・Y・ポラリスです。こちらこそありがとうございます」



そう返し、僕は執事さんに連れられて客室へと移動した。















数分後、ルミと共に初老の男性が客室に入ってきた。

そのまま僕の向かい側にある椅子に腰掛けると僕に話しかけてきた。



「君がルミの親友かね?」


「えぇ…とは言っても今日、初めて知り合ったんですけどね」



もう当たり前のように親友呼びされている事実を少しおかしく思いながらも丁寧に答える僕。


しかしながらこういう貴族というやつは太っている奴が大概だと思っていたのだが、この初老の男性は全体的に体にしっかりとした筋肉がついている。


そうまじまじと見ていると初老の男性はハッとしたようにしながら



「あぁ…そういえば私の自己紹介がまだだったね。私はフィルクサ・L・カノープス、フィルクサでいいよ」


「僕はエルタニン・Y・ポラリスです。よろしくお願いします、フィルクサさん」



そう言って互いに握手をする。その時、ピリッとした感覚が手にあったが多分静電気だろう。


それからフィルクサさんと少しばかし世間話をしているとルミが間に入ってきて痺れを切らしたのか



「ねぇエル、外に行こう!」



そう言って僕の手を引っ張って外へと連れ出された。




















「セバスチャン、あの子供をどう思う」



エルが去った後、フィルクサはセバスチャンを呼びそう尋ねた。


窓の外ではエルとルミが仲良く庭を走り回り、その奥には夕日が差している。


セバスチャンは少し迷う素振りをしながら



「私は…あの子供は少し農民の子にしては礼儀正しすぎるとは思いますが怪しくないでしょう。いくらなんでも”あっち”もこんな幼い子供をこちらには差し向けないでしょう」



そう冷静に状況を分析する。

しかしフィルクサは違ったようで



「私はあの子供がただの子供には見えんのだ。…もしかしたらあれはとんでもない化け物かもしれんな」



そう言いながらエルを睨みつけるのだった。








──────────────────────

次の日






「お、お邪魔しまーす…」



ルミから剣術を習おうと誘われた話はどうやらフィルクサさんまで行っていたようで、帰り際に明日から屋敷に通うことを許された。


そこまでされると断るのも失礼だろうと思い、僕も一緒に習う事になった。…にしても大きい屋敷だな。



「あ、エル!いらっしゃい!さっ、こっちに来て」



僕が屋敷の門から入ると庭から走って来たルミから手を掴まれ、庭へと引っ張って行かれた。


庭につくとそこには昼間から酔い潰れている男性とセバスチャンが立っていた。



「えーこちらの方が剣術指南役となりました…」


「ボルディゴードだ。さんとか敬称をつけなくていい」



そう言いながら酒の瓶をつかみ、飲む。ボルディゴードの足元には飲んだ後であろう空き瓶がいくつも転がっていた。



「…はぁ、とにかく剣の腕は確かなのでしっかり学んで下さい。それでは私はこれで」



セバスチャンはボルディゴードの姿に呆れながら、そう評価しその場を去っていった。


確かに下手ならばこんな昼間から酒を飲んでいる態度が最低な奴など雇うはずもないだろう。僕は上手くても絶対、雇いませんがね。



そう思いながらボルディゴードを見ているとボルディゴードは木剣を僕達に渡して寝転がり



「後は適当にそれでも降っとけ。俺は寝る」



そう言って昼寝を初めてしまった。



は?



「い、いやいやボルディゴードさん。流石にお金貰ってるんですし、もう少し…せめて教える素振りくらい見せましょうよ」



何が起きたのか分からず、動揺しつつも剣術を教えてくれと頼む僕。しかしそんな頼みは聞き入れられる訳がなく。



「やだね、ていうか敬称つけんな」



そう言って相手にされず、次は目を瞑り始めていた。


さすがにそろそろ脅しておかないといけない──そう感じた僕はセバスチャンさんを使うことにした。



「じゃあサボってることをセバスチャンさんに言いつけます。そしたらあなたもクビですね」


「そ、それだけは…お願いします」



仕事を無くすと脅すとボルディゴードは簡単に頭を下げ、謝罪してきた。


後は言質を取ることさえできたら脅しては完璧だ。



「じゃあ僕達に剣術を「断る」」



そう調子に乗りながら話を進めようとするが、ボルディゴードは頑なに剣術を教える気はないようだった。


なぜここまで剣術を教えてくれないのか、僕には分からなかった。



「大体、俺は子守りなんてしたくねぇ……そうだな、模擬戦をして一回でもその木剣を俺の体に当てれたら教えてやるよ」



ボルディゴードの頑なに剣術を教えない理由を考えているとボルディゴードがそう提案してきた。


正直に言うと一本なんて取れる訳がないと普通は思う。そもそも素人と経験者では差があるのは歴然だ。しかしなにも勝算がない訳ではない。

ボルディゴードは僕達の事を何も知らない子供だと思っている。確かにルミはそれで合っているのだが僕は違う。転生してくる前は16歳の高校生だ。流石に何も知らない訳じゃない、しかも前世で中学生の頃に剣道部に所属していたのだ。この世界でその技術が生かされるのかは分からないが無駄ではないだろう。




「俺」は勝機を見出した。




















「分かりました。では模擬戦、しましょうか」


「…お前まじかよ」



そう言いながらも両者剣を構える。

少し離れた所でルミはアワアワとしながらこちらを見ていた。


無理もない。急に互いに剣を交えたのだ。


模擬戦とはいえ実戦のようなもの。そもそも命の取り合いはした事がない。相手からは感じた事がない異質なプレッシャーを感じる。これが殺気というものなのか、それとも強大な敵に恐れをなしているだけなのか。しかしそんなことはどうでもいい。






緊張で外の音は聞こえない。聞こえるのは自分の呼吸。吸い込み、吐き出す、その事が今はよりいっそう意識される。








ダッ、最初に踏み込んだのはボルディゴードだった。最初の踏み込みと同時に首元を狙いながら剣を振り、それを僕はバックステップでかわす。



「…ほぉ、口だけではないらしい」


「ま、まぁね」



嘘だ、今だって足はガクブル。さっきのはただビビって下がったのが運良く、かわせただけ。次はこういかない。







ボルディゴードは予備動作なしで次の攻撃を打つ、さっきのようにどんな攻撃で、どこを狙っていて、速度はどれくらいか。そんなこと考えてる暇はなく、反射で頭上を守る。





ゴン、と鈍い音が体を通う。全身の骨が折れるように痛い。しかしここで膝をつく訳にはいかない。






そんな鍔迫りの中、ボルディゴードは余裕そうで、こちらに話しかけてくる。








「やるなぁ…ガキ、いや名前は…」



まるで僕を嘲笑うように名前を聞いてくる。どうやら子供扱いは卒業らしい。







「エルだよっ…っ!」



ボルディゴードの攻撃を受けるのに精一杯な僕は息を切らしながらギリギリの状態で答える。



「エルか…お前、おもしれぇーな」



そう言って僕の剣の面の部分を蹴り、僕は吹き飛ぶ。

クッションとなるのは芝生だった、あまり痛みはない。どうやら垂直に飛ばされたらしい。しかし安堵している暇は無い。奥から次の攻撃が飛んでくる。
























その時、世界が止まる。いや、僕の視界の中で場面として切り出されたみたいに鮮明に映る。それは静画になっていた。







俺は飛ばされ仰向けのまま、剣を構える。気づけば目の前にはボルディゴードが大きく振りかぶりながらも、このまま振り下ろされると僕の頭に直撃の状態だった。


















──動かないと死ぬ。




そう感じた僕は必死に動こうとする。しかし、静画の世界で物を動かす手段は無い。静画を動画にするにはいくつもの絵が必要だ、と僕は何を考えていたのだろう。しかし依然として僕の指すら動かない、頭は動くのに。






動け、動けと心で叫ぶ。しかし指は動かない。

そんな叫びに反比例するがごとく、世界は固まり続ける。






そんな時、ルミが目に入る。僕を見ているのか、今にも泣きそうな顔だ。

















──彼女は、僕が死ぬと思ってるのか




その時だった。さっきまで嘘みたいに動かなかった体が、ゆっくりとではあるが動く。



その機会を俺は逃がさない。そのゆっくりの速度で剣先をボルディゴードの腹部へと動かし。
















「あたっ…た」



その瞬間、世界は動く。



「おらっ!て、何か当たって…る」



ボルディゴードの一撃が僕の頭を掠める手前、腹部にある感触に気がついたボルディゴードは自分の腹を見ると



「剣が……」



剣先を見るとボルディゴードの腹部に確かに当たっていた。つまりは僕達の勝利、剣術は教えて貰えるのだ。














「当たってる…やった、やったよエル!…じゃなーーーい!」



一瞬、一緒に喜んでいたルミだったが我に返り、僕に対して危ない真似はするなと叱り始めた。



正直、言い訳もクソもないので大人しくルミに説教されている。

そんな時、ボルディゴードがそばに寄ってくる。



「まぁ嬢ちゃん、その程度にしとけや……エル、とその…えーと、る、るーナンタラちゃん」



ボルディゴードは人の名前を覚えるのが苦手なのだろうか。ルミの名前を忘れているボルディゴードはルミから呆れられながらも



「ルミエールです」



と不満たっぷりに名前を再度名乗っていた。



「そうそうルミエールちゃん…お前達二人に剣術を教えてやるよ、約束だからな」



そして同時にボルディゴードはちゃんと約束を守る男なのだと思う。僕とボルディゴードで約束した事はしっかりとやってくれるらしい。




















かくして僕達はボルディゴードというダメなおっさんから剣術を教えて貰える事になった。




ちなみにボルディゴード曰く、あの試合出負けた理由は油断してたからだそうです。


いやお前思いっきり踏み込んで本気で剣を振り下ろしてただろう!


















───────────────────












「あの子供、エルはボルディゴードに勝ったようです。まぁ特別ルール付きではありますが」



月夜が照らす部屋の中、セバスチャンはそうフィルクサに報告する。




「ほぉ…見たところボルディゴードは弱くないだろう、経歴から見てもいくつもの修羅場を乗り越えた、まさに戦士だ。それが負けるなんて」




ワイングラスを傾けながら、思考するフィルクサ。




「あれは正真正銘の化け物です。良き駒になるでしょう」


「そのかもな…となればそろそろ”計画”を実行するべきか」








月夜が照らすのはフィルクサに生えている背中の翼と頭から突き破るように出ている角。

初老の男性の姿からはリバースのように変わり始める容姿。

変身が終わるとそこには一人の淑女がいた。ただし、翼と角付きだが。








「ゴホッゴホッ…さてっと、計画は進めときなさい。それこそ後5年以内に実行よ」




一度咳き込んだ後、口から出た声は完全に女性のものだった。そして喋りの口調も淑女となり、品がある声となっていた。




「分かりました、フィルクサ…いえ、アクアリウス様。失礼します」




それに合わせるかのごとく、セバスチャンもアクアリウスへと呼び方を変える。

そしてそのまま部屋を出ていった。




一人、月夜に照らされる淑女は手には届かない月を見上げ考える。









何故、あのエルという奴はボルディゴードに勝てたのか。



何故、ルミと知り合いになったのか。



何故、この村であれほどの礼儀を身につけたのか。



何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故






アクアリウスの思考に何故が埋め尽くされる。


そして結論が出た。



「あの子供、エルは殺す。駒にしては不安要素が大きい…計画はどうにでもなるはずだ」



そう言いながらワインを飲み干すのだった。








──────────────────




フィルクサ・L・カノープス

改めアクアリウス。


魔王の配下にして十二魔族の一人。


「水瓶座」の魔族。

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