01.転生したらしいです
「ほーら、たかいたかーい!……笑わないな」
そう俺の父、ヨルガンは言う。そうして俺の事をそっと床に下ろして俺の母、メリアの元へと向かう。
俺──エルタニン・Y・ポラリスは転生したらしい。エルタニンというのは俺の新しい名前だ。両親は俺の事をエルと呼んでいる。まぁ長いし、海外だとあだ名で呼ぶそうだから珍しい訳では無いはず。
俺は日本という国の事を知っていて、覚えている。そして前世では16年と2ヶ月生きた事もしっかり覚えいる。
そしてここは俺のいた地球とはまた別の惑星か世界。つまり異世界である。
ただ両親を見ている感じでは魔法とかいう異次元なのはないようだ。ただ、だからといって前世のような科学はない。その上、文明も言ってしまえば中世のヨーロッパかとツッコミたくなるレベル。具体的な例を言えば家の明かりはロウソクだ。まさに絶望的な世界。
しかし俺はこの世界に歓喜し、喜んでいた。それは俺が生前好きで全巻揃えたあのラノベノベル、「賢者は忙しい」という主人公が転生して魔法を駆使して異世界で無双するというお話に世界が似ている事だ。その話には何故か魔法が使える剣聖に五大老の龍等色んなキャラクターが出てきて、それはもう…最高なお話だった。
まぁ後々結構ガバガバな設定だなーとは思いはしたが、それでも思春期であった俺には大好きなラノベ小説であった。
そんなラノベの世界に近い異世界に転生したのだから興奮しない訳がない。例えるならドルオタが推しのアイドルにライブ会場でこっちを見てウィンクしてもらった時くらい興奮している。
「やっぱりこの子は…喋れないのかしら」
「むぅ…そうだとしたらこれからのエルが心配だ…」
どうやら俺が考えている間に勘違いされ始めていたようだ。俺は別に喋れない訳でないので喋るため口を動かし、息を出す。
「あぅーあーぅー」
しかし全くと言っていいほど言葉になっていない。むしろこれは声を発しているだけだ。
しかし、俺の両親はと言うと…
「エルが…エルが喋ったぞ!」
「えぇ…まぁ…えぇ…まぁ!」
口をパクパクさせながら涙を流していた。確かに親からしてみれば今まで夜泣きもしなかった我が子が急に声を出したのだ。驚きもするし、泣きもするだろう。
ただ、俺は親になった事がないため何が凄いのかが分からなかった。そのため俺の両親はオーバーな人達だなと思った。
この時、俺はもうじき一歳になろうとしていた。
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俺はこの世界について一年経ってようやく…ようやく分かった、なんて言いたかった。
全くと言っていいほどに分からない。両親の会話を聞いてもこの村の話ばかり。そのおかげでこの村については結構な情報を知れた…がやはり世界情勢等は村では掴めないようだ。
とにかく、この村については情報が分かった。
村の名は「あんたいとる」。両親の言葉からだけで表記は見ていない為、平仮名であるがこれは意味として「無題」であるのだろう。しかし何故、村の名前が「無題」なのか俺にはよく分からなかった。
次に村の特徴だが…畑!教会!屋敷!の三つが主な特徴だった。どうやら屋敷にはこの村の周囲の山々を治める領主が住んでいるらしい。そして中世ヨーロッパの文明のようにキリスト教のような宗教がこの村では絶対的な権威を持っているようだった。
そして最後になるが両親について。父親、ヨルガン・N・ポラリスは元冒険者のようで顔に大きな傷跡がある。体つきは現役でも傭兵ができそうなくらい大きな体で筋肉質だ。母親、メリア・K・ポラリスは何か…話から察するに訳アリの人のようだ。出身は不明、しかしながら農民にしては美人すぎる顔立ちだ。
とまぁ…ざっくりではあるがこれが俺の一年間の集大成である情報だ。自分でも整理ができて結構、スッキリした。
そしてこの異世界であるこの村も一年間の集大成の真っ只中だ。なぜなら村総出の「ハーベスト」らしい。
「今年は大量に収穫できたな!」
「来年もこれくらい多く収穫できればいいのだけれど」
そう言いながら小麦のようなものを干す農民達。
俺の両親もまた、俺の事を背負いながら頑張って干していた。
どうやら各家毎に畑が決まっていて、収穫時期は一緒だが畑は別々のようだ。
しかしながら村の収入源がこれだけだとは考えられない程、農作物が少ない。一体、村の人達は何で稼いでいるのだろうか。
「ハーベスト」の夜だった。父親の帰りが遅いと思いつつ夕食を取っていると血まみれの父親が家に帰ってきた。
少なからず俺は動揺した。なんなら異世界に来て初めて泣いた、心から泣いた。傍から見ればそれは一人や二人、殺めてきた人の姿だったからだ。
いやいやいやどんな世界だったら顔に血を浴びて帰ってくるのよ!
しかし、メリアは動揺せずに平然としながら父親が引いてきたであろう荷台へと向かう。
3分後、メリアが担いで持ってきたのはイノシシのような動物だった。そしてそれをそのまま台所へ持っていき、そのイノシシのような動物を捌き始めていた。
次の日、起きてみるとそこには捌かれたイノシシの肉が小分けに包んで置いてあった。
そしてそれをひとつひとつ丁寧にリュックへと入れるヨルガン。入れ終わったヨルガンはリュックを背負うと
「じゃあメリア、街へと売りに行ってくるよ」
「道中、気をつけてね」
そういった後、ヨルガンは村の外へと出ていった。
これは二歳で分かったのだが、どうやらこの村で狩れるイノシシ──ボルという動物はとても高価な動物のようでとても高値で取引されるらしい。一頭で一年分程のお金は稼げるらしい。
しかしながら何故そのボルは乱獲されないのか、それはこの村の奥の森でしかボルが狩れないからである。そして奥の森に進むにつれて魔物が出るようになるらしい。
さて、ここで小話なのだが「魔物」とは魔力を持つ動物全般を言う。この世界での魔物は噛みつけば噛みつかれた部分から火が出たり、毒が回ったり等の「魔法」のような事が起こるらしい。
…て事は人も魔法が使えるって事?と思った人がいるだろう。答えは「使える人もいる」だ。なんと血筋によっては魔法が使えるらしい。しかしながら俺の両親は農民で血筋的にも魔法が使える血筋ではないようだ。現に両親が魔法のようなものを使った姿は見た事がない。
……とにかく、そんな誰にでも使えない魔法を魔物は使える。それだけで畏怖の対象、そんなのを相手にしたいと思う人はおらず、乱獲はされないそうだ。
と考えると俺の父親であるヨルガンは何者なのか気になる所だが今は考えることはできない。なぜなら
「ほいひいです」
「あらー、そうなの?エル!」
今はボルを食している最中なのだ。高級なお肉、人生でそう簡単には食べる事はできないのだ。ここは思考を捨てて味わって食べなければ……
─────────────────────
さてさて俺はまだ一歳。夜中まで起きておく訳にはいかない。俺はメリアに連れて行かれベットに寝転がる。
「め─お母さん、本読んで」
危うく本名で呼びそうな所を咄嗟にお母さんと呼ぶ。本を呼んでもらう。これには理由がある。
俺は確かに精神年齢的には17歳。もう日本なら成人になる歳、だがしかしこの異世界については何も知らないのだ。童話の一つや二つくらい知らないとおかしなものだろう。
その上、この異世界の常識も知らないのだ。それにおいて本にあるお話は貴重な知識。なので読んでもらうのだ。決して寝れないとかそんな理由では無い。
「はいはい…じゃあ今日は「龍と剣」を読もうかな」
お話はある青年が道端にある剣を拾い、そこに現れた龍を拾った剣を振るい撃退したというお話だ。
ちなみにこのお話は実の所はギャンブル依存症の男がたまたま拾った剣を投げたら龍に刺さって、その痛みで龍は驚き飛び去った、というのが実話だ。
何故俺が実話とか言えるのかと言うと、はじめに述べたライトノベル「賢者は忙しい」の5巻の特装版につく特典小説のお話であり、作中でその実話まで話されていたのだ。
そしてここで確信する。俺は大好きな小説の世界に転生したのでは、と。しかし二歳の時、この世界には賢者がいない事を知り、やっぱり違うんじゃないかと思い、確信は盲信へと変わった。
俺はエルタニン・Y・ポラリス。この世界に生まれてまだ一年の赤ちゃんだ。
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