第321話 聖獣様がくれた『良い物』と、巡り巡って起こった事件。「クマちゃ……」「嫌な予感……」
クマちゃんと仲良しのリオちゃんは、恐ろしい事件に巻き込まれてしまったようだ。
◇
『あ~、帰る前にちょっといいか? いくつか聞きたいことがあるんだが……』
マスター達はもこもこの学友の生徒会役員達から『行方不明と言われていた聖獣』の話を訊くため、建物の外へと出て行った。
自然界を護る聖なる生き物に『まさか寝ている間に靄にやられたなんてことはありませんよね?』などと直接尋ねるわけにはいかないからだ。
彼らは人間達が都合よく頼っていい存在ではない。
もしも彼らの身に何かが起こり、その結果、人間にとって不都合な出来事、あるいは危機に見舞われたとしても、それは彼らのせいではないのだ。
住処も、人も、護りたいものがあるのなら、己の手で護る。
森の街の住人はあたりまえのように、そう考えていた。
◇
ゲストハウスに残っているのは、もこもこした赤ちゃん、赤ちゃんの子守り担当で人間代表のリオ、姿を消してもこもこソファに座っているお兄さん、姿を消さずにソファに座っているゴリラちゃん、獣人姿の聖獣である。
人間代表は子守りをしながら言った。「なんか嫌な予感がするんだけど」
もこもこした敷物の上で、おくるみを脱いだ可愛いもこもこが、ヨチヨチ、ヨチヨチ、と歩いている。
同じく敷物に座っている聖獣が、愛くるしい謎の生き物に声を掛けた。
「まさかそれで歩いているつもりか……。どれ、我が幼きお前に良い物をやろう。これは、足が速くなると言われている豆だ」
「クマちゃ……」
『豆ちゃん……』
「絶対ロクなことにならないやつじゃん。うちの子に変なモン渡すのやめて欲しいんだけど」
まだ三分も経っていないというのに、すでに人間代表の手に余る何かが起ころうとしている。
『足が速くなると言われている豆』など必要ない。
『なると言われている』とは何だ。『速くなる』ではないのか。
『足が速くならないかもしれぬ豆』に対する不信感が、罪なき豆を責める。
しかし『誰が言ったのか教えて欲しいんだけど』と細かいことを言う前に闇色の球体が現れ、もこもこの前に木製の皿と、幼児用のフォークが用意されてしまった。
空気を読むのが苦手な、高位で高貴なお兄さんの仕業である。
カラカラ――。硬い皿に固いものが複数転がる音がした。
人間代表が聖なる生き物に疑問を投げかける。「豆固すぎじゃね」
「クマちゃ……」赤ちゃん代表の肉球が、幼児用のそれを握る。
「クマちゃん待って待って、そのフォークで太刀打ちできる相手じゃないから」
人間代表の話を聞かない彼らのせいで突然忙しくなったリオが、もこもこしたお手々を押さえようとしたが、その前に聖獣の手が伸びてきた。
「クマちゃ……」
「どれ、器用な我が食わせてやろう」
意外と根に持つ彼が、もこもこした赤ちゃんの可愛いお手々から、木製の小さなフォークを奪い、それを狙う。
コロコロ……――。
転がる豆を見た人間代表は、聖なる生き物に人間らしい助言をした。「だから豆固いって言ってんじゃん」
「クマちゃ、クマちゃ……」赤ちゃんクマちゃんが肉球をお口に当て、彼の真似をする。
『豆ちゃ、固いジャーン……』
「クマちゃん可愛いねー」迂闊な人間代表がよそ見をしているあいだに、小さなフォークが、青白き力に包まれる。
そうして彼が『豆とかどうでもいいから早く帰って欲しいんだけど』という失礼な発言をぶつける前に、聖獣による狩りがおこなわれてしまったのだ。
人間代表の手に余る何かの始まりである。
◇
雷光をまといしつぶてが、外で話し合いをする彼らの背を狙う。
「――」
死神が振り返る。つぶてを斬り捨てようとした彼は、それに気付いた。
豆――。幼きもこもこの大事な物は壊せない。
迷いが手元を狂わせ、豆を迷わせる。
カッ――!
リオは飛んで行った豆に安心した直後に舞い戻ってきた豆を、伝説の肉球剣で打ち落とした。
脅威は去った――。気を抜き、『わかった、じゃあ茹でるから』と言おうとした人間代表の口元を、茹でる前の豆が襲う。
猫科の聖獣が、しつこく豆を刺そうとしていたせいだ。
「…………」
リオはぱたぱたしている剣を腰に戻し、提案するために開けていた口に入った豆を、嫌そうな顔のまま飲み込んだ。
『数百年前の豆とか食いたくないんだけど』
そう思う気持ちを、心の豆入れに仕舞う。そんなことを聖なる生き物に言ってはならない。
森の街の住人は、自然界を護る生き物を傷つけるようなことは言わないのだ。
『手で食えばよくね?』
聖獣のプライドを傷付けそうなそれを、彼が口に出すことはなかった。
なぜならば、それどころではなくなったからである。
もこもこした敷物に座っている彼の膝に、子猫のような肉球と、愛らしい声が掛けられた。
「クマちゃ……」
『だっこちゃ……』
リオはとんでもなく愛らしいもこもこを抱き上げ、ふわふわな被毛を撫でながら言った。
「え、何この可愛い生き物。やばくね? ……つーかどういう状況? どこココ」
◇
固い豆を大切な赤ん坊のいる部屋に打ち返してしまったことに心臓を凍らせたクライヴは、伝説のナイフを持ったまま険しい表情でゲストハウスに戻り、それを聞いた。
死神のような男が、金髪の疑問に答える。
「貴様の子だ――」
「俺の子めっちゃもこもこしてんじゃん……。え、氷の人? なんでナイフ持ってんの? なにそのヤベーナイフ。こわっ! つーか……えぇ……マジでめっちゃもこもこしてるし……」
キュオー。
垂れ流される質問の嵐の中に潜むもこもこ差別を感じ取ったクマちゃんが、悲し気に、湿ったお鼻を鳴らした。
つぶらな瞳を潤ませ、もこもこもこもこと震えている。
「あ、ごめん……」
リオはもこもこを撫でながら敷物に落ちていた非常に高級感のある布を拾い、「え、これめっちゃ高い素材のじゃん……」細かいことを気にしつつ、もこもこを綺麗に包んだ。「俺の子可愛すぎる……」
打ち返した豆に頭をやられたのだろう――。
悔いる死神が長いまつ毛を伏せ、失われし記憶を埋める手伝いをする。
「貴様は、この村の村長だ――」「クマちゃ……」『村長ちゃん……』
「いや波瀾万丈すぎでしょ。『やっぱ冒険者より村長だよね』って思った理由を俺に聞きたいんだけど。え、俺の子の声可愛すぎじゃね? つーか喋ったんだけど!」
「我が授けた豆の力はどうだ、足は速くなったか」
いにしえの食品が与えた健康被害に気付かぬ聖獣は、『足が速くなると言われている豆』の効果を確かめようとした。
聖獣らしき生き物や高位な存在が目の前や同じ建物内にいても、普段の彼ならば、自ら声を掛けたりはしない。
だが、何も分かっていないリオは、すべてを理解し、彼に言った。
「絶対それのせいじゃん!」
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