第301話 はまりそうにない人間まではめてしまったもこもこ。「クマちゃんすげぇ……」「クマちゃ……」
現在クマちゃんは『クマちゃのげーむ』で遊びながら待っていてくれるお客ちゃん達のために、美味しいお菓子ちゃんを作っている。
うむ。格好いい万能調理器を使いこなすクマちゃんは、とても格好いい。
お店にどんどん増えているお客ちゃん達へ、はやくお菓子ちゃんをお届けしなければ。
◇
「クマちゃーん」『にゃー』
「クマちゃーん」『にゃー』
肉球付きの猫の手鍋掴みをはめた子猫のようなお手々が、愛らしい掛け声と共に、ぽむ、ぽむ、とお菓子を作ってゆく。
もこもこの用意した危険なゲームに魂を奪われ、明日をも知れぬ身になってしまった人間達が、カウンターに近いテーブル席で叫んだ。
『ぐぁぁ……。小さなクマちゃんを見ないように薄目を開けてたら、耳に子猫なクマちゃんが……!』
『おれ……決めた。ずっとここにいる……!』
『俺の小さなクマちゃんにも、黒猫ちゃん衣装を……!』
『はぁ……はぁ……姿が見えないのにこの破壊力……!』
黒猫の着ぐるみを着た可愛すぎるパティシエの調理を手伝う男は、可愛い絞り袋を持っていない方の手で、激しく高鳴る胸を押さえ、「ヤバい……捕まえて頭かじりたくなってきた」と、もこもこへの歪んだ愛情を口にした。
パティシエのもこもこ加減に耐えきれなかった死神が、もこもこパティシエの『にゃー』と、肉球なべつかみで心臓をひとつきされ、この世ではないどこかをさまよいかけている。
人々に恐怖と静寂を与える男は、最後の力をふりしぼり、愛するもこもこの贈り物である『伝説のナイフ』を強く握りしめたまま、全身に冷気をまとい、客席へ菓子を配りに行った。
「いやナイフしまって欲しいんだけど」
正論が死神を追いかけ、誰の叫びも止められぬまま、霧散していった。
◇
『頑固おやじ』という、外見に不似合いなあだ名を持つ冒険者は、テーブルに置かれた台座の上で震える、小さくて不憫そうなもこもこをじっと見た。
男の髪は生まれつき綺麗なピンク色で、顔立ちも甘く整っていた。
しかし、垂れ目がちな目元が緩むことは無く、笑えば人気が出そうな彼のまわりに、理想のタイプを聞かれれば大体『優しくて、話が合う、笑顔が素敵な人』と答えるふんわりした森の街の女性達が、近付くことはない。
彼の口角は『固定されているらしい』と噂が立つほど、上がらず、いつも同じ位置にあった。
そして女性から『この服どうかな?』と何かを確かめるテストのような問いを出され、『丈が短い。おなごが足を冷やすなど、けしからん。着替えてこい』と父か爺にしか許されない回答を提出し、知らぬ間に不合格にされるような、あだ名通りの男だった。
甘い顔立ちの青年『頑固おやじ』は、酒場に幸せを振りまくもこもこ妖精を追いかけ、手が震えるほど美味い菓子を売ってもらおうとしただけだった。
だが何故か、南国のような雰囲気のレストランについてしまい、人心を惑わすけしからん格好をしたもこもこから『クマちゃ、クマちゃ……クマちゃ、クマちゃ……』と、まったく頭に入らぬ説明を聞かされ、気付けばこうなっていたのだ。
同じ席についた者達が何かを叫んでいる。
いつもなら『うるさいぞ。食事処で騒ぐな。手は洗ったのか』と注意するところだが、震える小もこもこが気になり、それどころではない。
「可愛いクマちゃんは食いしん坊な君たちのためにお菓子を作りにいったから、続きの説明は僕がさせてもらうよ。――おや、桃色の君も来ていたのかい? 仲良しの彼が探しているのではない? ……運がいいね。ほら、サイコロが君に振られるのを待っているよ」
別の意味でけしからん格好をした男が、羽を動かすような優雅な仕草で、シャラ――と、いつのまにか置かれていた、彼の手元のサイコロを指した。
妖精の護り手になった男は、もともと『宝石商か』と尋ねたくなるほど派手な男だったが、癒しの力のおかげか、髪の艶も美貌も増し『ついに人をやめたか』と疑いたくなるほど煌びやかになっていた。
菓子を食いに来てサイコロを振るなど、いつもなら『幼子でもあるまいし』と断るところだ。
――断ってもうるさい奴が『まぁまぁまぁまぁ』と無理やり押し付けてくるだろうが。
しかし、己の手は、何故かサイコロへと伸びていた。
派手な男の目が『早くしろ』と、狂暴な鳥のようになっているからではない。
美麗な詐欺師の囀りが気になったからだ。
「君たちの手元で震えている小さなクマちゃんは、住む場所もなく、可愛いお洋服も着せてもらえず、とても困っているみたいだね。願いをこめてサイコロを振れば、助けてあげられるかもしれないよ」
遊びといえど、酒場へ幸せを運ぶもこもこの分身を助けられると聞いて、テーブルに着く者達の雰囲気が変わった。
「景品は、クマちゃんの白いお店と、あちらに飾ってある世界一愛らしい模型……を蒐集するのに必要な、特別な券なのだけれど、いまはその子を救うことしか考えられないだろうから、ゲームが終わったら、あとでもう一度説明をするよ。もしかすると、終わらないかもしれないけれど」
涼やかな声が何かを言ったが、いまの彼にとっては、サイコロの目が出た瞬間に響いてきた『クマちゃーん』――宝箱ちゃーん――のほうが大事だった。
彼の小さなもこもこは、一生懸命箱を開け、一生懸命箱のなかへ頭をつっこみ、ぽふん、という音と共に、妖精としての格を上げた。
頭の上に花輪をのせたもこもこが、小さな肉球を掲げ喜んでいる。
男は思わず拳を握った。
素晴らしい花飾りだ。彼のもこもこは、妖精王になったに違いない。
「とても素敵な装飾品だね。桃色の君が嬉しそうにしているのを初めて見たよ」
派手な鳥も、彼のもこもこに祝福を贈っている。
だが、妖精王になったのなら、マントと杖、玉座、城、美しい森、輝く湖も必要だろう。
桃色の美形頑固男は、小さなもこもこの幸せな暮らしを思い浮かべながら、あだ名に相応しい、眉間に深い皺を刻んだ表情で、己の手にサイコロが戻ってくるのを待った。
◇
「あれピンクの頑固野郎じゃん。何やってんのあいつ……うわ、あいつが遊んでんの初めて見た。クマちゃんすげぇ……」
「クマちゃ……」
リオは絶対に和気あいあいと遊ぶことなど無いと思っていた『ピンクの頑固野郎』が、サイコロを振った衝撃の瞬間を目撃した。
仲良くする気も楽しくする気もなさそうな表情だが、他の冒険者達と遊んでいることには違いなかった。
「つーかあいつ一人? 近所のおばちゃんみたい奴いなくね?」
「クマちゃ……」
彼のいう『近所のおばちゃんみたい奴』というのは、いつも頑固野郎の横で『まぁまぁまぁまぁ』と頑固野郎をさりげなく説き伏せる長髪の男性冒険者のことで、酒場の近所に住んでいるわけでも、すれ違うたびに飴をくれる優しいおばちゃんなわけでもない。
格好良くお菓子を作ることに夢中なクマちゃんは、仲良しなリオちゃんの独り言に『クマちゃ……』、『クマちゃ……』と、クマの赤ちゃんらしい相槌を打ちながら、肉球つき鍋掴みを『にゃー』と振り下ろす途中で、ハッと思いだした。
お菓子を作るのに必要なものといえば、美味しいイチゴちゃんである。
見た目も味も、可愛いお菓子には欠かせないものだ。
忙しくてお手々が離せないクマちゃんは、カウンター席で下を向き座っている彼と、少し離れた席に座っているお兄ちゃんに、クマちゃんのイチゴ畑ちゃんからイチゴちゃんを取ってきてください、とお願いすることにした。
◇
「クマちゃ、クマちゃ……」
『クライヴちゃ、おにいちゃ……』
クライヴちゃん、申し訳ないちゃんなのでちゅが、お兄ちゃんと一緒に、イチゴ畑ちゃんから素晴らしいイチゴちゃんを取ってきてくれませんか……と、もこもこしたパティシエは愛らしい声で、少々問題のある提案をした。
「クマちゃん、それ学園の森のこと言ってる? 人選おかしいでしょ」
なぜナイフを離さない死神と、高位で高貴なお兄さんなのか。
ウィルとマスターが忙しいせいだ。分かっているが『じゃあよろしく』とは言い難い。
お兄さんは闇の玉を操るだけなのだから、実際に森で動くのは死にかけの死神だろう。
姿を見せずにイチゴだけ持ってくればいい。そうすれば問題は起こらないはずだ。
だが、心の扉の中で『いやあの変態絶対森でクマちゃん待ってるでしょ』『イチゴ見張ってんじゃねーの』『変態だからって学園生にナイフ向けんのはやばいでしょ』と第二、第三のリオ達が話し合っている。
いつも氷をぶつけられているのはもこもこに失礼な発言をするリオだけで、実は優しい死神は、まだ罪を犯していない学園生にナイフを向け『黙れ変態が』などと言ったりはしない。
変態と鉢合わせても一番問題が起こらないのは死神なのだ。
何でも疑う店長は「えぇ……」と仲間を疑いつつ、酒を飲みながらもこもこを見守っている魔王へ視線を移した。
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