第261話 「クマちゃ……」理解してしまった心優しいもこもこ。「そいつは……」真面目なマスター。
諸事情により目の前の美味しそうなケーキを食べられないクマちゃんは、仲良しのリオちゃんから『クマちゃんお散歩いく――おなかすく――』と世界の常識を教えてもらい、現在お散歩へ出かける準備をしている。
うむ。お散歩へ出かけたクマちゃんは何分くらいですごく空腹のクマちゃんになるのだろうか。
◇
「クマちゃんお散歩いくならお着替えしよ」
リオはケーキの前で湿ったお鼻を鳴らしている可哀相なもこもこをルークから受け取った。
景色を眺めるのにスイカサングラスは邪魔だろう。
「クマちゃんお目目可愛いねー」
仰向けに抱えたクマちゃんからサングラスを外し、つぶらな瞳を褒める。
リオは生暖かくて愛らしい我が子の頭を優しく撫でた。
やはりもこもこは真っ黒でまん丸できらきらしたお目目が見えているほうがいい。
可愛い――。
何故こんなにもこもこしていて真っ白なのだろう。
可愛すぎてすぐにおくるみで包みたくなってしまうが、お散歩といえば動きやすい格好である。
帽子がいいかもしれない。
「リーダーあれ出して」
リオは自身の腕の中でお手々のさきをくわえている愛らしい赤ちゃんクマちゃんを見ながら、ルークのほうへ手を伸ばした。
「…………」
魔王のような男が自身の道具入れに片手を入れ、何かを取り出す。
手触りの良い薄い水色の布。
縁にはレースが付けられている。
彼が赤ちゃん用品の店でクマちゃんのために買った帽子だ。
高位で高貴な存在の不思議な力が働いているらしく、現在のもこもこに合わせたちょうどいい大きさになっている。
ルークがふわりと魔力で浮かせ、赤ちゃん用のそれをリオへ渡す。
帽子を受け取った男は「ありがとリーダー」と礼をいった。
「やっぱお散歩にはこれでしょ」
リオは愛らしいクマちゃんにぴったりな帽子をもこもこした頭にすっぽりと被らせ、スイカの種柄スカーフを取り去ると、満足そうにあご紐を結んだ。
◇
リオが抱えるクマちゃんは水色のお帽子で頭を丸く包まれ、顔の周りを花びらのようにくるりとレースで囲まれていた。
顎下の上手くはない蝶々結び。
少し曲がっている不完全さが、かえってもこもこの愛らしさを引き立てているようにも感じられる。
「やばいクマちゃん可愛すぎる。めっちゃ丸い……」
「クマちゃ……」
『やばちゃ……』
隣の席の彼らはいつも通り仲良しで、相変わらず幸せそうだ。
「クライヴ、お前はどう思う。外から何か感じるか」
マスターは楽しそうな一人と一匹の声を聞きながら、同じテーブルの男と『もこもこ像おくるみ剝ぎ取り事件』について話し合っていた。
「……白いのの客が三人いるが、奴らは犯人ではないだろう」
男は隣のテーブルへ仕事中の死神のような視線を向け、彼に答えた。
「馬鹿な……」と呟くクライヴの眼は憎らしい村長をどうこうしようとしているようにしか見えなかったが「クマちゃん可愛いねー」ともこもこを撫でまわすリオの審美眼と即断力に驚嘆しているだけだった。
シャラシャラ、と美しい音が彼らに近付く。
「クマちゃんが聞いたら悲しむかもしれないね。この件は僕たちだけで調べようかと思ったのだけれど……」
隣のテーブルからこちらへやってきたウィルが、立ったまま腕を組み彼らの会話に参加する。
「あー、そうか。白いのは『一緒』が好きだからな。それに、ルークが何も言わないなら危険なもんはいねぇはずだ」
マスターが難しい表情で顎鬚をさわる。
「危険ではないが白いのに恨みがあるモノの犯行か――」
冬の支配者のような男は静かに冷気を放った。
「……うーん。世界一愛らしいクマちゃんを恨む生き物なんていないと思うのだけれど」
ウィルは『寒いのだけれど』と言うかわりに自身の考えを話した。
ルークが『増えてんな』と言ったことと、何か関係があるのだろうか。
視線を魔王へ移した彼は氷の紳士を責めることなく、魔力で体温を調整した。
「クマちゃんお帽子凄い似合ってんねー。さわり心地最高すぎるんだけど」
「クマちゃ、クマちゃ……」
『リオちゃ、おそろいちゃ……』
「クマちゃんそれは絶対駄目なやつ。そんなことしたら俺それ被ったまま騎士に連れてかれちゃうからね。『このまま連れて行け――』『クマちゃん面会には来なくていいから――!』みたいになったら可哀相でしょ」
「クマちゃ、クマちゃ……」
『リオちゃ、面会ちゃ……』
「え、会いに来てくれんの……? クマちゃんめっちゃ優しい……。いやでもお揃いは……」
お散歩用の服装に着替えたクマちゃんが、仲良しなリオちゃんに抱えられ仲良くお話をしていたときだった。
店内のどこかから、不穏な言葉が聞こえてきた。
――白いのに恨みがあるモノ……――。
――クマちゃんを恨む生き物……――。
高性能なもこもこのお耳が、ピクリと動く。
クマちゃんはハッとして口元を押さえた。
大変なことに気が付いてしまったのだ。
クマちゃんを狙っていたケルベロチュは、お昼ご飯を食べたのだろうか。
海から上がり、露天風呂に入り、綺麗なオアシスで『お散歩』をしたはずのケルちゃん。
『クマちゃんお散歩いく――おなかすく――』
仲良しのリオちゃんの言葉がもこもこのお耳に甦る。
お散歩にいくとお腹が空いてしまう。『世界の常識』である。
荒波にもまれ、弱った砂だらけの体を露天風呂で洗い、誰にも手伝ってもらえないまま孤独に被毛を乾かし、相当体力を消耗していたケルちゃんは、それが一番お腹が減ってしまう行為だと知らずに、危険な『お散歩』をしてしまったのだろう。
もしかしたら、クマちゃんが豪華なお昼ご飯を用意していると思って早まった行動をとってしまったのかもしれない。
大変な事になってしまったかもしれないケルちゃんを想像し、悲しみで震えていたクマちゃんの耳元で風がささやく。
「やっぱ地下牢でクマちゃんと再会すんのは教育に良くないと思うんだよね」
『やっぱ地下牢――クマちゃん――きょういく――ダヨ』
ケルちゃんをやってしまったかもしれないクマちゃんは今日、やっぱり地下牢行きらしい。
◇
「準備できたから行こー」
最高に愛らしいもこもこを抱えたまま外に出た幸せそうなリオの耳に、可愛い声が届く。
「クマちゃ、クマちゃ……」
『クマちゃ、お縄ダヨ……』
クマちゃんはケルちゃんをやってしまったのですね……。クマちゃんお縄ダヨ……、という意味のようだ。
もこもこは猫のような両手をくっつけ、リオへ差し出している。
お縄をかけやすいようにお手々を揃えているらしい。
クマちゃん捕縛の準備が整ったと思っているのだろう。
「クマちゃん『お縄』とかどっから覚えてくんの? 変な本読んじゃ駄目でしょ!」
爽やかなお散歩に相応しくない言葉を聞いた新米ママが、良くない言葉を使う我が子を『メッ!』と叱る。
「待て待て待て。なんだ『ケルちゃん』ってのは。まさか、白いのが敵を倒したのか?」
彼らの後ろを歩いていたマスターが一人と一匹の会話に口を挟んだ。
いまもこもこは何かを『やった』と言わなかったか。
心優しい癒しのもこもこが攻撃するほどの『悪党』と考え、顎鬚をなでたマスターが小さく呟く。
「そいつはまだ生きてるな……」
小玉スイカのような悪党を知らないマスターの不毛な犯人捜しは続く。
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