第260話 まったりと過ぎる昼食の時間。「クマちゃ、クマちゃ……」大体いつでも優しい彼ら。

 仲良しなみんなと仲良くお昼ご飯を食べているクマちゃんは『季節が気になるおサラダ』とメイン料理である『謎のお肉のステーキ。酸味の強い謎の果物ソースと謎の何かを添えて』をお上品にいただき、現在美味しそうなデザートを眺めているところである。



 彼らの目の前には三種類の丸いケーキが盛り付けられた、可愛らしいクマ耳付きの皿が置かれている。

 皿の中央の陶器の飾りは、オアシスで水遊びをするクマちゃんに変わっていた。


 微かにお茶の味がする緑色のケーキ。

 チョコレート味の黒っぽいケーキ。

 真っ赤な木の実を使ったタルト。


 飲み物は紅茶と牛乳とイチゴ牛乳とリンゴジュースとスイカジュースのようだ。

 選ぶのではなく、すべて付いてくる。

 優しいパティシエは一つに絞ることができなかったのだろう。


「どれも凄く美味しいよ。お茶のケーキを食べたのは初めてだけれど、癖になりそうな味がするね」


 クマちゃんリオちゃんレストランにご来店中の派手な評論家が、もこもこパティシエのデザートを絶賛する。


 ――確かに、この緑のやつは癖になるな。白いのが作るケーキは本当に凄い。……ん? なんで牛乳は……――。


 ――白いのが作るものはすべて美味い……。これは……! ――。


 隣の席でも緑のケーキは喜ばれているようだ。

 氷の紳士は紳士的な発言をしつつ中央の飾りに手を伸ばし、ふれた瞬間に伝わってきた『撫でてちゃーん』に体を硬直させている。

 


 ふん……ふんふん……ふん……。


 小さなクマちゃんの弱々しい鼻息がテーブル席に小さく響いた。



「すげー美味い。みっつともぜんぶ……いや美味いけど飲み物多すぎでしょ」リオは優しいもこもこパティシエの心配りにいちゃもんをつけ


「塀みたいになってんじゃん」


ぐだぐだ言いつつケーキを食べていた手を止め、もこもこに声を掛けた。


「クマちゃんもしかしてお腹いっぱいなんじゃね?」


 心配した新米ママは「やっぱ赤ちゃんにコース料理は――」余計なことを言いかけ、


「リオ、赤ちゃんは君なのではない?」


ウィルの優し気な言葉の中から何かを感じ取ったが、


「え、それもしかして頭が……いやそんなひどいこと言うわけないし。心が綺麗で赤ちゃんぽいって意味かも……」


仲間を信じ前向きに受け止めた。


 癒しのケーキは世の中に不満が多い男の心を純粋なもこもこの心のように美しくしてしまう効果があるらしい。

 先程のぐだぐだで綺麗に毒素が抜けたようだ。


「なんか今めっちゃ優しい気持ちな感じ」


 美しい心のリオは誰かが羨ましそうに見ている己の道具入れへスッと手を伸ばし、


「いやカードあげるほどじゃない感じ」


すぐに引っ込めた。



『もこもこパティシエの優しい気持ち』


 性格が変わってしまいそうなほど強力なそれの効果時間は『一瞬ちゃん』だった。



 心変わりが早すぎる村長と、村長の言動が癪に障った氷の紳士のあいだに良くない空気が流れた。



 ――ん? このカードは踊ってるときのやつか。白いのは本当に可愛いな――。


 マスターはごたごたしやすい彼らの仲裁を諦め、おまけカードの開封を楽しんでいた。

 さほど多くはなさそうな運を使い果たす勢いでもこもこカードを当てている。


「マスターいいやつ当たりすぎでしょ」


 己のカードがハズレであることを認めた村長がスッとケーキ皿の影を探り、それを開ける。

 彼は無言で頷くと銀色のカードをふわふわの布で丁寧に包み、誰にも見せずに道具入れへ仕舞った。


「良かったね」


 ウィルは静かに祝福した。

 見せたくないほどのお宝なのだろう。


 ――おいクライヴ、大丈夫か……――。


 村長の道具入れを視線で解体できそうなほど睨みつけていたクライヴにも、素晴らしいものが当たったようだ。


 現在村長カードと副村長カードしか出ていない『村民ちゃんカード』

 金色の所持数が多めなクライヴだが、意外と仲間を大事にする彼が『リオちゃんカード』を捨てることはない。

 交換相手のいない彼がもこもこカードを入手する方法は、譲ってもらうか、店に通い詰めるかの二択である。


 クマちゃんリオちゃんレストランは早速上得意客を一名確保したようだ。



 彼らがもこもこカードともこもこパティシエを視線で愛でつつ大量の飲み物を片付けるように飲んでいると、弱々しいふんふんを止めたクマちゃんがもこもこしたお口を開いた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

『クマちゃの、クマちゃの……』


 もこもこはクマちゃんの、と言いながらケーキと飲み物を見つめている。


 クマちゃんにとってのメインであるケーキを食べる前にお腹がいっぱいになってしまった可哀相なもこもこが、キュオ……、キュオ……、と湿ったお鼻を鳴らした。


 こうなることを予想していたルークはもこもこの皿から半分以上をさりげなく自身の皿へと移していたが、食べる速度もおっとりしているクマちゃんのお腹は先程のお肉料理で『満腹ちゃーん』のようだ。


「…………」


 魔王のような男が無言でもこもこのふわふわのお腹を撫でる。

 

「クマちゃ、クマちゃ……」


 もこもこは瞳をうるませ『クマちゃの……』を繰り返している。

 猫のような可愛いお手々を少しだけ持ち上げ、すぐに下げる。


 その動きにはもこもこの葛藤が現れていた。


 上がるもこもこのお手々。

 見ているだけで幸せになるそれが、またすぐに下げられる。


 大好きな牛乳も美味しそうなケーキも、一口ももちゃもちゃ出来ないらしい。



 ――大丈夫か、クライヴ――。


 隣のテーブル席ではもこもこの可愛い手首を見ないよう片手で顔を覆うもこもこのスポンサーに、マスターが声を掛けていた。


 ――代わりに……いや、それでは意味が……――。


 クライヴは愛しいもこもこの代わりにケーキを食べてやることもできず、苦しんでいるようだ。



「クマちゃんお散歩行く? お外歩いたらお腹すくかも」


 お散歩でもこもこを歩かせたことのない男がクマちゃんを誘う。


 心優しい仲間達が『歩いてんのはテメェだけだろ』ということはない。


 一歩も歩かないもこもこが再び空腹になるまであと六時間。


「外――?」


 リオの言葉を聞いたマスターが眉間に皺を寄せた。

 外には『もこもこ像おくるみ剝ぎ取り事件』の犯人がいるはずだ。

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