第207話 会議が終わり、もこもこのもとへ。

 新米ママリオちゃんはもこもこした我が子を両手で掴み、持ち上げた。

 

「『へー』じゃないでしょ!」


 自分を棚に上げ、悪い子クマちゃんを『メッ!』と叱る。

 人間とは、己の過ちに気付かない、罪深き生き物なのである。


 大人の真似をしたがるもこもこは、罪深き『へー』を「クマちゃ!」と叱り返した。


『へなちゃん!』


 ミィ、と鳴く子猫のような声が別荘に響く。

 混じりけのない純粋な『へなちゃん』

 おっとりしたクマちゃんに早口は難しかったらしい。


「もー……」


 もこもこの可愛さに負けたリオの口から不満そうな声が漏れた。

「クマちゃんずるい。可愛い……」丸くてもこもこの頭に、嫌そうな顔のまま頬擦りをする。


「クマちゃ……」


 もこもこは何故か嬉しそうだ。

 高性能でもこもこなお耳が何かを拾ってしまったらしい。

『もークマちゃん可愛い』クマちゃんは納得したように頷いている。


 リオちゃんをうならせてしまうほど可愛いクマちゃんは、湿ったお鼻を彼の頬へくっつけ、キュ、と鳴いた。

 頬擦りのお返しのようだ。


「冷たい……可愛い……」


 頬をびちょびちょにされたリオが悔しそうに呟く。


 可愛すぎて叱れない。

 新米ママリオちゃんは『クマちゃん、勝手に人の映像を街中に流したり、もこもこに都合がいいように会話の内容を編集するのはいけないことですよ』と教えるのに失敗した。


 放送も編集もすべて許可された、いけないことなど何もないクマちゃんニュース。


 もこもこを抱えたままソファに横になっているリオの横では、ニュースの代わりに噴水広場のようすが映っている。

 仰向けの彼。

 視線の先には、愛らしく肉球を伸ばすもこもこ。


「えぇ……クマちゃんまた顔乗るの? そこ乗られたら動けないんだけど」


 子猫のような「クマちゃ……」に負けた男は、ホットクマちゃんマスクを「えぇ……」と顔にのせた。


『クマちゃんニュース再放送まで、あと一時間』


 映像の左上には金髪に優しくない文字が現れている。

 広場のあちこちで喜んでいる街人達。

 見逃してしまった人間にも優しい、クマちゃんニュース見逃し配信。

 

「顔あったかい……めっちゃもこもこ……」


 危機管理能力をもこもこにされた男は顔を『クマちゃ』されたまま、幸せそうにもこもこを堪能していた。



「あー、そうだな……。お前らは一度白いのに会ってこい。あんなに頑張ったのに褒めてやらないのは可哀相だろ」


 マスターは「あとで呼ぶかもしれんから、おかしなとこには行くなよ」と言葉を続けた。

『おかしなとこ』主に、どこにあるのか分からない学園のことである。


「ああ」


 ルークは無駄に色気のある声で雑に答えた。

 彼の視線の先にはクマちゃんニュースを映す魔道具がある。

 何かを考えているような、そうでもないような顔だ。


 マスターが冒険者達に「街から元不眠症のやつらを連れてこい、そっちは街外れの見回りだ」指示を出しつつ『早くいけ』視線で扉を示す。


「再放送も見たいんですけどー」

「俺も忙しいんで、あとでいいっすか」

「あ、私もクマちゃんの勇姿を……」


 クマちゃんニュースの虜な冒険者達。


「いいわけあるか! 働け!」


 血管が大変そうなマスター。


「おいクライヴ! 机ごと持っていこうとするな!」


 氷の紳士の紳士的ではない行いに、色々大変なマスターの渋い声が飛んだ。



 立入禁止区画の廊下を歩き、いつものように愛しのもこもこの話をする彼ら。


「あの魔道具は広場にもあるみたいだね。遊具の周りのテーブルに設置したのかな」


 ウィルはもこもこ製の特別な魔道具について話しつつ


「会議室だと人がいない時もあると思うのだけれど」


さりげなく設置場所を変えようとしている。


「ああ。そうだな」


 ルークは派手な鳥に同意した。

 彼はもこもこの魔道具が薄暗い部屋に取り残されるのが嫌なようだ。


「……酒場はどうだ」


 紳士に戻った氷の紳士が妥協案を出した。

 本音は当然個人所有である。


 彼らは互いに意見を交えながら、もこもこが待つ別荘へと歩いていった。 

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