第199話 戻って来たクマちゃん達。会議室に届いたブツ。

 もこもこなリポーターが可愛く肉球を打ち鳴らす、テチテチという音を聞いてしまったリオはハッとした。

 いつもなら、クマちゃんが可愛いお歌を歌うと必ず、『すげぇな』と、無駄に色気のある声でもこもこを褒めるルークが、今はいない。

 まさかそのせいで、自分で拍手をしているのだろうか。


「……ごめんクマちゃん」


 リオは自分を責めた。いくら歌詞がおかしいからといって、一生懸命歌う赤ちゃんクマちゃんに『うるさい』と言うなんて。

 ひどい、ひどすぎる。

 可哀相なクマちゃん。あんなに愛らしい声でお歌を歌ったというのに。


 ――今すぐ、可愛い我が子を褒めねば。


「クマちゃんめっちゃ可愛い!」


 悪い大人は改心し、もこもこを抱えたまま不器用に拍手をした。赤いランプは点灯中である。

 仲良しのリオちゃんがお歌を褒めてくれたことに気付いたもこもこが、キュ、と甘えているような、愛くるしい声で鳴いた。


 ピンク色に輝く森の中、パチパチ、テチテチと響く、仲良しな一人と一匹の拍手。みなぎる仲良しもこもこパワー。

 加速する、ピンクの光。

 不思議に思ったリオが尋ねた。


「マジでどこまで広がんの? あの草」


 光はどんどん先へと進み、もう端が見えない。

 彼の金髪と、半ば無理やり着替えさせられた白いシャツが、少しだけ、ピンク色に染まって見えた。


 もこもこしたリポーターは拍手を止め魔道具を持つと、幼く愛らしい声で「――クマちゃ……――」と頷いた。


『――撤収ちゃん……――』と。



 闇色の球体に飲み込まれクマちゃんの別荘へ戻って来た『撤収ちゃん』な彼ら。


「めっ――ちゃ疲れたんだけど……」


 お疲れな新米ママリオちゃんは、もこもこと共に、高級籠ソファにボフ――、と寝転がった。

 自身の顔に腕をのせ、目元を覆っている。

 お腹の上で魔道具のお片付けをしていたクマちゃんが、幼く愛らしい声で「クマちゃ……」と、遠慮がちに彼を誘う。


『リオちゃ、一緒ちゃ……』と。


 リオちゃん、クマちゃんと一緒に見ませんか……? という意味のようだ。

 子猫のようなもこもこは、小さな鞄をごそごそと漁っている。

 

「え、見るって何? つーかクマちゃん、そこでゴソゴソされたらくすぐったいんだけど」


 彼は自身の腹の上で何かをしているクマちゃんに尋ねたが、もこもこは忙しいらしい。


 リオの腹の上で、カッ! と光がほとばしる。


「何?! そこで何やってんの?!」


 横になっていても少しも心が休まらないリオ。腹から光の柱。できれば今すぐやめて欲しい。

 石のように硬くて冷たいものが、コロコロと腹の上で転がっている。


 カリカリ――。小さな爪が何かを引っかく音がする。

 もこもこした生き物が「クマちゃ……」と愛らしくお兄さんを呼んだ。

 ――重くて持てなかったらしい。


 消えた硬くて冷たい物。

「何してんのマジで……」

 消えない不安。


 リオの心が告げる。

 ――寝ている場合ではない。


「クマちゃん何かした?」


 不安なリオは片手でもこもこを抱え、起き上がる。

 愛らしいもこもこが、もこもこした口を開けたまま、つぶらな瞳で彼を見上げている。

 いつも通り何も考えてなさそうな、最高に可愛らしい顔だ。


「あ、お着替えしよっか」

 

 彼はヘルメットを被ったままのクマちゃんに気付くと、すぐにそれを脱がせてあげた。

 小さなネクタイをほどき、赤いリボンを結ぶ。

 キリッとしたお仕事用の服装から愛らしいもこもこへ戻ったクマちゃんが「クマちゃ……」ともう一度彼を誘った。


『リオちゃ……』と。


「あ、何か見たいんだっけ。んじゃ一緒に見よー」


 自身のネクタイをほどき忘れている新米ママは、心優しいもこもこが彼のために作った何かに気付かぬまま、『一緒に――』と優しい手付きでもこもこを撫でた。

 


「あー、そうか。……あいつは朝から働きすぎなんじゃねぇか……?」


 再び開かれた会議を終え、ルーク達からもこもこした活動の詳細を聞いたマスターは、難しい表情でこめかみを揉んだ。


 幼いもこもこは街の皆のために大層頑張ってくれたらしい。

 顔色の悪い人間に囲まれ、さぞや恐ろしい思いをしただろう――。


 

 毎日頑張り過ぎな赤ちゃんクマちゃんをどう休ませるか、いっそ自分たちも休むか、馬鹿なことを言うな、と彼らが話し合いをしていたときだった。

 目の前の長机に突然、闇色の球体が現れ何かを置いて行った。


 置物のようなそれはクマちゃんそっくりで、とても愛らしい。


 マスターはもこもこ似のそれを手に取ると、くるり――と手首をひねり全体を眺めた。


「随分と可愛らしい置物だな」


 楽し気に笑った彼が「……なんでヘルメットなんだ?」不思議そうに呟く。


「小さなネクタイがとても愛らしいね。お仕事中のクマちゃんなのかな」


 南国の鳥のような男は優しい表情を浮かべ、楽しそうに答えた。

 ウィルはマスターの手元の可愛らしい人形を見つめ「可愛い肉球で変わった形の棒? ……のようなものを持っているね」と首を傾げている。


「…………」


 ルークは小さなヘルメットクマちゃん像へ視線を向け、微かに目を細めた。

 愛らしいもこもこにそっくりな姿は、彼の興味を引けたらしい。

 美麗な魔王様は長い脚を組み、怠そうに座っている。

 早く『めんどくせぇ』仕事を終え、愛しのもこもこの元へ戻りたいのだろう。


 冷気を漂わせ、会議室にいる冒険者達に死の恐怖を与えていた死神。

 ――ふと感じる、心優しき生き物の、小さな癒しの気配

 氷のような瞳の男が、ゆっくりと顔を上げる。

 会議室に響く誰かの、ヒッ――と怯える声。

 獲物を見つけた死神が、懐へ手を入れた。

 取り出した手。握られている何か。

『――』緊張した誰かの、荒い呼吸。


 交差する手。向けられた甲。光る金属。


 黒革に包まれた指――。そのあいだに一枚ずつ、金貨が挟まれている。


 落ち着いた渋い声が、会議室に響いた。


「……おい、クライヴ。これは売らねぇぞ」


 マスターは嫌そうに手品師のような死神と、八枚の金貨を見た。

『こいつは非売品だ』顔を顰め、視線で告げる。


 渋い声の男は机の上で両手の指を組み合わせると、秘宝を護る番人のように、黄色いヘルメットクマちゃんの置物を、しっかりと覆い隠した。

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