第189話 天才ガーデンデザイナークマちゃんと、森の中の民家。
クマちゃんは猫のような可愛いお手々で斜め掛けの鞄を漁り、リオの話を聞いていない。
あのもこもこした頭の中は、見知らぬ人のお庭に素敵なお花畑を作ることでいっぱいのようだ。
やはり、子猫のような赤ちゃんクマちゃんに『実は……ここもあなたのお家では無いんですよ』と人間界のルールを理解させるのは難しい。
可愛らしいお花が大好きなクマちゃんに『勝手にあちこちにお花畑をつくってはいけませんよ』と言っても、難し過ぎて首を傾げたまま『クマちゃ……』と、花を植えるだろう。
「クマちゃん絶対俺の話聞いてないでしょ」
新米ママリオちゃんが困ったもこもこを『メッ!』と叱ろうとするが、なんと彼の話を聞いていないのはクマちゃんだけではなかった。
「そうだね。ここは少しだけ暗いかもしれない。クマちゃんのお花畑は明るくてとても綺麗だから、そこで安らかに寝ている彼も喜ぶと思うよ」
いつでも愛らしいもこもこの味方な派手な髪色の男が、地味な民家を少しだけ派手にしようと目論む。
地面で寝ている男たち五人の誰かが、この家の持ち主だろう。
すべての欲を捨てたような顔になってしまった彼らは、もこもこが家の周りを植物でもさもさにしても怒らないに違いない。そういう顔をしている。
えぇ……――とかすれた風が吹き、仲間達がもこもこを見守るなか、子猫のような可愛いお手々で杖を持ったクマちゃんが、幼く愛らしい声で「クマちゃ――」と気合を入れた。
背の高い樹々が囲む民家の前に、ヨチヨチもこもこと降り立ってしまった、天才ガーデンデザイナークマちゃん。
もこもこした天才は依頼主が存在しなくとも、目に付いたガーデンを勝手にデザインしてしまうらしい。
愛用の杖を持った天才ガーデンデザイナーが、鞄から取り出した何かを、肉球で撒く。
何故か苦しそうなスポンサークライヴが、子猫のようなもこもこの側に膝を突き、震える手で魔石を置いた。
「クマちゃんとって来たよー」
もこもこと常識の間で揺れ、天秤をもこ――と傾けてしまった男。肩に水色のおくるみを引っ掛けている共犯者が、森の中で花を摘み、ふらりと戻って来たとき。
ウィルとルークは寝ている男達の前で何かを話し合い、天才ガーデンデザイナークマちゃんは、氷の紳士と共に苦しんでいた。
差し出した手の匂いを確かめた子猫がそのままヨチヨチと登ってきてしまった時のように動けない男が、険しい表情で激しく震えている。
「え」
驚いたリオがもこもこへ視線を移す。振動するクライヴの腕にくっついている、白くてもこもこした何かへ。
うつ伏せでしがみついている天才ガーデンデザイナーは、彼の腕と共に、激しく震えていた。
大変だ。
天才ガーデンデザイナーが、ガーデンとは関係のないことで危機的状況に陥っている。
「クマちゃん危ないことしちゃ駄目でしょ!」
過保護な新米ママリオちゃんは『メッ!』と叱りながら、もこもこもこもこ震えているガーデンデザイナーを救出した。
もこもこはルークの魔法で常に護られている。理解していても、高いところから『クマちゃ……!』してしまうところなど見たくはない。
クライヴの腕から降ろされてしまったクマちゃんは、うむ、と頷き考えていた。
あと少しで彼の肩に乗り、同じくらいの身長になれるはずだったが、仲良しのリオちゃんは『クマちゃんあ……いこ……だ……で……!』とクマちゃんが高身長クマちゃんになるのを止めた。
クマちゃんあいこだで……!
ということは、クマちゃんとクライヴは背の高さが同じ、ということだ。
なんとなく、クマちゃんの方が小さいような気がするが、リオちゃんは少し大雑把なところがある。
この程度の身長差では、ほぼ同じに見えてしまうらしい。
確かに、森の広さと比べたら、クマちゃんとクライヴはどちらも小さいだろう。
リオちゃんはクマちゃんに『視野が狭いですよ!』と言いたいのかもしれない。
少し大人になってしまったクマちゃんは、うむ、と深く頷いた。
身も心もぐっと成長した天才ガーデンデザイナーは、つぶらな瞳を輝かせ、サッと杖を構えた。
今必要なのは身長ではない。
なんとなく暗くて寂しいこのお家を、綺麗な花畑で明るくするのだ。
クマちゃんは小さな黒い湿った鼻にキュッと力を入れると、素敵に変わったお庭を想像しながら、もこもこしたお手々で真っ白な杖を振った。
天才ガーデンデザイナーを中心に、キラキラと、光が広がってゆく。
地面に置かれた素材や花が強い輝きを放ち、民家や森を明るく照らしていった。
白、薄い水色、濃淡の違う青い花が、水色のペンキの屋根が可愛い家の周りを、くるりと囲んでいる。
可憐な花畑から癒しの力が溢れ、優しく煌めいた。
民家を彩るたくさんの花から、ふわり、と丸い光が生まれる。
空へと昇ったふわふわが、綿毛のように宙に漂っていた。
「すっげぇ……めっちゃきれー。……もしかして明るくなった?」
天才ガーデンデザイナーの素晴らしい力に感動したリオが、綺麗で可愛らしい花畑に舞うふわふわの、クマちゃんのしっぽのような光を指でつつく。
「本当に――何度見てもクマちゃんの魔法は美しいね。温かくて、心が癒されていくのを感じるよ」
美しいものが大好きなウィルは嬉しそうに目を細め、ふわり、と光の綿毛を手の平にのせると「……気のせいではなく、先程までのここは、あまり良い雰囲気ではなかったようだね」と民家のほうへ視線を向けた。
「クマちゃんの癒しの力のおかげで、違いがよく分かるよ」
南国の鳥のような男は、そう言って長いまつ毛を伏せた。
目を閉じると、周囲を護る癒しの力を強く感じる。
あの薄暗さは日陰だから、というわけではなかったらしい。
「ああ」
魔王のような男が、低く色気のある声で相槌を打つ。無口な彼はクマちゃんを褒めるときだけ積極的だ。
花畑で杖を仕舞っていたもこもこを抱き上げ、「すげぇな」とあやすように顎の下を擽る。
口数が増えるわけではないが、クマちゃんには彼の感情が伝わっているようだ。
小さな黒い湿った鼻の上に皺を寄せ、ふんふんふんふんと興奮気味の猫のように、大好きな彼の長い指を齧り、愛を確かめ合っている。
「…………」
もこもこクライマーに己の腕をクライムされ弱っている死神は、声を出さず、静かに光を見上げた。
花畑に転がっている彼は、癒しの力で森を浄化するもこもこの素晴らしさに震え、綿毛のような光と愛らし過ぎるしっぽについて考えていた。
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