第186話 「――変わってね?」と気付くリオ
回転木馬のようなもこもこ遊具が淡く光り、回っていた皿と、その上の巨大食器たちが、ゆっくりと止まる。
天才魔法使いクマちゃんの治療は成功したらしい。
まだ数分しか経っていないが、シンガーソングライターの癒しの歌で魔道具の効果が高まり、予定よりも早く回復したのだろう。
動きを止めた遊具から元気に、自身の足で降りてきた彼ら。お花や果物のテーブル席から見守っていた街人達が「良かったね」「おめでとう」と嬉しそうに声を掛けている。
「おー、すげぇ。めっちゃ元気そう……っていうか、人相変わってね? 寝てるやつもいるんだけど」
歌の内容ではなく、癒しの効果に感動していたリオは、何かに気付き、不審なものを見るように目を細めた。
降りてこない彼らが、今しがたウィルから聞いた『夢見が――』という奴らだろう。
しかし、リオが気になったのは降りてきた男達のほうだ。
先程まで吞気に『良かったね』と喜んでいた街の人間が「でも、誰……?」と心を閉ざしたキツネのような顔をしている。
「うーん。なんというか……とても若くなったね」
美しい南国の鳥が、腕を組み、首を傾げた。
腕の装飾品がシャラ、と綺麗な音を立て、耳元の飾りが揺れる。
ウィルは涼やかな声で「それにとても穏やかそうだね。皆喜んでいるのではない?」とふわっとした感想をいう。
もこもこした生き物が魔王のような男の腕の中で「クマちゃ……」と頷いている。
リオが遊具のような魔道具を見つめ、健康で若々しく、妙に穏やかな表情で微笑む、街人達から『誰だ』と言われている男達に気を取られているあいだに、小さなクマちゃんは大好きな彼のもとへヨチヨチもこもこと行ってしまったのだ。
新米ママリオちゃんが「クマちゃん……」と抜け殻のようなおくるみを握りしめ、切なげな表情をしている。
ルークに撫でられているもこもこは、幼く愛らしい声で「クマちゃ、クマちゃ……」と彼に甘え、大きな手におでこを擦り付け、もこもこもこもこしつつ、べったりとくっついていた。
新米ママは無表情で魔王なベテランママに負けてしまうのか。
リオは悔しさでおくるみの端をギリ――、と嚙む前にハッと正気に戻った。
「いや『誰か分かんないくらい顔変わったけど穏やかになって良かったね』とか言ってる場合じゃないでしょ。変わり過ぎじゃね?」
もこもこをじっとりと見ていたリオは、幸せそうな彼らから視線を無理やり引きはがし、ウィルと街の人間の話をおくるみで包み込むようにきゅっと纏めた。
健康で穏やかになればなんでもいいというわけではない。誰か分からないのは問題だろう。
「変わり過ぎ、というほど彼らのことを深く知っているわけではないのだけれど」
意外と真面目な金髪とは違う常識を持つ南国の鳥が、話の切り口を変えた。
その話をするなら人相が変わった男達の人生について深く調べる必要がある。
物語は彼らが産声を上げるところからオギャーと始まってしまうだろう。
「いや『もしかしたら昔は穏やかな人だったのかも、決めつけて悪かったかな』とかそういう話でもないから」
リオは切り口をスッと塞ぐ。
南国の鳥の『彼らという人間をどれほど深く理解できているのか』という若干面倒な話など、凄く暇なとき以外聞きたくない。
『あの人もねぇ……若い頃は良い男だったんだよ……』という人生劇場は、深夜の酒場で話し上手なおばあちゃんから聞くから面白いのだ。
「調べる必要がある――」
冷気を纏う死神がゆらりと立ち上がる。
「え、まさか……」
寒そうな顔のリオは思った『まさか奴らの人生を――』と。
金髪の視線に気付いたクライヴが『馬鹿が――』と思っていそうな冷たい目を向けたが、意外と優しいクライヴは当然そんなひどいことは考えていない。
愛らしいもこもこを抱いたルークが彼らへ視線を流し、怠そうに席を立った。
無表情な彼の、切れ長の美しい瞳の奥に、『めんどくせぇな』と書かれている気がする。
「行くぞ」
低く色気のある声が、ざわめきの中に響く。
もこもこした愛らしい生き物が、大好きな彼の真似をする。
「クマちゃ――」
幼く愛らしい声が言った。
『行くちゃん――』と。
「クマちゃん今格好つけたでしょ」
大事なおくるみを持って立ち上がった新米ママが余計なことを言い、
「リオ」
ウィルは長いまつ毛を伏せ、優し気な声で彼の名を呼んだ。
シャラ――。彼の動きに合わせて鳴る音が、まるで言葉のように聞こえた。
『やめろ』と。
愛らしいもこもこの「クマちゃ」が、少し離れた場所から彼らの会話に混ざる。
『リオちゃ』と。
すぐに大人の真似をしたがる赤ちゃんクマちゃんに、二人は「もークマちゃんマジ可愛い」「本当に、とても愛らしいね」と笑みを零し、もこもこを抱える魔王の後を追った。
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