第185話 シンガーソングライタークマちゃんの素晴らし過ぎる治療。

 皮を剝いたライチのような顔色の彼らの口の中に、突然現れたイチゴケーキ。

 酔っ払いが乗るべきではない回転遊具で無理やり遊ばされ、曲がったキュウリのようになっていた彼らの体が、新鮮なお魚のように跳ねる。


「クマちゃん、あの人たちになんかしたでしょ!」


 新米ママリオちゃんは子猫のようなもこもこを『こら! いたずらしたでしょ!』と尋問する。

 考え事で忙しいもこもこは、口元をチャ、チャ、と動かし、聞いていない。


「リオ、子供をむやみに疑ってはいけないよ」


 いつでももこもこの味方なウィルが、もこもこした犯人を擁護する。


 静かに座っていたクライヴの視線が、リオの後頭部へ向けられた。

 冷たすぎて金髪が散るかもしれない。

 共犯者であるお兄さんは、瞳を閉じたまま腕を組み、椅子に座りゆったりと寛いでいる。

 彼にお願いしたのはクマちゃんだが、実行犯は妖美なお兄さんだ。

 

『もう駄目そうな人』から『やっぱり駄目だった人』になりかけていた酔っ払い達が、突然顔を上げ騒ぎ出した。

 うるさくて聞き取り難いそれは、『美味い』や『ケーキ』『もっと食いたい』という言葉が多いようだ。


 元気に叫んでいる彼らを見た街の人々は、ほっとしたらしい。

 友人や知人と笑顔で話し合っている。


「えぇ……まさかお兄さん……口にケーキ直接ぶち込んだの?」

 

 リオは振り返り、とんでもないことをする彼を見たが、高貴な彼は休憩中のようだ。忙しい時のもこもこのように返事をしない。

 先程もこもこが『クマちゃ……』と言ったのは、そういうことだったのだろう。

 愛らしい声でお兄さんを呼んでいるだけかと思ったが、考えが甘かった。

 あの幼く愛らしい声は『クマちゃ……』ではなく『殺れ……』という意味だったのだ。

 


『なんて恐ろしいもこもこだ……』とリオが慄いていることにも気付かず、クマちゃんは真剣に考えていた。

 リンゴではなかったが、彼らは元気になった。やはり、空腹にはイチゴケーキだ。


 聖書も必要なのだろうか。

 天才のクマちゃんであれば、一日で聖書を書くことも可能な気がする。

 うむ。クマちゃんは字も上手なのだ。

 しかし、今すぐ完成させるのは少し難しい。

 何故聖書が必要なのか分からないが、仲良しのリオちゃんが『クマちゃんの聖書』と言ったのだから、あったほうがいいということだろう。

 

 クマちゃんが、何か代わりになるものはないだろうか、と考えていたときだった。

 頭の中に不思議な言葉が浮かんだ。


 ――讃美歌……聖歌――。


 うむ。クマちゃんには難しい言葉のようだ。

 よく分からないが、素敵なお歌ならなんでもいいだろう。彼らをもっと元気にしてあげたい。

 


 彼らが真面目に、夢見が悪い街人と森の異変について話し合っていると、リオの腕の中で大人しくしていたもこもこが、もこもこもこもこと動き出した。

 愛らしく小さなもこもこが、おくるみからニュ、と猫のようなお手々を出す。


「クマちゃんどしたの? どっか行きたい?」


 新米ママがクマちゃんのおくるみを優しく脱がせ、尋ねる。

 もこもこが肉球でテーブルを指し、幼く愛らしい声で「クマちゃ……」と言った。


「テーブル乗る?」


 彼はちっちゃいもこもこを両手でそっと持ち上げ、可愛い我が子をテーブルに置いた。

 ヨチヨチもこもこと歩く愛らしいもこもこが、回転遊具で回りながらケーキの美味さを語り合っている彼らを見つめ、子猫のような足を止める。


 仲間達が見守るなか、小さなクマちゃんがもこもこした両手を胸元でそっと交差させた。

「クマちゃん格好つけてるでしょ」と、かすれた野次を飛ばす金髪が、死神に連れていかれそうになっている。



 神秘的な雰囲気を醸し出すもこもこが、子猫のように愛らしい歌声を「――クマちゃーん――」と響かせる。


 その歌は『――おねんねちゃーん――』という愛らしい歌詞からはじまった。

 シンガーソングライターが新曲を披露するたび難癖をつけるしつこいクレーマーも「え、普通に可愛いんだけど」と失礼なことを言い、もこもこのファンから殺気を飛ばされている。


「――クマちゃーん――」


 優しい歌声が『――リンゴがなーい――』と歌う。

 クレーマーが「いや寝るならリンゴいらないでしょ」とシンガーソングライターの邪魔をする。


「――クマちゃーん――」


 もこもこは歌う。


『――ケーキあるちゃーん――』と。


 うるさい金髪が「寝る前にケーキは駄目でしょ」としつこく小言のようなクレームをつけている。


 キュオーという鳴き声が響き、曲が盛り上がる。はじまったばかりで突然のクライマックスだ。

 子猫のような歌声が、


「――クマチャーン――」


とクールに最高のラストを飾った。

 

『――ケーキ食って、寝るチャーン――』と。


「いや色々おかしいでしょ」と最後までかすれた野次を飛ばしていた男の声は、聴衆達の熱い拍手でかき消された。


「なんか全体的にもやもやするんだけど」


 シンガーソングライターのクールな新曲『ケーキ食って寝ろ』に早速クレームが入ってしまった。

 大人っぽい曲は金髪の耳には合わないらしい。

 おこちゃまな彼には甘い歌のほうがいいのだろう。


 ごく一部の金髪には不評だったが、もこもこの仲間と街の人々は大喜びのようだ。

 シンガーソングライターの大ファンである彼らは「今日の曲も本当に愛らしかったね」「ああ。いい曲だ」「すべてが素晴らしい――」と新曲を聴けた喜びを嚙みしめている。


 謎の遊具に軟禁されケーキを食わされたばかりの彼らは、小さなもこもこが自分達を心配し、歌まで歌ってくれたことに涙を流し、感動しているようだ。


 天才魔法使いクマちゃんが作ってくれた可愛い客席に座り、愛らしいもこもこの素晴らしい歌声を聴いていた街人達は「美少女クマちゃん歌も上手すぎでしょ」「まじでやばい。可愛すぎて惚れる」「可愛い……クマちゃん抱っこしたい……」「声も最高」「もう一回歌ってくれないかなぁ」とうっとりしながら曲の余韻に浸っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る