第157話 もこもこの愛に感動する生徒会役員達と、プレゼントを作るクマちゃん。

 学園の裏手にある陰気な森に張られた、関係者以外立ち入り禁止の結界。

 その結界にクマちゃんが取り付けた、いつでも誰でも開けられる愛のドア。

 そして、その前で愛しのクマちゃんに思いを馳せる、生徒会長達。

 ドアは夜の森を明るく照らし、ピカ! ピカ! と輝きながら、『もう今すぐ入っちゃって下さい!』と激しく愛を叫んでいる。


「くそっ! 愛が強すぎて幻聴が……!」


 少々野性的な副会長は整った顔を顰め、片手で耳を塞ぎ悪態をつく。

 彼は「もこもこ天使からの愛の試練か……」と格好いいようなそうでもないようなことを呟きつつ、ハートの形のドアにふれた。


 開くのではなく、ピカ! と光る花輪のようなドア枠を残して消えた板に、


「なるほど……第一の試練はクリアってことだな」


副会長は真剣な表情で頷き、躊躇うことなく結界の内側へと進んでいった。


「私達もクマちゃんのように愛らしい丸太を探しに行こう」


 それを見ていた生徒会長も、隣で丸太を撫でている会計に声をかけ、彼の後を追う。


「……早く君に会いたいよ、私の可愛いクマちゃん……」


 小さく呟きながら押さえた制服の胸元には、行方不明のものとは別の、クマちゃん宛の手紙が入っている。

  

「そうですね。このドアを見たら、会長の丸太もあるような気がしてきました」


 ドアからクマちゃんの愛と癒しの力を浴びて、少し冷めていてやや神経質な会計から、明るく前向きな会計になった彼が頷き、生徒会長と共に歩き出す。

 癒しのもこもこクマちゃんは、遠く離れていても、彼らの心と体を癒してくれていた。



「空気がいつもと違ぇ……」


 副会長はすぐに指輪から杖を取り出し、魔法の明かりを作った。


 光の球体が夜の森に浮かび、樹々が輝く。

 彼の『明かりをつけたい』という気持ちに応えるように、薄桃色の花樹に淡い光が広がっていった。


「なんだ……これ……」


 夜の森はキラキラと光り、真っ白の中にほんの少しだけ赤を垂らしたような、優しいピンク色の花が、暗闇に浮かび上がるように咲きほこっている。


「ああ……なんて美しいんだろう……ふわふわ光って、まるで私の可愛いクマちゃんみたいだ……」


 白金髪で花の似合う美形な男は感動し、声を震えさせた。


「これは……、本当に凄いですね……。こんなに綺麗な森を見たのは、生まれて初めてです。――もしかして美クマちゃんは、陰気な森を救いにきた森の妖精ちゃんなんでしょうか?」


 美形だがいつも澄ました顔をしている、髪が若干巻き毛の猫のような会計は、潤いの足りている瞳を更に潤ませ、静かな声で彼らに尋ねた。

 

 彼らはクマちゃんの癒しの力があちこちに残っている、桃源郷のような森の中で「ああ……間違いねぇ。俺のまど……勘が『天使が辛気臭ぇ森で癒しの舞を踊った』っていってるぜ」「……それは、凄く気になりますね。後で詳しく教えてください」「勘が……? 随分具体的な勘だね」と話し合いながら、癒され、目的を忘れ、彷徨う。


 畑の面積はそれなりだが、ごく一部にしか生っていない愛のイチゴと、森の再生を司る愛の天使クマちゃんの看板を見つけた彼ら。


「愛の畑……? ――と、輝く、看板か……? 金髪の守護者の金髪が特に光ってんな……。クマちゃんの愛のイチゴを盗んだやつは殺すぞ、ってことか……」


 野性的な目を細めた副会長は、闇の深そうな金髪の守護者からのメッセージを、看板の金髪から読み取り、頷いた。


 そして彼らは辿り着く。赤ちゃんクマちゃんが愛をこめてつくった、愛の秘湯に。


 広場の周りを埋め尽くす、淡く光る幻想的な、白とピンクを混ぜたような色合いの、美しい花。

 はらり、はらりと、光に照らされた花びらが、湯気と共に舞う。

 立ち尽くす彼らの鼻先を、光の粒が雫のように落ちていった。


「やべぇ……目から、汗が止まんねぇ」


 クマちゃんが残していってくれた温かな、体の芯まで温まる温泉のような愛に、副会長の胸が締め付けられた。


「これは……もしかして、聖なる泉……? 泉から私の可愛いクマちゃんの香りがする……」


 生徒会長はうっすらとピンク色に輝く癒しの露天風呂を眺め、変態的な言葉を呟いた。

 ――因みにクマちゃん専用お肌に優しい高級石鹼の香りは、お湯からするわけではない。


「まさか……、あのピンク色の泉すべてが聖水なんでしょうか。離れていても強力な癒しの力を感じます。――さすが、美クマちゃんですね……」


 露天風呂から癒しの力を感じ取った会計は、愛のもこもこパワーで乾きにくい目をカッと開いたまま、聖なる力の分析をした。


 生徒会長と会計が「私の可愛いクマちゃんの聖なる泉から、湯気が――」「温泉としても使えるのでは――」と真面目な表情で話し合っていた時、副会長の胸元が一瞬光った。

 

「…………」


 彼は無言で広場のはしに置かれたテーブルと椅子へ近付き、音を立てないよう気を付けながら腰を下ろす。

 ――どうやら、宝物が増えているようだ。

 野性的な目を微かに細めた副会長は、それを一度懐へ仕舞い、制服の上から手で覆った。


 そして光が止んだ頃。幻のように美しい景色に視線を向けつつ、そっと魔道具を取り出すと、彼は少しの間それを見つめ、慎重に宝物の確認を始めた。

 

「馬鹿な……、人魚だと……? 『愛のもこもこ天使が救うのは森だけじゃない。その目によく焼き付けろ――』っていうメッセージか……」


 腕で涙を乱暴に拭った副会長は、湯気にとけるように、静かに呟く。

 新作の映像、人魚なもこもこの愛らしさが、あらゆる角度から記録されている。

 水面を目指し、肉球を懸命に動かす様子が彼の胸を激しく締め付ける。

 なんという愛らしさ、健気さだろうか。


(おまえ……本当は泳げなかったんだろ……。すげぇ頑張って特訓したんだな……)


 副会長は涙の止まらない目を顰め、指先でそっと、もこもこした人魚を撫でた。

 浮き輪に肉球でつかまることさえ怖がっていたもこもこが、美しい海の中、水面を目指し一生懸命泳いでいる。

 困ったような瞳は相変わらずだ。

 映像を連続で表示させると、もこもこした口元が微かに動いているように見える。


 ――くそかわいい。


(まさかこのもこもこ……お魚さんと可愛くお話ししてんのか……? やべぇ……会話の内容が知りてぇ……)


 短い後ろ足の肉球を交互に蹴り出し、そのたびにふわふわの丸い尻尾が左右に揺れる様子もしっかりと確認した彼は、(可愛すぎると海まで浄化できんのか……さすが、愛のもこもこ人魚……)と深く納得した。



 天井の水槽を目指し、肉球を交互に、猫かきのようにちょこちょこ動かすもこもこ。

 真っ白な赤ちゃんクマちゃんが、彼らの頭上、空中を泳いでいる。

 困ったように潤む、つぶらなお目目。「クマちゃ……、クマちゃ……」と微かに聞こえる、幼く愛らしい声。真っ白でふわふわのお腹。短くて可愛い、猫たんのような後ろ足。


 すべてがとんでもなく愛らしいが――あまり進んでいないようだ。

 

 ルークが魔法で風を起こし、もこもこをフワリと進ませる。

 猫のようなお手々の動きが若干早くなった。

 もこもこは自分で泳ぎ切ったと思っているのだろう。


 目的地にたどり着いたクマちゃんが、「クマちゃ」と子猫のような声で何かを呟く。

 すると、肉球が付いたもこもこした両手に、真っ白に輝く貝殻がゆっくりと落ちてきた。


「何あの貝殻。めっちゃ光ってんだけど。――つーかあの水槽、まさかほんとにどっかの海と繋がってたりすんの?」


 リオは頭をクッションにのせ、仰向けで愛らしいもこもこを見守りながら、かすれた声で尋ねた。

 腹の上には映像を記録する魔道具がのっている。


 しかし、彼らが答える前に、天井付近からクマちゃんの可愛い、キュオ……、キュオ……、という鳴き声が聞こえてきた。


 冒険者達も「クマちゃん今行くから待ってて!」「馬鹿! 俺らはクマちゃんみたいに空気の中泳げねぇだろ」「誰かあそこまで飛べる?」「魔法で飛んでも天井にガッてぶつかって落ちると思う」「良く跳ねるボールみたいになるよ」と、クマちゃんと共に悩んでいる。


 どうやら、もこもこは両手が塞がってしまい、降りられないらしい。

 登ってしまった木から降りられなくなった子猫のようなクマちゃんだったが、行きと同じように、帰りもルークの風の魔法でフワリ、と戻って来た。


 彼の腕の中に戻り「クマちゃ、クマちゃ」と甘えた声を出す、愛らしいもこもこ。


「あー、両手塞がってたのか。ごめんねクマちゃん」


 リオは見ているだけで何も出来なかったことを謝った。

 しかし切り替えの早いもこもこは、困ったことがあると『ミィ……』と悲痛な声で鳴くが、解決すると『いえ、私は元々困っておりません』と忘れる子猫のように、全く気にしていないらしい。


 もこもこは「クマちゃん、クマちゃん」と愛らしい声で、彼にお返事をする。


『クマちゃん、おくりもの』と。


 クマちゃんは素敵な贈り物を用意することが出来ましたよ、という意味だ。


 ルークの膝の上に座ったもこもこが、キラキラと光る美しい貝殻を両手の肉球で「クマちゃ」と可愛らしくかかげ、彼らに見せてくれる。


「本当に素敵な貝殻だね。下から見ていても輝いているのが分かったよ」


 ウィルは宝石のように輝く乳白色のそれを見つめ、優し気な笑みを浮かべた。

 真っ白なクマちゃんがキラキラの貝殻を猫のような両手で持っているのが、とても愛らしい。


 形はホタテ貝に似ているが、おそらく違うものだろう。

 クマちゃんの手の中で、宝石よりも輝いている。

 学園生への贈り物というよりも、どこかの王族に贈るもののようだが、穢れのない赤ちゃんクマちゃんに人間の面倒な価値観を押し付けるわけにはいかない。


 もこもこへの執着が激しい生徒会長であれば、あれを売り払うような愚かなことはしないはずだ。


 ルークに貝殻を預けたクマちゃんがヨチヨチと彼の膝から降り、ふわふわの敷物の上で作業を開始した。

 あれをそのまま贈るわけではないらしい。

 クマちゃんは斜め掛けの鞄をごそごそと漁っている。


 もこもこがお絵かき用のクレヨン、印鑑用の朱肉が入った入れ物、杖を取り出し、敷物の上に並べた。

 それを見たクライヴはすぐに立ち上がり、ルークの横でだらりとしているリオをクッションごとぐぐぐと押し、優しく横へずらした。

 氷の紳士は動きやすくなった場所で、もこもこに魔石を渡している。


「普通にやめて欲しいんだけど」

 

 ややマスターのほうへずらされた金髪が、かすれた声で苦情を言う。


 クマちゃんがせっせと作業を進め、朱肉をキラキラと光るピンク色へ変えた。

 容器もクマの顔の形に変わったようだ。


「可愛らしいね。あちこちに押印したくなるよ」


 ウィルは優し気な笑みを浮かべたまま、掃除をする人間が『マジでやめて下さい……』と言いたくなることをいう。


 もこもこは「クマちゃ」と深く頷いた。

 クマちゃんもあちこちに押印したい気持ちのようだ。


 彼らが見守るなか、もこもこの作業は進む。

 クマちゃんは肉球でクレヨンをキュムッと握ると、貝殻の内側にお絵描きを始めた。


「人間っぽい。……もしかして、あのへんた――生徒会長?」


 リオは体を起こし、もこもこの手元を覗き込む。

 自然と口から出てきた言葉は、保護者達からの殺気に止められた。

 変態はいけない。クマちゃんがその言葉を『クマちゃ』と覚えてしまったら、犯人のリオはコツンを四回――もしかしたら五回くらうかもしれない。


 お絵描きも上手な赤ちゃんクマちゃんは丁寧に生徒会長を描き終えると、はしを爪でカリカリし、貝殻を裏返す。

 もこもこがキラリ、キラリ、と輝く、素敵なピンク色の朱肉が入った入れ物を、カチャ、カチャ、と開き、インクの上に猫のようなお手々をムニ、と押し付ける。


 見守る保護者達の一部に、まさか――と衝撃が走る。


 彼らの様子に気付かないクマちゃんは、その貝殻を、肉球で――ぽむ――とたたいた。


 クマちゃんがそこから猫のようなお手々をどけると、真っ白でキラキラの貝殻に、ピンク色の、愛らしい肉球の模様がはっきりと付いていた。


「それ貰ったらあの会長倒れると思うんだけど」


 リオはクマちゃんが作った、あまりに愛らしい、完璧すぎるプレゼントに、思わず真剣な表情で呟いた。

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