第154話 もこもこリゾートな空間。寛ぎ過ぎな彼ら。
ウィルはクマちゃんの作った高級でリゾートな建物の中を見たいらしい。
クマちゃんはうむ、と頷くと、彼の方へそっと肉球を伸ばし、
それでは、クマちゃんと一緒に見学へ行きましょう、とお誘いをした。
ヘルメットを被ったもこもこが、幼く愛らしい声で「クマちゃん、クマちゃん」と、ウィルへお返事する。
「ありがとうクマちゃん」
彼は立ち上がりながら、もこもこの肉球にシャラ、と手を伸ばした。
彼の手首の装飾品が、涼やかな音を立てる。
もこもこを抱いたルークとウィル、「俺もー」と言ったリオと彼を見張る氷の紳士がそこへ向かう途中、先程まで『綺麗すぎる……』『クマちゃんすごーい!! きれー!』『すごい……、きらきらしてる……』『建築技術もナンバーワンだな……』と騒いでいた冒険者達がサッと近付いて来た。
「あの、ルークさん。俺たちもクマちゃんの、えーと……温室? 見たいんすけど……」
もこもこ温泉郷の帰りらしく、髪の濡れている冒険者が、ナンバーワンクマちゃんを抱っこしている魔王のような男に声を掛けた。
後ろで返事を待つ者の中には。ギルド職員も混じっているらしい。
制服のまま「すごく見たいです。気になって仕事ができません」と言っているが、おそらく温室を見ても仕事はしない。
もこもこは猫のような可愛いお手々でルークの手をつかみ、彼の長い指をくわえている。
低く色気のある声が、忙しそうなクマちゃんの代わりに、
「ああ」
と返事をした。
酒場の仲間達とも仲良しなもこもこは、いつも皆を喜ばせようと一生懸命だ。
彼らが来れば喜ぶだろう。
「ここも扉じゃなくてカーテンなんだ」
リオは入り口らしき真っ白な柱の側で、ゆったりと曲線を描くように吊られた布にふれる。カーテンと呼んでいるが、装飾のための薄くて綺麗な布、というような印象だ。
そして、その周りに吊り下げられた、大きさも形も様々なランプへ視線を移し「すげー。本物みてぇ」と呟く。
可愛らしい木の実のようなもの、花そっくりなもの、装飾品のような芸術的なもの。あちこちに吊るされたそれは、どれも繊細で美しい。
リオがランプに興味を示しているのを見たクマちゃんがハッとしたようにルークの指から口を離し、幼く愛らしい声で「クマちゃ」と言った。
クマちゃんはもこもこした両手の、ピンク色の肉球を、テチテチ、テチテチ、と叩き合わせる。
真っ白な柱と、真っ白な布、植物の緑を照らしていた温かい色味のランプが、一斉に涼し気な色合いに変わる。
濃淡の違う水色、青、青紫――美しく幻想的に姿を変えたそれらを見た冒険者達から、驚きと喜びの歓声が上がった。
「うわ、すげぇ……。めっちゃきれーだけど肉球が気になり過ぎる……」
もこもこの出す音に反応し、真逆の色合いへ変化したランプたち。リオは感動したが、肉球に心を乱された。
周囲の冒険者達が競うように激しく拍手をしているが、肉球ではないため色は変わらない。
バチバチバチ! パァンパァン! と煩い馬鹿たちに氷の刃のような視線が向けられ、彼らはスッと静かになった。
氷のような男は規律を正し終えるとすぐに気配を消し、視線を戻す。
ランプではなく肉球を見つめ、恐ろしい表情をしている。
しかし「寒い……」とかすれた声が聞こえただけで、居場所を悟らせない彼に悲鳴を上げる者はいなかった。
「先程の色も可愛らしかったけれど、こちらの色も神秘的で美しいね」
クマちゃんの優しさが嬉しいウィルは、愛おしそうにもこもこを褒める。
鮮やかな青い髪に青紫や水色の光が当たり、美しく穏やかそうな彼を妖艶に魅せていた。
彼らは仲良く、賑やかに、ランプに照らされた場所を通り過ぎ、すぐそこに見えている建物内へと進む。
円形の広間の中央にある、大きな噴水。室内に響く、雨音のような水の音。
中に入った彼らを出迎えてくれたのは、装飾の凝った台座の上に輝く、真っ白なクマちゃん像だった。
可愛すぎるクマちゃん像は肉球を見せつけるように、両手を頬のあたりへ上げている。
艶のある白いタイルに水を通した光のような模様が映り、不思議に思った彼らは天井を見上げた。
そこは、海のように水で満たされ、光の魚の群れが彼らの目を楽しませる、巨大な水槽になっていた。
一緒に中へ入ってきていた冒険者達が、小さな声で『やばい、綺麗すぎる……』『うわー……。うわー……』『海の中の宮殿って感じ……』『分かる……行ったことないけど……』『実は俺も……行ったことない……』『うん……知ってた……』『俺ら今王族より贅沢してると思う……』『じゃあ、俺が王様じゃん……』『いや、お前は王の器ではない……』『じゃあお』『お前でもない……』『馬鹿かおまえら、クマちゃん王に決まってんだろ……』『確かに……』『異議なし……』と、こそこそ騒いでいる。
「クマちゃんマジで凄すぎる……どうやってんの? これ」
ガラスの天井の中央に填め込まれた、巨大な円形水槽を見上げたまま、リオがもこもこに尋ねる。
整った顔の上を、ユラユラと揺れる光が、水紋のように通って行った。
彼の言葉が聞こえていたらしく「クマちゃ」と答えてくれたクマちゃんは、とても忙しいらしい。
――因みに『どうやってんの?』の答えは『クマちゃ』だ。
もこもこはヨチヨチと床に降り、彼らの方を向くと、右手の肉球を一生懸命、顔の前で引っかくように動かし始めた。
動かしたいのは右手だけのようだが、左の肉球まで釣られるように少しずつ上がってきている。
「なにそれ。可愛いんだけど」
可愛いクマちゃんの可愛い仕草に、何故か尖った態度を取るリオ。
彼を見張っていたはずの紳士は床に崩れ落ちている。
「……とても可愛らしいね。何だか胸が痛くなるよ。――これは『クマちゃんのところに集まって』ということなのではない?」
可愛すぎるクマちゃんに、ウィルが思わず真面目な顔になる。
しかし、赤ちゃんクマちゃんが彼らを呼んでいるのだから、早く集まらなければならない。
噴水の前で『皆さん、クマちゃんのところに集まってください』の仕草をしていたクマちゃんの前に、冒険者やギルド職員まで、全員が一瞬で集まった。
お兄さんは闇色の球体まで使ったらしい。ゴリラちゃんと共に、もこもこのすぐ近くの場所をとることに成功したようだ。
もこもこした天才インテリアデザイナーは「クマちゃん、クマちゃん」と彼らに作業の説明をする。
『クマちゃん、高級ちゃん』と。
クマちゃんは今からこのお部屋を高級な感じにしようと思います、という意味だ。
「全く分かんないけど……、取り合えずあっちの別荘みたいにするってこと?」
もこもこの『高級ちゃん』の意味を何となく感じ取ったリオが聞き返し、天才インテリアデザイナーが「クマちゃ」と彼の質問に丁寧に答えた。
『クマちゃ』と。
正解らしい。
既に高級感が溢れている美しい建物をさらに美しくするべく、もこもこが「クマちゃ」とお兄さんから素材を購入し、冒険者達が「俺らも手伝います!」と気合を入れた。
もこもこがルークと共に何かを魔法で「クマちゃ」しに行く間、リオが「あー、んじゃそこの材料細かくしておいて。こんな感じで」と彼らに手本を見せる。
クマちゃん達が何をしたのか気になった彼がそちらを見ると、植物と垂れ下がる布の向こうに別の部屋――別荘と、別荘の食堂が見えた。魔法で繋げたらしい。
こちらから見ると、別荘はまるで豪華な特別席のように見えた。睡蓮のランプやもこもこ製籠ソファのおかげだろう。
異国の宮殿のような入り口の形が、確かに高級感を漂わせている。
「クマちゃん細かくなったよ」
戻って来た彼らにリオが声を掛けると、ルークの腕の中のもこもこはすぐに頷き、幼く愛らしい声で「クマちゃん、クマちゃん」と言った。
弱っていた紳士がふらりと身を起こし、素材の側に魔石を積み上げ、ヨチヨチと彼に近付いて行くもこもこが、彼の作業を遅らせる。
何故か苦しむ彼の脚に、そっと肉球で「クマちゃん……」とふれる、心優しいもこもこ。
かすれた声の金髪が「クマちゃんのせいじゃん」と天才インテリアデザイナーに無礼な態度をとった。
準備が無事終わり、小さな黒い湿った鼻の上にキュッと皺を寄せたクマちゃんが、猫ちゃんのようなお手々で杖を振る。
光りを反射するほど磨かれた白い床に、真っ白でフワフワの敷物とクッションが、山のように降ってくる。
冒険者達が嬉しそうに叫び、保護者達は大きな噴水の周りに半透明の盾や結界、氷の壁を作り、クッションが溺れるのを防いだ。
床を埋め尽くすクッションの上空に、熱帯魚のような形の美しい、色とりどりのランプが飾られてゆく。
水槽から出てきた光の魚が、空中をキラキラと泳いでいる。
「夢のように美しい空間だね……」
南国の鳥のような男が、涼やかな声で小さく呟く。
――しばらくここから出ない、という意味だろう。
水を通した光がユラユラと揺れ動き、室内を淡い水色に染めている。
ルークの腕の中に戻っていたクマちゃんが、幼く愛らしい声で「クマちゃん、クマちゃん」と言う。
『クッションちゃん、並べるちゃん』と。
確かに、今のままでは歩く場所がない。
冒険者達は納得したように頷き、ふわふわの海をかき分けながら、大きな広間のあちこちに散っていった。
◇
完璧に整えられた、水の中の宮殿のような場所に、シャカ――、シャカ――、と、もこもこしたバーテンダーが肉球でシェーカーを振る、聴く者を幸せにする音が響いている。
今夜のもこもこカクテルは『――もこもこ酒・イチゴシロップ風味――』だ。
本日の作業を終えたクマちゃんは、ルークが選んだお洋服にお着替えし、現在はキラキラしたビーズが縫い付けられた青いリボンで首元を飾っている。
水の中の宮殿に相応しい、高級感のある衣装である。
フワフワの敷物の上で片膝を立てて胡坐をかき、フワフワのクッションに埋もれ、静かにもこもこ酒を味わう、南国の王族のような四人とお兄さんとゴリラちゃん。
もこもこは円形に置かれたクッションの真ん中で、シャカ――、シャカ――、と一生懸命シェーカーを振っている。
彼らを見守るクマちゃん像が飾られた噴水から、ザァー――、バシャバシャ――、チャプチャプ――と、心を落ち着かせる水音が、波紋のように広がっていった。
あちこちでふわもこクッションに埋まる冒険者達は、酒場から大量の酒を運び、仲良く、浴びるように、明日の仕事が心配になるほど飲んでいる。
「やばい……。俺ら……森の中で何やってんだろ……」
もこもこ酒に弱いリオが、グラスから口を離し、人生について考え始めた。
彼は今、危険なはずの森の中に出来た、海の中のような神秘的で豪華な宮殿で、ふわもこなクッションに埋もれ、白いもこもこがシャカシャカした酒を飲んでいる。
「とても幸せだね」
南国の鳥のような男がかすれた声の男に、涼やかな声で答えを返す。
彼がゆったりとした動きで口元にグラスを運ぶと、手首を飾る装飾品がシャラ――、と綺麗な音を立てた。
この場所にピッタリな色合いの男は、その美しい容姿と相まって、まるで宮殿に住む王族のように見える。
「ああ」
もこもこしたバーテンダーを視線で愛でながら、愛しのもこもこが作ってくれた酒を飲む魔王のような男が、低く色気のある声で青髪の王族に相槌を打つ。
男の返事は短く、抑揚も少ないが、彼はもこもこと過ごす時間を何よりも大切にしていた。
氷の紳士はもこもこの側でグラスを支え、バーテンダーが酒をひっくり返さないように手伝っている。
長いまつ毛を伏せ、頷いて見せたのは『幸せだ』という意味だろう。
黒革の手袋に冷たい液体が掛けられたが、彼は幸せなようだ。
彼らが氷の紳士の手袋にピンク色の酒をチョロチョロ――と零すもこもこを眺めながら、幸せについて考えていた時、
「おい……、お前ら何やってんだ……。一体何なんだ、この宮殿みてぇな建物は……」
あまり幸せそうではない顔の『なるほど……あなたはバーのマスターですね』と言われそうな姿の男が、大きな花束を手に持ち、大量の荷物を腕にぶら下げ、怠そうに声を掛けてきた。
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