第148話 クマちゃんを愛でまくるリオと、皮算用で忙しいクマちゃん
催し物の企画者達が何かを話し合うらしく、『十分ほどお時間をいただけますでしょうか? ――クマちゃん可愛いでちゅね~』と言われてしまったクマちゃん。
一生懸命頑張っていたもこもこを可愛がりたいリオが『俺もクマちゃん抱っこしたい』と主張したため、もこもこは現在彼の腕の中にいる。
催し物の最中ずっと観客席に座っていた彼は、舞台の上にいたせいで触れなかったもこもこが彼らのもとに戻ってきてご満悦だ。
「あー、めっちゃもこもこしてる。もこもこ…………クマちゃんちょっとだけ頭まふってしていい?」
リオはクマちゃんのエレガントなお帽子をすぽっと脱がせると、丸くて可愛い頭のおでこと耳の間あたりに頬擦りをし、腕の中の愛らしいもこもこに尋ねた。
『ちょっとかじっていい?』と。
彼の言う『まふ』が何か分からないクマちゃんは、ピンク色の肉球をペロペロペロ――、と湿った鼻の上に皺が寄るほど、丁寧にお手入れをしている最中だったが、――何かを察知したらしく、ハッとしたように動きを止めると、そっと彼の顎を美しくなった肉球で押した。
ありがたいお話ではございますが――、と。
「クマちゃん肉球めっちゃ湿ってんだけど……」
リオは『まふ』を肉球でお断りされてしまったうえ、その肉球が湿り、更に、その周りの細くて柔らかいピカピカに輝く毛が濡れていることに気付く。
そして――顎に感じるぷにぷにで丸い肉球の感触が、非常に素晴らしいことにも気が付いた。
彼は静かに目を閉じ、深く頷くと『まふ』はまた今度にしよう、と自身の顎にふれるぷにぷにを堪能する。
しつこくしたらクマちゃんを取り上げられるかもしれない。もこもこをもふもふしたい保護者は自分だけではないのだ。
リオがクマちゃんのお手々に「あー、ぷにぷにもこもこ。マジぷにぷにもこもこ……」としている間、他の保護者達はシンガーソングライターのファンになった聴衆達の相手をしていた。
彼らのもとへ駆け寄り、「あの、先程の……子猫ちゃんみたいな歌声、本当に感動しました――」「本当は何歳なんですか?」「酒場のアルバイトって一体――」「普段はどこで歌ってるんですか?」「うちの猫の歌の先生になってほしいのですが――」「作詞はご本人が?」「今度うちの店で――」「握手を――」「楽器の演奏も――」と口々に話すシンガーソングライターのファン達に、「ああ」「時々酒場でも歌ってくれるけれど、本当に特別な時だけだから――」「公演は不定期だが――」と丁寧に対応する保護者達。
お兄さんは自身の姿を隠す力を使っているらしく、長いまつ毛を伏せ、腕を組み、客席に座ったまま何もしていない。
「何故こんなところにゴリラのぬいぐるみが……」という誰かの声が聞こえた。
ゴリラちゃんは隠していないらしい。
「あー、頭丸い……もこもこ……マジもこもこ」と再びもこもこの頭に頬擦りをしたり、「ふわふわ」とかすれ気味の綺麗な声で囁きながら、幸せそうに目を細め、ふわふわな耳と耳の間に、もふ――、と優しくキスをしたりするリオの言葉を全く聞いていないクマちゃんは、真剣な顔で考え事をしていた。
――クマちゃんの豪華な景品は、大きいのだろうか。
お兄ちゃんならたくさん持てるかもしれないが、もしも持ちきれなかったら――。
広場に置いて帰ったら、くれた人が『クマちゃんは豪華な景品じゃないほうが良かったのですか?』と悲しい想いをしてしまうだろう。
景品を用意してくれた人もショックを受け、『私は今日から三日ほど寝込みます……』と、ふわっとお布団を被ってしまうかもしれない。
――彼らを悲しませるわけにはいかない。
うむ。大きな入れ物が必要だ。
そしてクマちゃんは、ハッとした。
『豪華な景品』は、家に入る大きさなのだろうか。
豪華なのだから、当然、大きいだろう。
皆が貰って凄く嬉しいのは――――うむ。おもちゃだ。
大きくて豪華なおもちゃというのは、公園にあるようなおもちゃだろうか。
大きな滑り台なら――クマちゃんの花畑に置けばいいだろう。
大きなブランコも――花畑に置ける。
しかし、大きなトランポリンならどうだろうか。
『わー、トランポリンめっちゃ楽しー! クマちゃん一緒にあそぼー』と高く飛び跳ねたリオちゃんが、湖にピョーン――『これめっちゃ危ないんだけどー』と飛んで行ってしまうのでは――。
うむ。それは――とても危ない。
危険なおもちゃを置いておく場所も必要だ。
クマちゃんは急いで杖を取り出し、小さな黒い湿った鼻にキュッと力を入れ、肉球が付いたもこもこの両手で真っ白な杖を振った。
「――あぶな! クマちゃんいきなり移動したら危ないから!」
もこもこの癒しの力ではなく、もこもこが可愛らしいことに癒されていたリオは、客席に座っていた体が突然、フッ――と浮くのを感じ、咄嗟に片膝を突き、大事なもこもこを腕の中へ庇った。
しかし、視線を走らせる必要もなく、この無駄に狭い場所がどこなのか分かり、すぐに体から力を抜く。
――クマちゃんの実家だ。
「あれ、もしかして俺らだけ? 珍しいじゃん」
もこもこと己の気配しか感じないことを不思議に思ったリオが、腕の中の手触りの良いもこもこを撫でつつ、後ろを振り返り「あ」と呟いた。
「鏡光ってる」と。
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