第138話 素敵なクマちゃん金貨と素敵な商品

 リオの『まさかこのクマ――』という、まるで恐ろしいもこもこを見るような視線に気付かないクマちゃんは、幼く愛らしい声で「クマちゃん、クマちゃん」と言った。


『クマちゃんの、可愛い?』と。


 クマちゃんはお金ちゃんを可愛くしましたよ。素敵になりましたか? という意味だ。

 

 なんて恐ろしいもこもこだろうか。

 このもこもこはお金を可愛くしてしまったら使えなくなるということが分からないのか。


「いや可愛いけどそれどころじゃないと思うんだけど……変な物混ぜてないよね」


 リオは法に詳しくない。しかし、もしこれに別の金属が混ざっていたら――もこもこは『クマちゃ……』と檻に入ったもこもこになってしまうかもしれない。

 持っただけでは重さの違いは分からないが――可愛いクマちゃんの絵柄から目を逸らし、なんとなく裏側を確認してみる。


 ――ピンク!!! 肉球の模様がうっすらとピンク色になっている!


 なんて恐ろしいもこもこだろうか。

 一体金貨に何を混ぜたのか。

 もしも、もこもこが『クマちゃ……』と得体のしれないクマちゃん金貨で買い物をしてしまったら――。

 見たことの無い妙な金貨に気付いた店員が、


『この金貨を作ったもこもこを今すぐ出してください』


酒場に騎士を連れて来たとして――、


『うちのクマちゃんはまだ赤ちゃんなんです』


『なるほど。赤ちゃんは混ぜるのが大好きですからね』


で済むとは思えない。


 そしてリオはハッと気が付く。


 ――金属のクマちゃん、金属のお花、金属のハート、金ぴかの青年のような人形、金属の球体、その他色々。

 金一色のもの、全体が金で一部が銀、銀一色、新品の銅貨のような色、色が混ざったもの――。

 

 あれらは金貨、銀貨、銅貨の成れの果てに違いない。

 絵柄を変えている途中で『クマちゃ……!』と閃き、形も可愛く『クマちゃ』することにしたのだろう。

 なんて恐ろしいことを閃くもこもこだろうか。

 やはり、赤ちゃんクマちゃんに人間の使うお金はまだ早かったのだ――。

 

『やってしまったクマちゃん』について考えていたリオはふと、マスターがもこもこに渡してしまったお小遣いの額を思い出す。

 そして、もこもこ桃源郷のもこもこ温泉で氷職人に氷をぶつけられた時のように背筋が寒くなった。


 ――赤ちゃんクマちゃんは、貰った大金をすべて『クマちゃ』してしまった。大金は、使う前にすべてもこ価値になった――。


 一体いつの間に――思うと同時に(いやさっきめっちゃ袋光ってたし)すぐに薄暗い店内でピカッと輝く袋の映像が脳裏に浮かんだ。

 商店街で憎らしい歌を歌っていた時、そして雑貨屋に入ってすぐ――。

 すべての謎を解き明かしてしまった名探偵リオが「やばいやばいやばい……」と呟いていると、


「凄く可愛らしいね。こんなに素敵な金貨は見たことがないよ。手に取って見てもいい?」


クマちゃん金貨に興味を持ったウィルが彼らの側まで来ていたらしく、優しい声でもこもこに尋ねている。


 可愛いもこもこは南国の鳥のような男に褒められ、ふんふんふんふんと喜んでいるようだ。

 赤ちゃんクマちゃんは彼の言葉に「クマちゃ」と頷き、肉球を上に向け――スッと前へ出す。


 どうぞ、という意味だ。


「ありがとうクマちゃん。――本当に愛らしいね。裏面の、肉球がピンク色なところも、凝っていて凄く良いと思うよ。……ねぇクマちゃん。この愛らしい金貨を、僕に売ってくれない?」


「……その素晴らしい金貨を売ってくれ」


 目をピタリと閉じて情報を遮断し「やばいやばい」と呟いていたリオの耳に、もこもこを甘やかす悪い大人達の良くない言葉が聞こえた。

 ――もしや彼らは森の街から普通の金貨を滅したいのだろうか。

 リオには分かった。

 クマちゃん金貨の売上金は、すべてクマちゃん金貨に変わる。

 銀貨も銅貨もクマちゃん銀貨とクマちゃん銅貨に変わるだろう。

 それはもしかしたら貨幣の形すら保っていないかもしれない――。


「えぇ……クマちゃんに金渡すのやめたほうがいいと思うんだけど……」


 リオは森の街経済を乱す悪党共を見つめ肯定的ではない声を出した。

 雑貨屋の通路が狭いおかげでルークとお兄さんはこちらへ来ないが、彼らがもこもこを甘やかし、肉球が握る可愛いクマちゃん金貨を自分の手持ちの可愛くない金貨と交換することなど、もこもこに「クマちゃ」と言わせるよりも簡単な事だろう。



 あまり可愛くなかったお金を可愛くて素敵なお金に変えたクマちゃんは、うむ、と深く頷き、凄く可愛いクマちゃん金貨を欲しがる彼らにそれを渡し、替わりにまだ可愛くない金貨を受け取っていた。

 うむ。これらは後で可愛くすればいいだろう。

 それよりも、今クマちゃんが気になっているのは、先程リオが見せてくれた素敵な色のお財布である。

 大好きなルークの瞳ほど美しくはないが、クマちゃんはまだ緑色のお財布を持っていない。

 マスターがくれたお財布も素敵だが、クマちゃんはお金を凄くたくさん持っているので、お財布もたくさん買った方がいいだろう。


 

 クライヴがもこもこ袋を抱えたまま「白いのの愛らしい絵柄も、肉球も素晴らしい――」と言い。

 ウィルが「本当に素敵な金貨だね。こんなに愛らしいのだから、クマちゃん金貨一枚あたり、普通の金貨百枚でもいいのではない?」と彼に答える。

 するともこもこ袋から幼く愛らしい「クマちゃん、クマちゃん」という声が聞こえてきた。


『クマちゃん、緑の買う』と。


 クマちゃんは緑色の素敵なお財布を買いますよ、という意味だ。


「クマちゃんこの財布気に入った? んじゃ俺買ってくるから待ってて」


 悟りを開いたリオは、すべてを見なかったことにした。そして『クマちゃん、クマちゃん』と言うもこもこの希望通り、誰に見られても問題のない自身の金で早急に緑の財布を買うため、通路を進む。


 しかし、たった数歩進んだだけで邪魔が入った。

 腹が立つほど愛らしい声が「クマちゃん、クマちゃん」と彼を呼ぶ。


『クマちゃん、あれも』と。


 若干目を細め警戒しつつ振り向いたリオは、もこもこの肉球が示す先を見る。

 その棚には、


『衝撃! 幸せになるグラスと幸せになるお面を、なんとセットで! 地域最安値への挑戦――! 最 終 処 分!!』


と書かれた紙が張られていた。


 リオの魂が叫び、自然と声が漏れた。


「いや絶対いらないでしょ」

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