クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり

第114話 学園の様子とお手紙を書くクマちゃん

　古城のような雰囲気の魔法学園、夜の廊下、もこもこ教室前。

　ランプの火が消え暗いはずのその場所には、夜になっても柔らかな光を放つ胞子のような癒しの玉が宙に漂い、クマちゃんのようにふわふわとした真っ白な綿毛の花畑が広がっていた。

「会長ー、本当にここで寝る気ですかぁ？」

　未だに制服を着たまま嫌そうな顔で尋ねるのは、この学園の生徒会で副会長を務めている男だ。

　もこもこの残した綿毛の花畑で仰向けに倒れ胸元で手を組んでいる、悲し気な表情の美貌の生徒会長へ「……学園長に知られたらまずいと思いますよー」とぶつぶつ言っているが、見捨てる気はないようだ。

　――因みに彼はもこもこクラスではないため実物のクマちゃんには会っていない。廊下に飾られた絵（クマちゃんが魔法で作り替えた絵画）を見て『何だこれクソ可愛いな』と言っただけだ。　

　副会長は「――君は帰っていいよ」と言う生徒会長へ「会長が帰ってくれるなら俺も今すぐ帰れるんですけどー」と先程よりも更に嫌そうに言う。

「……あー、何かこれ一時間くらい前にも言った気がする」

　制服のタイを緩めながらため息を吐き出すように呟き、何度も様子を見に来てさすがに疲れたらしい彼は整った顔を歪めたまま「――もー面倒なんで俺もここで寝ます」と自分に浄化の魔法をかけ、綿毛の上に転がった。

　――口も態度も良くないが、生徒会長が一人で罰を受けないようにするためだろう。

「……何だこれすげー癒される――ちょっと会長先に言って下さいよ俺ずっと立ってたのにずるくないですか？」　

　広い廊下のもこもこ花畑に大の字に寝転がった副会長は、クマちゃんの癒しの綿毛で心と体がほわっと癒され、しかし先程まで自分だけが疲れていたことに気付くと早口で生徒会長を詰る。

　しかし彼から返って来たのは「私の可愛いクマちゃん……」という切なげな言葉だけだった。

◇

　生徒会長と文通をするための便箋を手にいれたクマちゃんと共に、酒場の二階にあるルーク達の部屋へ戻って来た、現在学園がどうなっているのか知らない彼ら。

　秘境にある洞窟のような薄暗い部屋には、お兄さんが再び酒場からパクったと思われる、見覚えのあるテーブルと椅子が増えていた。

　テーブルの上にはクマちゃんの小さなお手々でも持てるほどの小さなランプが置かれ、いつもよりも若干部屋を明るくすることに成功している。

　敢えてこの部屋で書き物をするほどではないが、いつも暗い穴蔵のような場所で暮らしている彼らにとっては十分明るい。

「クマちゃんマジで今から手紙書くの？　寝たほうが良くない？」

　赤ちゃんクマちゃんの睡眠時間を心配したリオが、ルークの膝の上に座りテーブルの上に便箋を置いたもこもこへ尋ねる。

「うーん。僕もそう思うけれど、クマちゃんは今日の出来事を手紙に書きたいのではない？」

　リオとルークと共にお兄さんが酒場からパクったほうのテーブルに着いているウィルは、どちらの気持ちも解るというふうに答えを返した。

　お兄さんと共に備え付けの椅子に座っているクライヴは、黒い革の手袋に包まれた手をテーブルの上で組み、それを見つめている。　

　彼の頭の中はクマちゃんが欲しがっている便箋百万枚のことでいっぱいのようだ。

　いつでも便箋を用意出来そうなお兄さんがそれを出さないのは、普段はとても良い子だが時々わけのわからないことを言いだす駄々っ子クマちゃんに慣れているからなのかもしれない。　

「いやいやいやクマちゃん待って待って待って四枚はやりすぎだって」

　だらけた格好で片肘を突き、頬杖をついていたリオは、何気なく視線を向けた先のもこもこが、肉球の付いたもこもこの手で四枚の便箋をクシャクシャにしながら隙間なく並べようとしているところを見て思わず止めに入った。

　便箋は五十枚しかないのだ。このまま放っておけば、クマちゃんのお手紙は『せいとかいちょうさまへ』もしくは『こんばんはクマちゃんです』だけで終わってしまう。

　このもこもこはこの便箋に引かれている細い線が見えないのだろうか。

　さすがにそのもこもこした手で線と線の間に字を書けというつもりはないが、一枚に二十文字くらいは書けるはずだ。

「リオ、クマちゃんのお手紙を勝手に覗いてはいけないよ」

　別の視点から常識を語る、南国の鳥のような自由な男。

　彼はクマちゃんの手紙がどのような言葉で綴られようが、自分達が口出しをしてはいけないと考えている。

「えぇ……」

　ウィルの言い分は間違っていないが納得がいかないリオの口から、思わず肯定的ではない声が漏れた。

　納得はいかないままだが、クマちゃんの手紙にアレコレ言う事が出来なくなったリオは、目を極限まで細くしてもこもこを見守る。

　クマちゃんから助けを求められるまで、黙っているしかない。

　リオの声は聞こえなかったようだが、もこもこは何かに気付いたようにサッと口元へ両手の肉球を当て、悲し気な瞳でテーブルの上の便箋を見た。

　――百万枚ではなく、五十枚しかないことに気が付いたのかもしれない。

　もこもこの両手に隠された口元から、幼く愛らしい「……クマちゃ……」という涙混じりの声が漏れる。

『……ごじゅう……』と。

「いや十分でしょ」

　つい先ほど黙っている決意を固めたばかりのリオは、悲し気な『……クマちゃ……』に黙っていられず、すぐにそれを覆した。

　四枚ずつ使おうとするから足りなくなるのだ。

「……あいつなら小さくても読めんだろ」

　もこもこの飼い主であるルークは、自身の膝の上にいるふわふわツヤツヤのもこもこの頭を、長い指であやすように撫でながら、無駄に色気のある低い声で適当なことを言った。

　平常通りの無表情で声の抑揚も少ないため噓を言っているようには見えないが、調べた情報でないのは間違いない。

　彼にとって大事なのは便箋の使い方ではなく、もこもこが悲しい思いをしないことだ。

　もしもルークの今の発言のせいで今後手紙に書かれる文字が極端に小さくなっても、白金髪の生徒会長は気合で文字を解読するしかない。

　大好きなルークの言葉に深く頷いたクマちゃんは、並べた四枚の便箋の内、一枚を正面に置き、お腹の鞄をごそごそしている。

　白いクレヨンを取り出したクマちゃんは、ピンク色の肉球が付いた愛らしいお手々の先をキュッと丸め、ほぼ白い紙の上に丁寧に文字を書き始めた。

（いやクマちゃん暗号じゃないんだから）

　リオは心の中で思った言葉を外に出さないように、頬杖を付いていた手の位置をずらし、口元を隠した。

　しかし紙に引かれた細い横線のおかげで、白地に白い文字でも読めなくはない。

　一枚に一文字だからだ。

　彼は手紙の内容を覗くつもりはなかったが、可愛いもこもこが口元をもふっと膨らませ、少しだけピンク色の舌を出し、もこもこした手の先を可愛く丸め、握っているクレヨンでお手紙を書いている様子はとても愛らしく、目を離すことが出来なかった。

　便箋を押さえている肉球付きのもこもこの手の先まで、キュッと力を入れ、丸めているようだ。

　い、という文字から始まった文章を繋げて読むと、こうなった。

『いま　くらいところに　います　きょう　クマちゃん　せが　二かいまで　のびました　さかば　つむじが五こ　のひとが　いましたよ』

　初めての手紙の内容は本当にそれでいいのだろうか。

　堂々と噓をついているのが気になる。クマちゃんの背は二階まで伸びていない。

　つむじが五個の人間が誰なのかも微妙に気になるが、生徒会長に伝えるべき内容だろうか。　　

　リオ達がクマちゃんを暗いところに閉じ込めていると誤解されたくない。この部屋を暗くした犯人はもこもこである。

　複雑な想いを秘めたまま、せっせと封筒に手紙を入れるもこもこを見守る。

　封筒が二十枚しかないため時々纏めて入れているようだが、不規則なため、基準がわからない。

　順番は合っているのだろうか。心配になるが、もこもこの口から少しだけ舌を出し、一生懸命クシャクシャに折りたたんだ手紙を封筒に入れるクマちゃんが可愛い。

　リオは手紙の心配をするのを止め、可愛いもこもこ観察に集中することにした。

　内容がおかしければ生徒会長からの返事で分かるだろう。

◇

　お手紙の準備が出来たクマちゃんが、珍しくリオの方へ可愛いお手々を伸ばしている。愛らしいもこもこを見ていたウィルから「おや、珍しいね」と素直な感想が漏れる。

「何、クマちゃん。どしたの」

　彼はすぐに立ち上がって手を伸ばし、ルークからもこもこを受け取りながら尋ねた。

　彼がクマちゃんを抱えたまま椅子に座っても、もこもこはお腹の前に下げた、お兄さんから貰った小さな鞄をごそごそしていて聞いていない。

　リオは一瞬視界に入った鞄の中が漆黒の闇に包まれているのを見て、かすれた声で「怖っ！！」と言ったが、そこから出てきた魔道具を見て、

「あー、学園のやつか」　　　　　　　　　

と納得したように呟いた。

　可愛いもこもこはリオがこの魔道具に詳しいと思っているのだろう。

「生徒会長のいるとこ確認したいってこと？　……えーと、教室はー、誰もいない……」

　リオは膝の上のクマちゃんを腕で囲うようにして魔道具を持ち、操作をしながらもこもこに話しかける。

　クマちゃんは両手の肉球をテーブルの縁にのせた愛らしい格好で、リオと一緒に画面を覗いていた。　

　彼は「つーか普通に誰もいないと思うんだけど」と独り言のように呟きボタンを押し、『廊下へ出る』という選択肢を選ぶと、

「……こいつら何やってんの？」

何かを目撃したらしく、不審人物を見るような表情で嫌そうな声を出した。

「こんな遅い時間に、誰か居たのかい？」

　ウィルは涼やかな声で不思議そうに尋ね「僕たちも一緒に見られるといいのだけれど」と備え付けのテーブルの方にいるお兄さんへ、チラリと視線を向けた。

「――そのクマが魔道具を改造していただろう」

　ゆっくりと長いまつ毛を持ち上げ魅惑的な瞳を覗かせたお兄さんは、低く美しい、頭の中に響く不思議な声で、お告げのように言葉を返した。

　しかしそれだけ言うと、面倒なのか眠いのか忙しいのか、すぐに瞼を下ろしてしまう。

「リオ、魔道具を調べてみてくれる？」

　お兄さんが言うなら何かがあるのだろうと、ウィルは魔道具を操作しているリオを見た。

　ルークは魔道具ではなく可愛いもこもこを見ている。

　細かいことも細かくないことも気にならない彼は、クマちゃんが居ない時の学園に生徒会長が居ようが変態が居ようが気にならない。

　もこもこのスポンサーのクライヴは相変わらず便箋百万枚のことで忙しいようだ。

「じゃあ何か押したことないとこ押してみる？」

　深く考えないリオは映像が映っている四角い画面の下に並んでいるボタンの中から、クマちゃんの顔のような形の可愛いボタンを選んだ。

　理由は当然、クマちゃんみたいで可愛いからだ。

　リオがもこもこ型のボタンを押した次の瞬間、テーブルの真上に大きな球体が浮かび、そこに学園の廊下に広がる綿毛の花畑が映った。

「すげぇ……クマちゃんの改造した魔道具めっちゃ高性能じゃん」

　もこもこの改造した皆で見られる優しい魔道具に感動したリオがクマちゃんの丸くて可愛い頭をもしゃもしゃと擽る。

　さすが皆と一緒が好きなクマちゃんである。

「とても素敵だね。クマちゃんの優しい気持ちが伝わってくるよ。――ありがとうクマちゃん」

　ふわりと優しい笑みを浮かべたウィルが嬉しそうに礼を言う。

　一瞬だけ、宙に浮かぶ球体を切れ長の瞳で確認したルークは、

「すげぇな」

と低く色気のある声でもこもこを褒めた。

　しかし森の魔王様の視線はすぐに可愛いもこもこへ戻った。彼の愛しいもこもこが可愛いお手々で拍手をしているからだ。

　もこもこの悩めるスポンサークライヴは球体の映像に気が付き「素晴らし――」と称賛する途中で、愛らしいもこもこの肉球の拍手に釘付けになっている。　

　リオはもこもこの丸くて可愛い頭をもしゃもしゃするのを中断し、視線を元の位置へ戻す。

　球体の上に付いたクマの耳のような形の何かも、膝の上のもこもこが肉球をテチテチ鳴らし拍手をしている可愛い音も非常に気になるが、今は映像を確認するのが先だ。

　クマちゃんが作った可愛い綿毛の花畑に、男が二人寝転がっている。

　いったい深夜の廊下で何をやっているのか。

「うーん。取り合えず生徒会長がいるのだから、そこへ手紙を届ければいいのではない？」

　大雑把な南国の鳥男は、もこもこの文通相手である男へそれを届ければ、目的が達成されると言う。

　彼らしか居ない深夜の学園の廊下――おそらく生徒が居てはいけない時間。その上花畑で横になっている怪しい彼らが警備員に連行されたとしても、見た目と違い大雑把なウィルは気にしない。

　学園の生徒なのだからひどい罰は与えられないだろう。

「えぇ……あそこに？」

　リオが映像の男達を見て嫌そうな声を出す。

　繊細そうな美形の生徒会長と、整った顔立ちだが目つきの悪い男が制服のまま花畑で横になっている。

　無駄に悲し気な表情の生徒会長と不機嫌そうな謎の男は会話すらしていない。　

　廊下の花畑で喧嘩でもしたのだろか。クマちゃんの可愛いお花畑で喧嘩をするのはやめていただきたい。

　膝の上のもこもこから幼く愛らしい「クマちゃん、クマちゃん」という声が聞こえる。　　

『クマちゃん、お手紙』と言っているようだ。　

「えぇ……」

　妙な雰囲気の彼らへお手紙をお届けしてしまうらしいもこもこへ、再びリオが肯定的ではない声を出す。

　この部屋の中に空気を読む、という考えを持つ者はいないのだろうか。

　考えても仕方のないことを考える、意外と真面目な男リオは、テーブルの上へ登りたいらしいもこもこに手を貸し、もこもこ動いている可愛いクマちゃんを黙って見守った。