第75話 通販ショップクマちゃん
店内には先程と変わらず、ゴリラちゃんが素晴らしくない説明をするかすれた声が聞こえている。
通販ショップクマちゃんが紹介している商品の動作確認を行っているルークが、可愛いもこもこを抱いていない方の手で、動物を模したおもちゃを押した。
「……押すと……舌が……ビュッ……」
見たままを説明するかすれた声のゴリラちゃん。
それまで、一つの商品の紹介が終わると、すぐに肉球の付いたもこもこの手が別の商品を指し、幼く愛らしい「クマちゃん」という声が『ゴリラちゃん、つぎ』と言っていた。
しかし今回の『……ビュッ……』という説明を聞いたクマちゃんの動きが、変わった。
ピンク色の肉球が付いたもこもこの手をスッと、自身の顎らしき部分へやり、もぞもぞと動かしている。
――見たことのある動きだ。
「クマちゃん」
もこもこの愛らしい声が響く。『いい、じゃ、ねーか』と。誰かの真似をしているらしい。
――一つ目のおもちゃが決まった。
ルークに「クマちゃん」と言っている。『七つ、だ、な』と聞こえたそれは、やはり誰かの真似だろう。また、もこもこの手が顎のあたりをもぞもぞしている。
七点のお買い上げとなった商品は、押すと『ビュッ!』と舌が出る動物のおもちゃだ。
ピカピカの板からマスターの渋い声が聞こえる。
「――まさか、今のは俺の真似か? お前には似合わんと思うが……」
彼は小さく笑うと、優しい声で可愛いもこもこに指摘した。
可愛いもこもこはルークの腕の中で頷いている。先程の言動はマスターの真似らしい。
肉球が付いた手で顎のあたりをもぞもぞとさわっているクマちゃん。
もしかしたらマスターが時々している、顎髭をさわる仕草を真似しているつもりなのかもしれない。
可愛いもこもこの頭をルークが撫でていると、
「……七つ、も……いらない……」
というかすれた声が聞こえたが、当然黙殺された。
そこに、南国の鳥のような男と冬の支配者のような男が、手に何かを持って戻ってきた。
「これはとても可愛らしいと思うのだけれど」
ウィルが持ってきたものは、シャンデリアのように天井から吊るすおもちゃで、可愛らしい動物がたくさんぶら下がっている。その中には青い鳥もいた。
ルークが視線で、彼にそれを動かすよう指示を出す。
南国の鳥のような男がおもちゃに付いているスイッチを押すと、それはクルクルと回り、オルゴールのような音楽が流れ始める。
それを見たもこもこがルークの腕の中で「クマちゃん」と、一言呟き、深く頷く。
幼く愛らしい声は『いい、じゃ、ねーか』と言ったようだ。マスターの真似はまだ続くらしい。もこもこの手で顎の下をもぞもぞしている。
そしてまた愛らしい声で「クマちゃん」と言う。
それは『七つ、だ、な』と聞こえた。
天井でクルクル回るオルゴールのおもちゃ、七点お買い上げである。
「白いのの手でも持ちやすいはずだ」
美しく冷たい声でクライヴが言う。
彼の持ってきたものは、ウサギさんの顔の下に棒が付いているだけ、に見える。棒にはふかふかの布が巻かれ、掴みやすそうだ。
もこもこを抱えたルークが、彼に視線を流す。
クライヴがそのおもちゃの棒の部分を持ったまま手を振ると、ガラガラ、リンリン、ピピピ、と様々な音が聞こえる。
一度振るたびに音が変わるおもちゃのようだ。
もこもこは深く頷き、顎の下をもぞもぞさわりながら「クマちゃん」という。
その言葉は『いい、じゃ、ねーか』と聞こえた。
続けて「クマちゃん」と言うもこもこ。
当然『七つ、だ、な』と聞こえる。
振るとガラガラと音が鳴るウサギさんのおもちゃ、七点お買い上げである。
肉球の付いた手で顎をもぞもぞしているもこもこが再び「クマちゃん」と言う。
愛らしい声のそれは『決まり、だ、な』と聞こえた。
今回の通販ショップクマちゃんはこれでおしまいらしい。
板の向こうの相手が商品を選べるわけではないようだ。
素晴らしい商品であるこれらを欲しがらない者はいないと、確信しているのだろう。
板の向こうからマスターの声が聞こえる。
「――そうか、決まったのか……。まさかとは思うが、その……七つのおもちゃの一つは俺の分だったりするか?」
彼は困惑気味にもこもこに尋ねる。
しかし、素晴らしい商品の紹介が終わったもこもこは、ふんふんと興奮し、喜び、頷いている。
「クマちゃん」
愛らしい声は『マスター、みんな』と言っているようだ。
マスターの分も皆の分もあるらしい。
ここに居る四人と一匹とゴリラちゃん。そしてマスターの分で七つなのだろう。
小さくかすれた声で「……俺……二つも……いらない……」と誰かが言っているが小さすぎて誰も気にしていない。
「――素敵な商品だから、僕たちにも買ってくれたんだね。凄く嬉しいよ。ありがとうクマちゃん」
ウィルはクマちゃんの優しい気持ちが嬉しくて、すぐにもこもこに礼を言った。
「ありがとな」
愛らしくて優しいもこもこを腕に抱いたルークも、長い指でくすぐるようにクマちゃんを撫でながら礼を言う。
クマちゃんは興奮してその指をもこもこのお手々で掴まえ、くわえた。
「――感謝する」
礼を言う声も、表情も冷たく厳しいが、クライヴは感動し、謎の動悸に苦しんでいる。
板の向こうのマスターも、
「――ありがとうな、白いの。お前は本当に、可愛くて優しい。――ルーク。持ちきれねぇだろうから、そっちにギルド職員を送る。荷物は置いて、飯でも食ってこい」
ともこもこに優しい声で感謝を伝え、クマちゃんを抱えているであろうルークへ雑に指示を出す。
クマちゃんは幼く愛らしい声で「クマちゃん、クマちゃん」とマスターに言って、ピカピカの板のスイッチをもこもこのお手々でポチッと押した。
それは『マスター、ありがと、お仕事がんばる、クマちゃんまたね』と、いつものように通信を切る時の挨拶だ。
「クマちゃん、ありがとー……」
リオがクマちゃんにいつもよりもかすれた声を掛けた。
そしてすぐに、
「……ぼく、ゴリラちゃん……おもちゃ、嬉しい……」
とかすれたゴリラちゃんの声が聞こえた。
クマちゃんが深く頷き「クマちゃん」と言っている。
『ゴリラちゃん、ありがと』とクマちゃんもゴリラちゃんにお礼を言っているようだ。
先程の商品の説明のことだろう。
クマちゃんは皆と一緒に素敵なお買い物が出来てご機嫌だった。
ゴリラちゃんの説明は、分かりやすくてとても素敵だ。
クマちゃんでは上手に説明できなかったかもしれない。
今回は、マスターの気持ちになりながら選んだおかげで、彼にぴったりな物を買うことができた。
マスターのお部屋は静かで少し寂しいから、音楽が鳴ってクルクルするやつを天井に飾るのがいいだろう。
紙ばかり見ていてつまらなくなったら、片手で遊べるおもちゃもある。
可愛くて、むにむにしていて、押すだけで『ビュッ!』と舌が出るのが凄い。もしかしたら、楽しくて、うっかり遊び過ぎてしまうかもしれない。
ウサギさんのおもちゃも、あの棒の部分にペンを付けたら、紙に何か書くだけで音が鳴って、とても楽しいはずだ。
酒場に帰ったら、クマちゃんが付けてあげよう。
うむ、完璧である。
完璧な計画を立てたクマちゃんは、もこもこの可愛いお手々をゴリラちゃんの方へ伸ばした。
これから一緒にごはんを食べに行きますよ、という意味だ。
当然リオは、ゴリラちゃんのご飯の食べ方など考えていない。
クマちゃんの可愛いお手々の方へゴリラちゃんの手を動かし、握手させているだけだ。
そして普通に「腹減ったー。クマちゃん何食べたい?」と吞気なことを言っている。
魔法が得意な者達は、真剣に視線で会話をしていた。
あのゴリラにどうやって飯を食わせるのか、と。
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