第61話 クライヴの素晴らしいクマちゃん
クマちゃんの封印の魔法――何かをどこかへポイする魔法――により、卑劣な罠と共にどこかへ飛ばされてしまった二人と一匹。
封印の魔法を使ったクマちゃんは考えていた。
魔法は確かに発動したはずだ。罠を囲んでいた魔石もちゃんと消えている。
しかし、クマちゃんの可愛いつぶらな瞳の前にある封印されたはずのそれは、消えることなく目の前にある。
そのうえ、何故か先程まで一つだったそれが、二つに増えている。
大変だ。早くしないともっと増えてしまうかもしれない。
急いでもう一度封印の魔法を使わなくては。
占い師風のヴェールを被ったクマちゃんは、クライヴにもこもこの手のピンク色の肉球を見せた。
クマちゃんは魔石を欲していますよ、という意味だ。
可愛らしいピンク色の肉球を見せられたクライヴは、本当はそれどころではないと判っていて、魔石が入った袋からそれを取り出そうとしたが、
「いやいやいや、絶対今それどころじゃないから。多分リーダーこっち向かってきてるのにまたどっか飛ばされたら困るからほんとやめて」
リオの心底やめて欲しそうな声が聞こえ、正気を取り戻した。
そうだ。今は肉球に気を取られている場合ではない。
しかしあの可愛らしく心優しい生き物が使った魔法は、一体なんだったのか。
今までの白いもこもこの行動から推測すると、冒険者達の為に何かを考えてくれたのだと思うが。
――それならば、自分達をここへ連れてきたことに意味がある、ということだろう。
「リオ。この場所を調べる」
クライヴはクマちゃんが彼らをここへ連れてきた理由――重大な何か――を探すため、リオと共に付近を調査することにした。
「え? ここなんかあんの?」
クマちゃんの魔法が失敗したと思っているわけではなく、ただ、あのクマ今度は何をしやがった、と思っているだけのリオは、この場所と今ここにいる面子に重大な何かがあるとは思っていない。
しかし、いつも冷静に見える男クライヴは何かを感じ取ったようだ。
ちゃんとピンク色の肉球を見せたのにクライヴから魔石を貰えなかったクマちゃんは、自身の肉球をさらに磨くべく、それをペロペロと手入れしている間に、何かがおかしいことに気が付いてしまった。
ルークが居ない。
先程まで、確かに近くにいたはずなのに。
彼は何も言わずに可愛いクマちゃんを置いて行ったりしない。居なくなるときは、クマちゃんをたくさん撫でてから行くはずだ。
それに、ウィルもマスターも、他の皆も居ない。
急に不安になったクマちゃんは、大好きなルークと大事な仲間、マスターや冒険者達をどこかへ隠してしまった恐ろしい罠から離れ、お話している二人のもとへ駆け寄る。
靴の前に杖を投げ捨て、もふ、もふ、と苔の上を走っているような動きで、元々近い場所からさらに近付いて来たクマちゃんは、リオとクライヴの真横で、
「クマちゃん、クマちゃん」
と小さく呟いた。
幼い子供のような可愛らしい声は、『ルーク、ルーク』と迷子の子供が親を探しているかのようで、それを聞いた二人の胸を締め付ける。
心細そうなクマちゃんのもこもこの体を、黒い革の手袋に包まれた手でそっと抱き上げ、
「不安に思う必要はない。必ずこの場所の秘密を暴き、お前をルークのもとへ届けよう」
と言うクライヴ。
そして彼は冷たく美しい声を響かせ「それまでは俺がお前を護る」と、クマちゃんが安心するよう想いを伝える。
寂しい時に優しくされ、感激したようにつぶらな瞳を潤ませ、もこもこの両手をもふもふの口に当てている単純なクマちゃん。
クライヴが黒い革の手袋に包まれた手をヴェールの隙間から差し込み、もこもこの頬を優しく撫で、応えるクマちゃんはふんふんと湿った鼻で手袋を濡らす。
女を騙す悪い男のようなクライヴと、騙される純粋な田舎娘のような一人と一匹のやりとりをそれまで黙って見ていたリオが、
「いや、そもそもクマちゃんが変なことしなかったら俺らここ来てねぇけど」
と想いを確かめ合っているらしい彼らに言ったが、当然黙殺された。
リオは思う。今回の事件の元凶は、被害者ぶっているもこもこである。
しかしクライヴの目には、クマちゃんが悲しみをこらえ、大事な仲間達と離れてまで、とんでもない秘密がある――リオはそんなものは無いと思っている――この場所へ二人を連れてきた、という風に映っているらしい。
ここに何かあるとすればそれは、先程まで片方しかなかった靴が両方揃った、ということくらいだと思うが、真剣な目をしているクライヴにそんなことを言っても無駄だろう。
ハッ、と閃いたように考えるリオ。――まさかあの獣は片方しか無かった靴を揃えるためだけにあんな大掛かりな魔法を使ったのでは。
そんな二人の予想に反し、クマちゃんがたくさんの魔石を並べ魔法を使った理由は【いつ爆発してもおかしくない汚い靴を封印するため】なのだが、彼らがそれに気が付くことはなかった。
「クマちゃんの花が光ってるから気付くの遅れたけど、ここってさっきのとこよりもっと下じゃね?」
先程まで皆がいた通路にあった、所々天井から射していた光がない。クマちゃんの作った光る花、もとい蔦の花のランプは強い光ではないはずなのに、それなりに明るく感じるのは、リオの目が薄暗い自室に慣れ過ぎたせいなのだろうか。
「そのようだな。先程と違うのは階層と明るさ、そして揃った靴――。白いのが伝えたいのは、過去この場所に人間が居た。ということだろう」
クライヴは、普段と違いルークではなく自分の腕の中にいる可愛いもこもこのクマちゃんを、険しすぎる表情で何度も撫でる。
なんでも一緒が好きなクマちゃんがどこかへ行く魔法を使ったおかげで、孤独から抜け出し、運命的な再会を果たした靴たちは、彼の中で重要な意味をもつアイテムに変わったらしい。
「えぇ…………。確かにクマちゃんがここに俺ら飛ばさなかったら靴は揃わなかったけど……」
リオは可愛いもこもこを疑いたいわけではない。
本当にクマちゃんはそんなことを考えていたのだろうかと思いそちらを見ると、奴は小さな黒い鼻の上に皺をよせ、クライヴの黒い革の手袋に歯を立てていた。
「いや、めっちゃ手袋齧ってんだけど……」
リオは慄いた。
何か秘密でも隠されていそうなクライヴの手袋をどうこうしようなんて思う奴は今までいなかった。
あの獣はなんて恐ろしいことを仕出かしているのか。
「構わない。――それより、泥や植物で汚れているが、揃った状態のアレから魔力を感じる。お前が使っている武器と同じで古代の技術で作られた物だろう」
撫でている途中で可愛いクマちゃんに手を抑え込まれ、手袋を齧られてしまったクライヴだったが、当然彼は愛しいもこもこが少しいたずらしたくらいで叱ったりしない。可愛いもこもこは小さな歯も可愛らしい。――酒場の冒険者が同じことをしようとしたら、手袋にふれられる前にそいつをどこかへ吹き飛ばすが。
それより、と語った彼はリオがここに居るのは、彼が同じく貴重な古代のアイテムを持っているからだろうと言いたいらしい。
――こうしてクマちゃんを肯定し続けるクライヴの素晴らしい推理により、二人と一匹は重要な手がかりを得た。
古代の人間、又は、それを使っていた過去の人間が、怪しげなこの地下洞窟で何かをしていた。
クライヴの手袋を齧り続ける獣のお手柄で、揃い、魔力が感じられるようになった古代の靴。
本当に過去にここで何かがあったのか、それともただ、ここを通った人間が歩いている途中で靴を脱ぎたくなっただけなのか、謎が深まる中、クライヴはルークの強い魔力を感じ取った。
思っていたよりも早く、クマちゃんの保護者が来たようだ。
愛しいもこもこを抱きしめ、撫でるという至福の時間が終わってしまうことは残念だが、これでクマちゃんがルークを求め悲し気に鳴かなくて済むと思うと、少し複雑な心境のクライヴだった。
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