第34話 クマちゃんクイズ

 現在大好きなルークに抱えられているクマちゃんは、仲間達との楽しく幸せなお出掛けから戻り、いつも立入禁止区画にいるマスターのところへご機嫌をうかがいに来ている。



 三人と一匹がマスターの部屋に入ると、

 

「遅い。いったい、何をやってたんだお前らは」

 

椅子に座り怠そうに額を押さえている彼から、めんどくさそうな声が掛かった。


 怒っているというより、とにかく疲れている人のような顔だ。


「クマちゃんと大道芸を見に行ってましたー」


 リオは悪気なく素直に報告した。

 だが普段お留守番ばかりでほとんど外に連れていってもらえないクマちゃんを気の毒に思っているマスターは、ルーク達とお出かけできて嬉しそうなもこもこの前で三人を叱ることなど出来ない。


 これで計算しているわけではないのだからタチが悪い。

 やつの脳内には『クマちゃんと大道芸を見に行ってましたー』しか入っていないのだろう。


 二人の会話を聞いているはずのルークは、まだ鼻をふんふんさせて喜んでいるクマちゃんの顎下をくすぐったり頭を撫でたりしてかわいがっている。 

 ウィルはそんな一人と一匹を、微笑ましそうに眺めていた。


 彼を待たせることになってもクマちゃんを優先したことを悪いと思っていないことが窺える。

 誰も悪くない。悪いのはもこもこを保護者から引き離す仕事のほうだ。



「……まぁいい。まず、白いのにこれを」


 マスターは机の端に置いてあったクマちゃんの格好いい服と、それにそっくりに作ってある柔らかい素材で出来た格好いい服をクマちゃんに渡そうとして――

猫のようなお手々を眺め(……そんなに持てねぇな)ルークに手渡した。

 

「なんかめっちゃ見覚えある」


 かすれ気味の声で『めっちゃ――』と感想を述べるリオ。

 

「これはリーダーの服の意匠と似ているのではない? マスター。クマちゃんにお揃いの服を作ってあげたの?」


 涼やかな声でウィルが尋ねた。 


「あー、これは。最初は、白いのが自分で作って持ってきたんだが。……ちょっと問題があってな……何というか、硬くて着られなかった、というか」


 しどろもどろ代表のマスター。


「かたくて?」


「マスター。もうすこし詳しく話して欲しいのだけれど」


 思いやりの足りない二人が取調べを開始する。


「これのことか」

 

 ルークは今しがたマスターから渡された〈クマちゃんの格好いい服〉へ視線を流した。

 大きな手でクマちゃんを撫で、低く色気のある声で問題のブツを示す。


 気になったリオとウィルが『白い』『自作』『硬い』『着られない』『最初から問題がある』『これのことか』と一部で噂になっている〈クマちゃんの格好いい服〉にさわった。


「硬いっつーかこれ石じゃね?」


「不思議だね。何故硬いのだろう。見た目は服のようだけれど」


「……ああ。それで――」マスターが言葉を切る。


 ――ちょっとだけ舌が出ているクマちゃんが、可愛らしいつぶらな黒い瞳でこちらを見ている――。


 硬い服を悪く言うわけにはいかない。


「……その服と同じ物を着られる素材で作らせたんだが、少し問題があってな」


 マスターは言葉を探す。


「白いのが作ったその服は、どうやら障壁を突き抜けて物を破壊する性質を持つらしい。その服だけなのか、別の形、若しくは加工前の状態でも同じことが出来るのかは不明だ」


「え、マスターまさかクマちゃんの服でどっか殴ったん? 硬いからってひどくね?」


「マスター、それは少しかわいそうなのではない?」


「ひでぇな」


 言葉を選んで説明しても、やはり確認方法が伝わってしまったようだ。

 クマちゃんがつぶらな瞳でこちらを見ている。

 マスターは思った。


 ――この三人を黙らせなくてはならない――。


「人聞きの悪いことを言うなクソガキ共。偶然に決まってるだろうが。偶然、この部屋の床に落ちた時に、床が欠けた」



 皆が真面目な話をしている中クマちゃんは考えていた。


 早く格好いい服が着たい。

 クマちゃんの手ではこの服を着るのは難しい。

 宣伝の時はこの格好いい服をルークに着せてもらおう。


 ――そうだ。

 皆に今、明日の朝お店の宣伝をする事と、今晩から大人気店の店長クマちゃんが酒場でライブをすることを伝えなければ。


 クマちゃんはルークの服をキュッとした。

 

 こちらに視線を流し「どうした」低くて格好いい声で聞いてくれたので、もこもこのお手々を机に向け、移動したい旨を伝えた。

 ルークがクマちゃんの顎下を優しく撫で、机の上にもふ、と降ろしてくれる。


「クマちゃんどしたん?」


 少しかすれた声でリオに聞かれたので、うむ、と頷いて今忙しいと伝えておいた。


 ペンを手に持ち、早速紙に書こうとすると「待て待て待て。すぐに白い紙を出す。それは駄目だ」マスターが細かい事を言うので、優しいクマちゃんは少しだけ待ってあげよう。うむ。


 用紙された紙に早速、今晩と明日の朝のクマちゃんのスケジュールを書いていく。


「え、クマちゃん字書けんの? 凄くね? つーかデカすぎじゃね?」まわりが少しうるさい。字が乱れる。

 最初の一文字が完成した所で「だから何で一文字で四枚なんだ……」マスターがぼそぼそ言っている気がしたが、小さくて聞こえなかった。


 大した事ではないらしい。

 

「あ、と書いてあるね。クマちゃんは字も書けるのだね。とても良く書けているよ」


 ウィルはすぐにわかったようだ。

 マスターと違って読むのが苦手じゃないのだろう。

 クマちゃんの字は綺麗だから、皆すぐに読めるはずなのだ。


「そうだな」


 ルークも格好いい声で褒めてくれた。

 マスターは読むのが遅いから大変だったが、今回はすぐに終わるだろう。


 続けてどんどん書いていく。「文字ってことはわかるけど紙の枚数やばすぎじゃね? あと握りすぎじゃね?」やっぱりリオはうるさい。

 集中していて何を言っているかわからないが。


「明日の朝、か」


 ルークが格好いい声で読んでくれた。

 さらにどんどん書いていく。


「明日お店の宣伝をするのだね。素晴らしいね」


 ウィルの綺麗な声が聞こえた。

 見た目は派手なのに声は派手じゃない。


 腕をいっぱい動かして、丁寧に続きを書く。

「お前ら読むの早いな……」「近所の子供の字よりやべー。つーかマジでかすぎじゃね?」まだぼそぼそ言っている。


 クマちゃんは忙しいから相手はしてあげられない。


「クマちゃんは今晩演奏会をするのかい? なんて素敵なのだろう」

 

 ウィルは芸術が好きらしい。とても喜んでくれている。

「え。さっきのアレまたやるわけじゃないよね。アレ可愛くないから嫌なんだけど。まじで可愛いやつのがいいって」リオはずっとうるさい。


 タンバリンが嫌なら他のものにするしかない。

 あとでリオの話を聞いてあげよう。


「すげぇな」


 大好きなルークが褒めてくれた。うむ。とても嬉しい。

 無事クマちゃんのスケジュールを伝える事が出来たようだ。「お前ら。この紙半分持っていけ」やはりマスターじゃ無ければ伝えるのは簡単だ。


 でもお留守番の時はマスターしか読む人がいないから、クマちゃんが頑張ろう。



 ルークは用事があるといって、ウィルにクマちゃんを渡したので先に酒場で待つことになった。

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