クマちゃんと森の街の冒険者とものづくり

猫野コロ

第1話 クマちゃんそれ転生したんじゃないの?

 眠りから覚めた生き物が辺りを見回すと、すぐそばに真っ白で可愛らしいクマのぬいぐるみがあった。 

 白くて可愛い。

 とても気になる。

 生き物はふわふわなそれに近付いた。

 ぬいぐるみがヨチヨチと歩き、こっちに来る。


 いや、違う。――鏡だ。


 大変だ。白くてもこもこしている。


 生き物は動揺を隠し、震える肉球を舐めた。

 猫のようなお手々を添えた口元から、小さな呟きが漏れる。


「クマちゃん……」


 考え事で忙しい生き物の耳に、自身の言葉は届かない。


(自分はこんなに可愛らしくもこもこしていただろうか)


 生き物改めもこもこは昨日までの自分を思い浮かべようとした。


 うむ。――なにも思い出せない。


 つぶらな黒いビー玉のような瞳をキリッとさせ、小さな黒い鼻の上にシワを寄せ、己の記憶を引き出そうと一生懸命頑張ってみる。


 約二分くらい頑張ってみたものの、本当に何一つ思い出せそうにない。

 過去の自分は諦め、今の自分を観察する。 


 長くも短くもない、ふわふわの毛並み。

 真っ白な体はクマのぬいぐるみのようだ。

 身長はよくわからない。頭身は二・五頭身くらいに見える。


 顔にはまるく潤んだ瞳。黒い小さな湿った鼻。

 口は、犬みたいに長くない。猫と同じくらいだろうか。


 若干頭がでかい気がするが、総合的に可愛らしい。

 性別は――わからなくても問題ない。


 もこもこが可愛らしい自分に満足していると、鏡の中のクマの頭上に〈クマちゃんLv.1〉という文字が浮かび上がってくる。


(クマちゃん)


 もこもこ改めクマちゃんは可愛い自分にぴったりの名前に納得し、うむ、とひとつ頷いた。

 名前の横の数字はクマちゃんの興味を引けなかったようだ。


 知らない場所の匂いが気になる猫のようなクマちゃんが、室内の探索を始める。


 もこもこな体にぴったりの、木製の家具。

 木枠にガラスが塡められたテーブル。

 その上に置かれた、意味ありげに三つ並んだ鉢植え。


 しかしクマちゃんは植物には詳しくなかった。


 窓から外を見ようとしたが、窓の外に絡んでいる蔦と葉が邪魔でよく見えない。

 すると、だんだん隙間からかすかに見える木の実や花が気になってくる。


 一度何かが気になると、それしか見えなくなる猫のようなところがあるクマちゃんは、室内を調べようと思ったことなど忘れ、猫のようなお手々でドアを開く。


 家の外に、綺麗な森が広がっている。


 クマちゃんはハッと思いついた。

 ――そうだ、おいしい木の実を探そう。

 

 もこもこは早速素晴らしい計画を実行するため、安全確認せずに家を出た。


 そのとき、ドアに填まった細長い何かが光る。

 ヨチヨチと森を歩くもこもこ。

 音も立てずに消えた、小さな家。


 おいしい木の実の発見数、ゼロ。

 消えた家、一戸。 


 早くも暗礁に乗り上げる、素晴らしい計画。


 しかし、直後事件に巻き込まれた憐れなクマちゃんが、背後で起きた家屋消失事件に気付くことはなかった。

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