第11話 26歳児
諸行無常。世間一般のおじさんおばさんが、どんなに時が止まって欲しいと願っていても世界の時の流れは動き続ける。1歳児も5年経てば小学校に入学するし、21歳児は5年経ったら26歳児に進化するのである。ただし、中身まで進化しているとは限らない。
「リゼー。なんか面白いことないー?」
真鈴は寝転がりながら漫画のページをめくり、脚をバタバタとさせる。
「帰れ。今日は琥珀君が来るから夕方までには帰れと言っただろ」
操(リゼ)が所属するバンド、エレキオーシャン。その発起人となった女性、賀藤 真鈴26歳、独身。メンバーである操の家に入り浸ること5時間。特に何にもせずに、操の家に置いてあった漫画を読んでは自宅のようにゴロゴロする自堕落な1日を送っている。
「いいじゃない。琥珀は私の弟なんだから」
「なんだその理屈は」
琥珀は認めたくないと言っているが、真鈴は琥珀の実の姉である。その傍若無人っぷりと知能の低さから、「アレ」とか「奴」とか散々な呼び方をされているものの、呼ばれている当人は全く無傷、まさに無敵の人である。
ピンポーンとチャイムが鳴った。操がインターホンのカメラを確認すると、琥珀の姿が映っていた。
「ほら、お前がぐずぐずしているから、琥珀君が来たじゃないか」
「いいじゃない。私も久々に弟の顔が見たくなったし」
ここまで来てしまったら、もう手遅れ。今から真鈴を帰らせたところで琥珀と鉢合わせをしてしまう。
とりあえず琥珀を待たせるわけにはいかないので、操はオートロックを解除した。琥珀はそのまま、マンションの内部に入り操の部屋を目指す。
「ほら、真鈴。せめて、私たちの邪魔をするなよ」
「あはは。しないって。未来の義妹と義弟のためだもん」
「いや、私は義妹になる予定ではあるが、琥珀君は実弟だろ」
そんな会話を繰り広げていると、琥珀が操の部屋に入って来た。
「お邪魔します……」
琥珀は真鈴を見て、何も見なかったかのように鞄をいつもの位置に置いた。
「やっほー。琥珀ー。元気ー」
「姉さんほどじゃないよ」
無視を決め込もうとするも、流石に話しかけられたので答えてしまう琥珀。
「操さん。アレは一体何?」
琥珀は真鈴を指さした。操はそれを見て首を横に振った。
「見ればわかるだろ? アレだ」
「なるほど」
どうしてこんな経緯になったのか。琥珀は最早そんなことは興味なかった。真鈴に対してはどんな理屈も通用しない。原因と結果を考えるだけ無駄である。人生の貴重な時間を無駄にしないためにも、琥珀は真鈴をスルーして操の隣に座った。
「ねえねえ。リゼと琥珀はイチャイチャしないの?」
急に変なことを言い出す奇怪な生物。操は眉を歪ませて真鈴を一瞥する。
「部外者が見ている前でそういうことをするわけないだろ」
「え? どこに部外者がいるの?」
まるで自分は部外者ではないという無法っぷり。琥珀の姉で、操のバンドメンバーだから身内のつもりでいる。実際、身内という括りに入るのであるが、恋人同士という空間に限っては完全に部外者。異物混入である。
「それじゃあ、部外者がいないところではイチャイチャしてるんだー。やらしー」
「お前、もう帰れ!」
小学生並の煽りをする真鈴。成人している男女2人がイチャイチャしようがそれは本人たちの自由で周囲がとやかく言うことではない。
「きゃー。こわーい。リゼに怒れちゃうから帰ろうっと。それじゃあね。琥珀ー。リゼを泣かさないようにね」
そう言って真鈴は去っていた。嵐が去ってからは静かになった操の部屋。やっと落ち着きを取り戻したのでいつもの調子に戻る。
「ごめん、操さん。ウチの奴がアレなもんで」
「いや、琥珀君が謝るようなことではない」
「ちゃんと面倒見切れていない俺にも責任はあるんだ」
「普通、姉が弟の面倒を見るよな……?」
因果律のネジれを感じる操だが、賀藤家に至ってはこれが平常運転なのである。
「なあ、琥珀君……」
操が琥珀の肩に自身の頭を預けた。甘えるようにくっつくことで琥珀も操の気持ちを半分程度は伝わってきた。
「えっとその……」
琥珀は一瞬戸惑うも操の肩に手を添えた。操の髪の毛がサラサラと琥珀の首筋に当たる。
「琥珀君。このままずっとこうしていていいか?」
「うん。操さんの気が済むまでいいよ」
「そっか……」
操の部屋に甘い雰囲気が流れる。しかし、その雰囲気は数秒と持たずに奴に邪魔されてしまう。
「わー、忘れものだー!」
操は琥珀の手をバっと剥がして、キリっと元の立ち位置に戻った。恐ろしく速い身の振り方である。
「ん? リゼ? なんか髪の毛乱れてない?」
「気のせいだ」
琥珀の体に頭を預けていたため、いきなりバッと動いたために操の髪が少し乱れてしまった。普段はなんにも考えずにボーっと生きてるだけの鈍い真鈴である。しかし、これでも一応は女子である。他人のそうした身だしなみの変化には無駄に敏感なのである。
「え? でも……」
「気のせいだって言ってるだろ」
「そっかー」
操のごり押しにより、真鈴は気のせいだと脳で処理をした。どうせ、自分の記憶力は大したことがない。その経験から基づく判断がそうさせて、それ以上のことは深く考えなかった。
「あれ? 私なにしに戻ってきたんだっけ?」
「忘れものがあるんだろ?」
「あ、そうだった。流石リゼ。記憶力がいいねえ」
真鈴は、つい先ほどまで忘れていた【忘れものの自宅のカギ】を手に取った。そして、操と琥珀の様子を見て、なぜか苛立っている操を見て、なにかを感じ取った。
「あれ? 私また邪魔しちゃいましたか?」
「そう思うなら帰れ」
苛立ちを隠しきれない操は腕組みをしたまま。神経質そうに自身の腕を指でトントンと叩いた。
「うん、わかったー」
そのまま真鈴は無邪気な笑顔で自宅のカギを持ったまま今度こそ家に帰った。
「はあ……なんかそういう気分じゃなくなったなあ」
「うん。そうだね。なんか、奴がいるとそういう気分は削がれちゃうね」
「ああ。わかる」
中々に恋人同士の甘くてイチャイチャとした雰囲気にならない2人。ムードもなにもあったもんじゃない奴の襲撃に邪魔されるのはこれが1度目や2度目ではない。もう恒例行事となって慣れっこという状態だ。
「でも、あの真鈴もいつかは結婚するのかな。あのムードもへったくれもない真鈴が」
色恋沙汰とは程遠い真鈴。本人はかなり昔から彼氏を募集しているものの、それはあまり実を結ばない。
「いやー……どうかな。アレとテンションと知能を合わせらえる生物がこの世に存在するとは思えないかなあ」
「私としては、旦那の方はしっかりして欲しいところだな。夫婦そろってあんな感じだと……もう色々と破綻するだろ」
「確かに……でも、しっかりしている人だったら姉さんを選ばないと思うかな」
「あー……確かにな。真鈴を選ぶのはウッカリでないとありえないからな」
またしても本人のいないところで散々な言われようの真鈴。しかし、それが平常運転なのである。これだけ周りから疎まれようとも扱いが悪くても、琥珀の周囲の人間で最も幸せに過ごしているのは間違いなく真鈴なのである。
人間とは考えすぎてしまうから不幸を感じてしまうのである。自分が不幸だと感じているのならば、真鈴を100,000,000分の1くらいは見習って、何も考えずにボーっとした時間を作るのもアリなのかもしれない。知らんけど。
ただし、その場合の周囲からの評価の低下に関しては当方では一切の責任を負うことはできない。アレになりきるには用法・容量を守ってお願いしたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます