第7話 ヒロインには甘いものが苦手という属性を付けない方が良い(1敗)
操の部屋に入り浸る琥珀。付き合って5年ともなるとぐだぐだとした時間を過ごすのもよくあること。操の部屋にあった女性誌を時間つぶしに読んでいるとある特集を見つけた。
「操さん。最近、この近くにケーキバイキングができたみたいだねえ」
「へー。そうなんだ」
琥珀の話を興味なさそうに流す操。なぜならば彼女は甘いものが苦手なのである。女性誌にそういう特集が組まれる時点で女性は基本的に甘いものが好きという偏見があるのかもしれない。だからこそ、女性が甘いものが好きというステレオタイプな発想を投げ捨てたような人がいても良い。しかし、その先にあるのは、こうしたデザートを一緒に食べる的なイベントを発生させられないという沼。デートイベントが発生しないようなキャラならともかく。ヒロインでこの設定は百害あって一利ないのだ。
「操さんってどうして甘いものが苦手なの?」
「どうしてと言われても……なんというか、食べると胃がムカムカするというかそういう気分にならないか?」
「極端に甘いものを食べるとそうなりますけど……頭を使うと糖分欲しくならないの?」
基本的に頭脳労働者は甘い食べ物の中毒になってもおかしくない。頭を使うとなぜか甘いものが欲しくなるという人体の謎のメカニズム。しかし、頭脳労働で相応のエネルギーを消費しているかと言うと欲している糖分に対してあまりにもエネルギー消費量が見合わない。糖分を欲する欲望に任せていると……その先に待っているのは水平な体型である。思考し続けることで糖分を欲してその影響で体型が水平になることを、水平思考クイズと言わない。
「糖が欲しければ米を食べれば十分じゃないのか?」
そう言いながら操はどこからともなく取り出した煎餅をバリバリと食べ始める。ちなみにしょうゆ味である。
「確かに。糖を摂取するだけなら甘いものを食べる必要がない……?」
なぜか妙に納得してしまった琥珀。集中して作業をする際に一欠けらのチョコをお供にしている琥珀にとっては、煎餅で満足できる操を信じられない部分はある。だが、そこは、1人の人間、女性として操を尊重しそれ以上何も言わないことにした。
「うーん……」
「なにを唸っているんだ」
「いやー。次のデートスポットを考えるにしても、女子ウケするものを探してはいるものの、操さんが甘いものが苦手なせいで色々と制限されるんだよねえ」
「別に無理して女子ウケするようなところに行かなくてもいいだろう。男女でデートするんだから、男女両方にウケる方がいいだろう」
「確かに」
琥珀は女性誌を閉じて操と向き合う。こういう雑誌の情報よりも、操と話し合ってデートする場所を決めた方が、お互いにとっても良いデートになることは間違いない。
「それじゃあ、操さん。次のデートで行きたい場所はどこかな?」
「うーん。デートか……科学的にはお化け屋敷に男女で入ると、その中は親密になると言われている。倦怠期のカップルや喧嘩中の夫婦もお化け屋敷に入ったら仲直りしたというデータもある」
「へー。でも、俺たち別に倦怠期でもないし、喧嘩してないよね?」
「それじゃあ……するか? 喧嘩?」
意味の分からない提案をする操。完全にツッコミ待ちのボケであることは常識がある人間ならば察してくれるはずである。
「よし、やろうか。何をめぐって喧嘩する?」
意外でもなんでもないけど、琥珀は乗った。賀藤家の人間はこういう人種なのである。どこで遺伝子の配列を間違えたのかは定かではない。ただ、その遺伝子は脈々と子々孫々に受け継がれているのは確かだ。
「え……? えっと……わ、私の方が琥珀君のことが好きなんだぞ!」
バが付くカップル定番の喧嘩。どっちが相手のことを好きかで喧嘩するパターン。見ている方は、ため息をつくほどにベッタベタであるが、喧嘩している当人はなぜか楽しいという内々で済ませろと言いたくなるようなことである。
「ん? ありがとう」
しかし、琥珀。これにお礼を言う。「俺の方が好きだ」とは言い返さない。ノーと言えない日本人ですら、ここはイエスとは言わない状況でイエスを言う稀代のエンターテイナー。組織に置いておきたくないタイプのイエスマンであることは間違いない。
「これって喧嘩になる?」
「なるんだよ! 普通は!」
琥珀の空気の読めなさに怒りのボルテージが上がる操。
「え? なんで怒ってるの?」
「怒ってない!」
怒ってない【意】怒っている時に言う言葉。この状態で「怒ってる?」と訊けば訊くほど「怒ってない!!!!」の「!」が増える。
「え? なんで? 俺、怒らせるようなことをした?」
「だから、怒ってないって言っているだろう!」
喧嘩をするという目的。それは成功した。これで心置きなく、お化け屋敷に行って仲直りをすることができるという完璧な作戦である。
「あ、な、なんかごめん……」
「もういいよ。今日のところは帰ってくれないか?」
「え? いや、やっぱり怒ってるよね? 絶対、もういいって思ってないよね? もういいって思ってるなら帰ってくれはおかし……」
「ストップ。まあ、なんだ。お互い一旦頭を冷やそう」
「うん」
こうして、琥珀は引きさがり、操の家から帰った。そして、琥珀が帰った後、操は玄関の前で顔をしかめる。
「本当に帰るんだ……」
当然の結果。家主に帰れと言われて帰らなければ実質不法侵入。帰る方が賢明である。
琥珀がいなくなった空間にて、操は反省した。琥珀の性格を熟知していたはずなのに、それを受け入れてもなお好きだったはずなのに、どうして喧嘩なんてしてしまったのだろうか。もしかしたら、琥珀に嫌われてしまったのかもしれない。そんな不安が頭の中をぐるぐると駆け巡る。
そんな悶々とした気分で過ごして、数時間後。スマホに琥珀からのメッセージが届いた。
『今日はなんかごめん。次のデートどうする? 喧嘩したテンションのままお化け屋敷行く?』
琥珀の第一声が謝罪だからヨシ。と言うことで、溜飲が若干下がった操は怖いと有名なお化け屋敷がある遊園地デートをする約束を取り付けたのであった。
◇
「もしもし、ハク兄。元気にしている?」
「ああ、元気にしているよ。真珠はどうだ? アレと一緒に暮らしていて大変じゃないか?」
「あはは……料理以外の家事は全部私がやってるよ。だから大変なんだよねえ……」
苦労人の末っ子からの電話がかかってきた。
「ところで、ハク兄。最近、リゼさんとはどうなの?」
「んー……今日喧嘩した」
「喧嘩? どうして? あんなに仲が良いのに喧嘩することってあるんだ」
「そうなんだよなあ。こっちは譲り合いの精神を持っていたのに、なぜか喧嘩になった」
「譲ってあげたのに喧嘩? それはまた妙な話だね。ハク兄をなにを譲ったの?」
「んー。操さんが『私の方が琥珀君のことが好きだ』って言ったから、譲ったんだよ」
「ハク兄! それ絶対譲っちゃいけないやつ! 自分の方が好きだってちゃんと言わないと」
「え、やだよ恥ずかしい」
「そこで恥ずかしがっちゃダメ! ちゃんと愛は伝えないと。言葉にしないと伝わらないことだってあるんだから!」
男性は愛に言葉は不要だと考える人もいるけれど、女性は言葉にして言って欲しいと思う人も多い。真珠も女性として、それはしっかりと声を大にして主張する。
「えー引くわー」
「なんで引くの!」
どの立場で引いているんだと全世界からツッコミが来そうなまさかの発言。真珠も背後から刺された気分となりびっくりしている。
「じゃあ、真珠は言えるのか? 彼氏に『僕の方が真珠ちゃんが好きだ』って言われた直後に『私の方が私を好きだ』って言えるのかよ! ナルシストか!」
「違う! そうじゃない」
発想が異次元。流石はアレと血が繋がっているだけのことはある。
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