異世界学級5-1 ~旅立ちの章~

ほのなえ

第1話 夕暮れの教室で

 夏休み前の終業式が終わった日、夕方の5年1組の教室で、俺……中井悠真なかいゆうまは一人立ち尽くしていた。


 さっき聞いた話がショックで、頭の中はまだぐちゃぐちゃだったけど……それでも忘れ物を取りに戻って来たことを思い出した俺は、机の下の引き出しから探し出し、それを手にとる。


 その白くて細長い、少し分厚いきれいな紙は、一学期の成績が書かれた通知表だった。

 それを開いてなんとなく眺めると、パッと見ただけで「3」の数字がたくさん並んでいるのがわかる。五段階評価の3……つまり、俺の成績はどの科目においても良くも悪くもなく、平均的なものだった。


「……あいかわらず中途半端で、平凡な役回りなんだな、俺」


 俺はそう呟いた後、なんでこうなんだろう、これからずっとそうなのか、には一生敵わないままなのか……といった思いがよぎる。


「……変わりてぇ」


 思わずそう呟いた俺は、ふと、教室のいつもとは違う、異様な雰囲気に気が付く。


 見た感じは何の変哲もない小学校の放課後の教室。窓からオレンジ色の夕陽が射して、机や椅子の影をつくっている。

 ただその影が、いつもより濃くくっきりとしているだけでなく、長く、間延びして見えた……ような気がした。


 ふと近くの机に目をやると、罵詈雑言ばりぞうごんが書き殴られた机があった。クラスメイトのいじめられっ子、三上倫也みかみともやの机だった。

(こういういじめだとかがあるのも目障りだし、クラスの中にいつの間にか生まれちまった、序列みたいなのも気にくわねぇ。このクラス、なんか雰囲気悪いんだよな……)

 俺は机を見てそんなことを考える。そして今の教室の雰囲気も相まってか、三上の机に書かれたその言葉の一つ一つが今は、妙に恐ろしく、不気味に感じられた。


 ぞわぞわした感覚がして、今すぐこの教室から出て行こうときびすを返す俺に向けて、どこからともなく声が聞こえてくる。


「……変わりたい、か」


 その聞き覚えのない低い声に俺は凍りつく。辺りを見渡したが、誰かがいる気配はなかった。


 その時突然、教室の床と壁と天井がパッと消えて無くなった。そこは真っ暗闇の空間に代わり、重力もなくなったのだろうか、教室にある椅子や机がふよふよとあちらこちらで浮遊している。


(な、なんだよこれ……!)


「何かを変えたいというのなら……そうだな、おまえを今から別の世界に飛ばしてやろう」


 そんなことを言われた俺は焦る。別の世界だって!? 一体どこに……?


「そ、そんなこと急に言われても困るって!」

「多少願いを聞いてやる。どんな場所に行きたいか、言え」

「どこにも行かないって! 元の教室……5-1に戻してくれよ!」

「……5-1とは、どうにも変わり映えせぬな。本当にいいのか?」

「あーもう、別にいいから!」

「だが、なるほど、それも一興……か」


 そんな声がすると同時に、カッ、カッ、カッという硬い感じの音が聞こえる。音のした方向を見ると、暗闇に浮遊している黒板に宙に浮いたチョークで文字が書かれていて、それは、次のように書かれていた。


「5-1エリア行き」


 そう書かれると同時に、先程の声がする。


「変わり映えのしない環境下で、お前がどこまで変われるのか……見せてもらおう」


 そしてパチンと指を鳴らす音と同時に、俺の意識と体が同時に飛ばされた。

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