第13話

 ちょうど昼休憩もあり、加奈子は母と近くのカレー屋で昼ごはんを食べることにした。


「お母さん、仕事じゃないでしょ」

「……バレた?」

「バレバレだよ。服が普段着」

「ぎくーっ」

「今時そんなこと言う?」

「言わないよね……」

 久しぶりに2人でランチだ。結婚して子供が生まれてからは必ず子供連れてだったがこうして2人で食べるのも結婚以来である。


 結婚は反対していたものの玲子は加奈子のところにちょくちょく平日顔を覗かせていたのだ。


「どう、あの職場は」

「んー……なんか業務内容が定まってないけどそれなりに楽しいよ」

「雰囲気も良さそうだし、坂本さんだったら大丈夫よ」

「まぁ色々と間に入ってくれて助かってるのもあるかな」

 加奈子は福神漬けをおかわりした。バリバリ食べる。


「でも育児と家事と仕事両立するのって本当大変……おばあちゃんやお母さんなんてもっとハードワークだったし……」

「やればなんとかできるわよ。あなたなんて尚更すごいわ。何もしない謙太さんの世話もしてようやるわ」

「……ここだけの話にしておくね」

「当たり前でしょ、黙っておいてね」

 よく思えば祖母と母の夫たちは働く妻に文句を言わなかったし最初家事は手伝っていなかったらしいが次第に自分のことをちゃんとするようになり、さらに家のこともするようになってきたと言う。


 加奈子はそれは知らなかったし、祖母が亡くなった頃に彼女の夫にあたる先に亡くなった優しい祖父の昔は頑固親父だったと言うエピソードを父から聞いた時には驚いた。


 かくいう加奈子の父も親に似て昔は頑固だったが父の姿を見て妻のサポートをするようになったという。


「謙太さんはどうかわからんけど、育てられたはずの人間を育てるってのはコスパ悪いからね」

「うん……」

 よく妻は夫を育てろ、手のひらで転がせと言われたものだが子供2人もいるのにと辟易していた。


「あのセンターの人たちや坂本さんには申し訳ないけどあそこで働くのは通過点かもしれないし、ずっと働くかもしれないし、また専業主婦に戻るかもしれない……それはあんたの選択次第よ」

「……とりあえず一年がんばるよ」

「そうね、あんたは賢いんだから……何か思惑はあるでしょ」

 賢い、そうよく祖母は言ってくれたと加奈子は思い出した。

 そんな気はなかったのだが何かあるたびそあ褒めてくれた祖母。


 学校からは4大にも行けると言われたが

『何も意味なく4大に行くより専門的な勉強ができるところがいいんじゃないの』

 と祖母は言っていた。

 でも加奈子は4大卒の方が給料が高いからと4大を選んだ。


 確かに給与は高かったが結局一年しか社会人としてはいなかったし単位を早めに取ることを優先してしまい幅広い分野で単位を取ってしまったせいか際立って一つの分野を極めることができず自分は何が得意なのかが不透明なまま卒業してしまったせいで少し後悔している加奈子。

 でもいろんな知識は齧れた、と言いつつも専門学校での勉強の方向もあったな……と。


「でも人生、いろんな分岐点があって望んだ通りいかないから。それでもあんたは何とかなってる。結婚してすぐ離婚するって泣いて戻ってきた時はどうしようかと思ったけど」

「そんなこともあったね。でもばあちゃんはほれみ、って……」

「でもずっと心配していたのよ」

「……」

「10年近くかかったけど、良かったよ。どうなるかと思ったけどばあちゃんの通りになったわ」

「えっ」

 加奈子は玲子を見た。


「上の子が10歳になるまで待ちなさいって。それでも加奈子が辛い思いをしていたら助けてやりなって、それまでは話は聞いて生死に関わること以外は黙って見とけと」

「……」

「それまではなんとか加奈子は歯を食いしばって自分の力でこの人生を生き抜く……その苦しかった時のことを後で活かせるって。酷なことだったけども」

「そうだったん」

「あんたが10歳頃くらいにようやく私も働けた、ばあちゃんも後から聞いたら父さん10歳の頃くらいに花屋始めたって」

 今年大我は10歳になる。正直のところ助けて欲しかった、加奈子は何度も心の中で叫んだが逃げ出しても助けを求めても自分が不利になるだけだと耐え抜いた。その頃のことを思い出す。


「まだ乗り越えなきゃいけないこともいくつかあるからね」

「……うん」

「子供が病気するとか、それがうつって自分も病気になる」

「子どもからうつる病気って結構親って重症化するよね」

「私もあんたが体弱かったからしょっちゅう貰ってたわ」

 2人して笑った。




 そして案の定、数日後に相馬が幼稚園で風邪をもらい大我、謙太、看病疲れした加奈子にもうつって一ヶ月近くも仕事を休みにする羽目になるのであった。



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