第9話

 早速加奈子は次の日からの勤務になった。嫌なことを言われた次の日だが坂本さん曰く昨日の老女はたまにしか来ないしきてもこっちから相手しなければソファーでテレビを見て帰るだけだから、とのことだ。


 服はどうしようか悩んでいたのが特に決まりはないわよ、と言ってる坂本さんも窪田さんも上はジャケットを羽織っていた。

 施設の掃除があるからジーパンでとは言われた。

 ジャケットは子供の晴れの日用の紺色スーツのジャケット、白色のトップスに普段から履いているジーパン、スニーカーである。


「こんなラフな格好でいいのかしら」

 と加奈子は玄関前の姿見で自分を見ていると

「ママ、かっこいいー」

 と大我はランドセルを背負って学校に向かう準備をしていた。


「ありがとう。大我、施設の前に来たら待っているのよ。ママが迎えに行くからね」

「わかったよ」

「横断歩道あるけどママが迎えに行くまでは絶対に渡らないでね」

「はぁい」

 まだ大我は1人で横断歩道を渡ったことがないため通学路と施設のあるばしょが横断歩道の反対側のため大丈夫かと心配したがその時間帯には仕事を抜けて迎えに行けれるため待っててもらうことにしたのだが初めてのことで上手く行くか心配になりつつ

「心配しないでよ、僕はもう3年生だから」

「3年生だからこそ心配するんだから」

「心配するのは相馬じゃない? あ、もう時間だ、行ってきます!」


 どうしてこんなにしっかりしたものかと大我の後ろ姿を見て加奈子は胸が熱くなるが……


「ママぁ……」

「相馬……」

 そこには口の周りにケチャップを付け、いや口だけでなく幼稚園の制服も……。それは晩御飯用に置いてあった鶏もものケチャップ煮であった。


「美味しそうだったもん」

「あぁああああああ」

 加奈子はその場で崩れた。






 なんだかんだで制服を綺麗にして……と言っても制服にはトマトの匂いが……。

 大我からのお下がりで高額なため替えもないからしょうがないと思いつつバスに乗せてすぐセンターに向かう。


「おはようございます!」

 坂本はニコニコとして加奈子を出迎えた。


「あらぁーおはよう、加奈子さん。お子さんはもう学校に行ったかしら」

「はい、なんとか……」

「なんとか、なかんじね。お茶入れたから飲んでからセンターあけましょうね」


 髪の毛も服も振り乱した姿がセンターの窓ガラスに映ったが加奈子はふと思った。


「窓ガラス……汚い」

 坂本さんが中に入ったのを見て加奈子はセンターの入り口も見る。

 全体的に古いと言うのはイベントで訪れた際には気付いてはいた。先日も面接の際に入口の窓を見たがサッシも汚く開けづらかった。


 入り口を開けてガラスに貼ってあった『入り口』と書かれた看板の裏側が内側から見えるのだが小蠅の死骸がびっちりついていたのだ。


「なぜ誰も気づかぬ……」

 加奈子はすぐカバンを置き入り口を出て看板を外す。簡単に外れる。

 うわぁって顔をしながら近くにあった雑巾で看板の裏側とそれに面したガラスを拭く。

「洗剤あったら拭かないと」


 と一旦看板を貼り直した。そのついでに玄関を見ながら後退りする。四隅に蜘蛛の巣。ひぃいいと加奈子は近くにあった箒で払うが上の隅は届かない。ジャンプしても無理だった。


「俺がやろうか」

 加奈子はびっくりして振り返ると出社してきたばかりの窪田さんが立っていた。びっくりして頭を下げて窪田さんに箒を渡す。加奈子よりも頭ひとつでかい彼はひょいと綺麗にしてくれた。

「ありがとうございます」

「いやいや」

 と窪田は加奈子に箒を返して事務所に入って行った。


「私よりも背が高いのに気づかないのかしら……」



 その日は他の箇所の掃除ができていない場所が見つかった。今日はとりあえず1日の流れを見てねと坂本に言われ、来館者の老人や貸し部屋を利用する人たちに挨拶をしながら掃除をしていた。

 坂本は電話対応や来館の常連のお年寄りと話していて、窪田は自治会の仕事も併設の事務所でしていたため様子はわからない。


「あまり無理しないでね」

 と職場で働き始めて五日目。玄関の黒ずみを洗剤をつけて本来の白さを取り戻したところに後ろから自治会事務所の女性がやってきた。

 50代くらいの女性だった。スーツを着てとても明るそうなと言うよりもこの施設にいる自分より歳の上の人たちはなんだかイキイキしている、この5日で気づいた。


 そもそも利用者も働く人たちも加奈子よりも年上のものしかいないのだが。たまに自治会の班長で同年代や若い転居してきたばかりの主婦もいるのだがその女性たちは仕事のついでに自治会の用事を済ませている人であった。


「お給料以上のことをやるともったいないからね。体壊すだけだから」

 と事務員、角田さんはそそくさと事務所に入っていった。

「はぁ……」

 お給料以上……加奈子はしばらくは専業主婦で給料の概念がよくわからない。今は県の最低時給よりもプラス20円。

 さて、今までは時給に換算すると……と考えたくなかったものである。生活費の中に加奈子のお小遣いとやらも含まれていたらしいがスマホ代も月に1000円以内(機種代は支払い済みの2年同じものを使用している)、自動車が必須の町のためガソリンは仕事をしていなくても買い物や子供たちの習い事の送迎やお出かけなどで月に4、5000円。特にサブスクも某ショッピングサイトと映画見放題がくっついた月500円のプランのみだ。

 そして貯金に回していたのだが……。

 贅沢はしていないのに食費や生活費を支払っていると逼迫していく家計。なのにやることは家事全般、調理、子育て、義父母の話し相手、謙太の支度の準備、あれやらこれやら……。


 それと考えていたら今の施設内の気になるところの掃除が給料外の仕事というのは苦ではない加奈子。それよりもどうしてこんなにも掃除が行き届いていないのか、誰も何も思わないのかと疑問に感じているようであった。

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