第一章

第1話

「はい、乾です」

 加奈子は見覚えの無い電話番号に出るものではないと思ったが市内局番であったのでそこまで警戒せずに出た。


『乾さんー!』

「は、はいい!!!」

 声はどこかで聞いたようなないような。甲高い女性の声。


『回覧板ってもう回ってきたかしら』

「回覧板……そういえば今日掃除当番のお知らせのが届いたような、あ、あった。ってどちら……」

『そそそれ! それ間違えたのをまわしちゃってね。それ気づいたのはお隣の加地さんが間違いに気づいて電話くれて……』

 間違い? と加奈子は首を傾げるが正直なところ近所付き合いもそこそこだし自分と数軒以外は子育て卒業世代や独居老人だけで共通点もなく誰が誰とかわからない。

 それよりもこの電話主は誰だと不安になる。

『あ、ごめんなさい阿澄です、班長の!』

 あぁ、いつも何事にも早とちりの同じ地区グループの、と加奈子は気づく。

 今自分の地区の班長が誰なのかわからないほど住民たちの人間関係の希薄化は深刻である。


『あのね、工藤さんをね、入れ忘れちゃって。当番の中に』

 加奈子はなんだ、それだけのことかと思ったが阿澄さんは次第に早口になる。


『どうしましょう、今から工藤さんを組み込むとだいぶ変わってしまうのよ……でも今から作って回して……あぁ、どうしましょう』

 加奈子はやれやれと思いながら答えた。 

「阿澄さん、落ち着いて。もう回覧板回してしまったのならそのままでいいじゃない、工藤さんには今回は当番組み込むの忘れたからごめんなさいね、っていえばいいし」

『でもでもー』

 阿澄さんは混乱しているようだ。


『この当番表を作ったのは自治会のゴミ担当の人たちの資料をもとに作ってね、それ鵜呑みして作った私もアレだけど工藤さんはじまりじゃなくて、次の佐藤さん始まりで線が引いてあってー』


 加奈子はそれを聞いてようやくわかった。自治会の担当のミスか……と。そこで間違っていなければ阿澄さんは間違えて当番表も作らなかったし今のように混乱しなかったはずだ。しかしなんで自分のところに電話が来たのだろうか、そんなに話すこともなかった。

 だが思えば大我や相馬を送り迎えしたときに朝や夕方にウオーキングしている阿澄さんとよく遭遇すことがあり、挨拶の大切さを子供に教えるためにあったら挨拶を加奈子は徹底してい。だから子供たちも真似をしていた。


 挨拶だけでなく「いってらっしゃい」「あらしたの子も幼稚園?」「いつも元気ね」とひいとこと添えてくれたのは阿澄さんだけで、加奈子も返事をしたこともあったっけと思い出した。


『どうしましょう……工藤さんとはあまり話したことないし』

 加奈子もその人こそ誰かわからない……。

『ねぇ今から乾さん一緒についてきてくださる?』

「えっ……」

 加奈子は部屋の中を見る。片付けきれてない部屋、喧嘩している子供たち。

 謙太ももう少ししたら帰ってくる。片付けなくてはいけないのだが……。


 だが阿澄さんはどうしよう、どうしようと電話先で話している。

『工藤さん、今帰ってきてるみたいなの、日中はお仕事で誰もいないから……帰りを待ってたけどそれまでもうどうしようかどうしようかって』

「落ち着いて、阿澄さん。今からそちらに伺います。子供もいますがいいですか」

『はい、助かります……お願いしますねぇ』


 加奈子は電話を切ってショルダーバッグをかけて子供たちを呼んだ。もうこのままだとケンカもエスカレートする。


「大我、相馬。お散歩行くわよ」

 子供たちは喧嘩をやめてはしゃいだ。夜のお散歩はワクワクがいっぱいだからだ、それを加奈子は知っていた。

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