第2話 慟哭のロミナイール①

 惑星ヴェローナ。

 キャピュレット王国、小国だが美しい自然に囲まれた平和な国である。


 その地で暮らす人々は皆美しい外見を持ち賢明で戦いを好まない民族だった。

 数ある国々が乱立する惑星ヴェローナでも古代から続く歴史ある王家に他国の王も敬意を表していた。


 そのキャピュレット王国には一人の姫がいた。

 名をロミナイール・ファン・シルフィード・キャピュレットといい、美しい外見を持つ森人族でも幼い頃から抜きん出るほど美しかった。

 歴史ある王家に生まれ高度な教育を施された彼女も、本日15歳の誕生日を無事迎えることができた。

 国民に愛され、美しく成長したロミナイール姫もお年頃になり、隣国であるモンタギュー帝国の第三皇子であるジュリオッド殿下と婚約することになっていた。

 

 ジュリオッド殿下は武力を重んじる帝国でも穏健派として知られているものの、その姿を見た者はいなかった。

 それは上のふたりの皇子と違い、妾の子であり公の場には一切出てこない存在だからなのだが、国民はその婚約を喜び祝福した。

 政略結婚でもあり、美しく育った王女と隣国の第三皇子との婚約は、周辺国家に取って平穏をもたらすことに繋がるからである。


「あの船に婚約の使者様が乗っておられるのですね」

「はい姫様」


 王城のテラスから上空の船団を眺めるロミナイール姫。

 光沢のある水色のドレスを身に纏った王女の側には侍女が控えている。


「でも、あの飛び方おかしいわね」


 背後から声を掛けたのは、胸元を強調した青いドレスを着たロザライン・ファン・シルフィード・アルメスト。

 この国の宰相の娘であり、アルメスト公爵家のご令嬢である。

 艶やかな黒髪をなびかせ上空を眺めている。


 帝国の一般的な空中戦艦が3隻。その3隻が編隊を組んでいる。

 戦時ならいざ知らず、平時であり他国の戦艦が編隊を組むのは挑発行為と捉えられてもおかしくない。

 

 異変が起きたのはその時だった。

 上空の船団からの突然の艦砲射撃、轟音と爆風に包まれる王都。

 狙われたのは空港と軍事施設のようだ。


「何!? 何が起きたの?」


「ロミナイール様、モンタギュー帝国の襲撃です。ここは危ないので急いで城内に」


「そ、そんな····どうして····」


「姫様お早く非難を」


 動揺を隠せないロミナイール王女の手を侍女が引いていく。

 アラートの鳴り響く王城、向かうは父であるキャピュレット王のいるであろう執務室。振動は堅牢なはずの王城にも及んでいる。



 その頃、王城にあるキャピュレット王の執務室。

 キャピュレット国王は突然の帝国の襲撃について報告を受けていた。


「ダーヴィル大臣これはどういうことだ。なぜモンタギュー帝国の戦艦から攻撃を受けている? 婚礼のための使者ではなかったのか」


 ダーヴィル大臣、ロミナイール王女と帝国の第三皇子との婚約を纏めた男である。

 その大臣は国王に詰め寄られ顔を青くするかと思われたが、不敵にも笑みを浮かべるのだった。


「ふふふふふ、国王様まだお気づきになられませんか? そうですよ。帝国軍を手引きしたのは、この私ダーヴィルですよ」


「き、貴様ダーヴィル血迷ったか! 衛兵奴を捉えよ!」


 だが、その場にいた衛兵は動こうとはしなかった。

 

「残念でしたね。宰相閣下、この城の兵士はもう私の手勢ですよ。残すは近衛兵のみ、それも時間の問題でしょうねぇ」


「ダーヴィル····この売国奴め!」


「何とでも言ってください。これからは私の時代ですよ。あっ、そうそう。あなたの大切にしている娘さんは私が可愛がってあげますから安心してくださいね」


「貴様! 娘にも手を出すつもりか」


「当り前じゃないですか。王家の血を引くふたりの娘······伝説の精霊機を動かす条件ですよねえ。違いますか? 国王様」


「····ダーヴィル、それをどこで知った? いや、どこまで知っている?」


「さあ、どうでしょうねえ」


 大臣の銃が国王に向けられたその時、執務室に王女一行が到着した。


「大臣? 何してるの?」


「これはこれはロザライン嬢にロミナイール様、探す手間が省けました」


「えっ!? それはどういう意味?」


 混乱する王女たちに魔の手が伸びる。


「ローラ! ロミナ様を連れて逃げろ!」


「お父様、それはどういうことですか? 説明してください」


「裏切者や帝国の狙いは精霊機だ! 賢いお前ならわかるだろう。とにかく逃げろ! 私たちのことはいいから、早く城から脱出するんだ!」


 宰相の言葉でロザラインは理解した。すべてはこの城の地下に眠る精霊機を手に入れるべく仕組まれた出来事だと。

 モンタギュー帝国に内通し、帝国の軍艦を王都上空に招き入れクーデターを起こして、精霊機を起動させるカギとなる王家の血筋を引く未婚の女性を手に入れるのが目的なのだと······


「ロミナ様こちらに!」


「待て! そいつらを逃がすな! 取り押さえろ」


「そうはさせんぞ! わが剣の錆びにしてくれるわ!」


 逃げようとする王女たちを守るようにキャピュレット王が腰の宝剣を抜く。


「ええい、邪魔をするな。おいぼれには用はない。殺せ!」


 ダーヴィル大臣の号令のもと執務室に銃声が鳴り響く。





 誰もが見惚れるほど美しかった王城は陥落寸前だった。

 彫刻の刻まれた壁は崩れ落ち、人々の絶叫が響きわたる。


「いたぞ! 王女だ! 生け捕りにしろ!」


「そうはさせない! ロミナイール様をお守りしろ!」


 逃走中に合流した近衛兵に守られながら、崩れかけの廊下を走る。

 このままでは捕まるのも時間の問題だった。


「ここね····えっと····確かこの辺りに」


 逃げ込んだのは城の小さな書庫室。

 こういった城には有事の際に脱出できる隠し通路が存在する。

 王城には大小様々ある書庫室でも隠し通路があるのはここだけである。


 ロザラインが本棚の本を決まった順番で動かすと、本棚が音を立ててゆっくりと動きだし隠し通路が現れた。

 追手は次第に増え、近衛兵の奮闘も虚しく押し寄せる敵兵。


「姫様、ここは我らが食い止めます。先にお進みください」


「····すまない。皆の心意気感謝する」


 ロミナイールは心を鬼にして隠し通路を進む。

 背後で扉が閉まる音が聞こえた‥‥これで多少の時間は稼げる。


 僅かな灯で階段を下りる。

 深くどこまでも続くような螺旋階段。



 かれこれ、どれくらい地下に潜ったのだろうか?

 正直もうここが何処だかわからない。

 だが、それも終わりを告げるときがきた。


 正面には頑丈な隔壁扉がある。


「ロミナ様お手をかざしてください」


 ロミナイールはロザラインに言われるまま、二人そろって制御盤に触れると隔壁は音を立て開き始める。

 隔壁扉の向こう側は格納庫になっており、そこには一機の銀色に輝く美麗な機体が鎮座していた。 

 

「これが精霊機の中でも伝説級と呼ばれた精霊王機······」


 精霊機とは過去の時代に作られた機動兵器の総称で、現代では失われた錬金術と融合した科学技術ロストテクノロジーで作られし機動兵器のことである。

 その精霊機の中でも精霊王機と呼ばれるのは、全銀河でもたった 3機しかない確認されていない。

 平和なキャピュレット王国も古代から続く歴史ある国家として、その存在は広く知られていたものの誰もその機体を見たことがなかった。


 それは、精霊王機の力をよしとしないキャピュレット王家により秘匿され、封印が施されていたからである。

 封印の解除方法は代々王族にのみ伝えられ、ロミナイールも15歳の誕生日を迎え本来なら聞かされるはずだった。

 ロザラインの母は現国王の妹でロミナイールとは従姉妹の関係になり、2歳年上のロザラインは先立って母より王家の秘密を聞かされていた。


 なのだが········この外見は····どう見ても····


「きゃあぁぁぁぁぁ‼ 何て大きくて可愛い猫さんなのかしら!」


 そう、伝説とも称される精霊機の正体は白銀に輝く巨大な猫型兵器だった。

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