EP2 モデルとステータス

 『アサ! なにやってんの!? かれこれ2時間くらい待たされてるんだけど』




 ボイスチャットで完全にお怒り中の声の持ち主は、俺の幼馴染[月野 咲夜]。


 このゲームのβテスト経験者で、俺を誘った人物である。




 「ごめん! ちょっとチュートリアルでいろいろあってさ。それに対応してたら、すっかり約束忘れてた」


 『あんたねー、昔から何かに夢中になるとすぐ私のことなんか忘れるんだから……』




 それからあんなことがあった、こんなこともあったと長いお説教が続くが、それに真剣に耳を語るわけでもなく待ち合わせの場所に向かっていた。


 今いるのは始まりの町[リストルの町]である。




 「サヨは、どんな見た目してんの? 現実と一緒なら俺も見つけやすいんだけど」


 『それは見てからのお楽しみってことで! リストルの町の中央にある噴水の前、アサが来るの遅いからこの周り人少なくて見つけやすいよ』




 そう、あんたが遅すぎてね。と何度も口酸っぱく繰り返してくるのを面倒に感じ、ボイスチャット切る。


 今度、大好物のプリンでも買ってお詫びしよう。




 チュートリアル設定が終わると、リストルの町の大聖堂前でスポーンさせられる。


 そこから程遠くないところに噴水はある。


 ボイスチャットを切ってすぐ着くことができ、確かにもう人は少ない。


 皆、パーティーでも組んで冒険に出かけたのかもしれないな。




 噴水の近くのベンチに腰かけている女性を見つける。


 きれいな赤い色をした短髪。


 サヨの髪は茶髪の長髪だが、落ち着きなくいつもそわそわしているからわかりやすい。


 俺はくすくすと笑いながら彼女に向かって声をかけようと近づく。




 「サヨお待たせ!」




 彼女の目つきは少し悪いが、それもいいといわれるぐらいの美少女だ。


 女性にしては背が高く運動神経もいいことから、中学の時はいろいろと部活の助っ人をしていたが、このゲームのβ版が出た時からこのゲームに熱中してしまうほどの廃ゲーマーだ。




 向こうも俺に気づいたみたいだ。


 彼女は俺を見ると、同じようにくすくすと笑っている。




 「なんだよ。俺の見た目がデフォルメでおもんなとか思ってんのか?」


 「えっ!! 違う違う! アサにもそういう趣味があったんだって面白くてさ!」




 まだ笑っている。


 俺には何が何だかわからない。


 だが、その笑っている姿を見てゲームでも彼女は彼女だと安心する。


 てか、笑いすぎ。




 「だって、いつもクールなイメージ──いや、なんかぼーっとしてばっかのアサにも、そういう見た目がしたいとか意外だったからさ」


 「何言ってんだ? 俺はデフォルトのままに設定したはずだぞ?」


 「えっ?? あんた最近髪染めたの?」




 いや、俺は髪を染めたことは一度もない黒髪のままだ。




 慌てて、噴水の周りの水面で自分の姿を見る。


 するといつも通りのけだるさの顔はそのままだ。


 だが、明らかに髪と目の色が違う。




 ──ヴァンパイアと同じ髪と目の色。銀髪に赤い瞳。


 そして、口を開けるとそこには普段はない八重歯があった。


 だが吸血鬼のは牙といっても差し支えのないものだったが、俺のはそれと比べると子供のようなものだ。




 「どうなってんだこれ?」


 「もしかして、あんたが決めたんじゃないの?」


 「ああ。さっきも言ったが俺はデフォルメのままに設定したはずなんだ」




 確かに俺はそう設定したはずなんだ。


 原因はもしかしなくても、あのヴァンパイアの仕業しかない。




 「もしかして、チュートリアル設定に時間かかってたのが関係してる?」




 サヨは察しがいい。


 それにちょうど、あの出来事について話したかったところだ。


 こういうのは経験者に相談に乗ってもらうのが一番手っ取り早い。




 「サヨ。実はな……」


 「待って! ──ここはゲーム。ちゃんとキャラクターネームで呼んで!」




 そうだった! リアルをゲームに持ち込むのはあまりいものではない。


 俺は事前に登録していたサヨのフレンド欄からキャラクターネームを見る。


 


 「──サクヤ?」


 「うん。よろしくアサヒ!」




 こういう自己紹介は見知った仲の方が気恥ずかしい。


 二人の間に微妙な間ができる。




 「って、それどころじゃない。俺のチュートリアル設定のことなんだが……」




 俺はサクヤにさっきの出来事を話す。


 ヴァンパイアについて、そしてそいつにかまれたことによって見た目が変化してしまったことについて。


 彼女もはじめは驚きつつ聞いていたが、自分の見た目に根拠があり、真剣な面持ちで聞いてくれる。




 「──何それ? 私のではそんなストーリーはなかった。それに他にも同じ人がいるのならβテスターの中で話題になっているはずだけど……」




 サクヤは、チャット画面で何かを探すが、それらしい話はβテスターの間にもないようだ。




 「もしかしたら、運営とかが意図してないバグなのかもしれない。運営に報告を」


 「それはやめてくれ。俺はこの姿のままがいいとかはないが、出会ったあのヴァンパイアは気になるんだ」


 「──そのヴァンパイアって女の子だったんだよね?」




 彼女はうつむいて質問してくる。それに俺はああとうなづく。


 すると脛をけられる。




 「いたっ! なにすんだよ!!」


 「このロリコン!」


 「何言ってんだよ!」




 うずくまって脛をさする。


 何に怒っているのかと上を恐る恐る見ると、もういつもの顔に戻っている。




 「そういえばアサヒ。私たちがなんで約束したか覚えてる?」


 「一緒にチュートリアルクエストやるからだろ?」


 「そう! 結構周りから遅れちゃったし早く行こうよ!」




 チュートリアルクエスト。


 それはプレイヤーたちがこの後の冒険で迷わないように、わかりやすく戦い方や採取の仕方、そしてアイテムの使い方などを教えてくれるためのクエストだ。


 それをサクヤが手伝いながら効率のいい方法を教えてくれるという約束だった。




 「アサヒは、ローブ装備しているってことは魔法職? なんか見た目とマッチして案外かっこいいじゃん」


 「そっちは剣士だな。お前らしくていいな。似合ってるよ」




 照れたようにサクヤはもじもじとしている。


 確かに似合ってるとかを言われるのは恥ずかしいが、それどころではない事情を抱えているのだ。




 「アサヒは何の魔法職なの? 火? それとも水とか?」


 「──俺は黒魔法使いだよ」




 それを言うと彼女は口を大きく開け、一度何を言ってるかわからないような顔をして、そのあとに咳払い。


 そのあとにくる言葉はわかっている。




 「なんでそんな不遇職とってるのよ!!」




 そう。【黒魔法】は不遇なんだ。


 魔法には火、水、土、風、光、闇という基本属性がある。


 またほかにも付与などの魔法もある。




 そして、回復の魔法を操る【白魔法】、それの対極に位置するのが状態異常やステータスダウンなどの魔法を操る【黒魔法】である。




 「【黒魔法】は、モンスターに状態異常が入りにくいし、味方にも影響を与える魔法が多くて不遇扱いされているからおすすめしないってあれほど言ったよね!」


 「いや、そうなんだが。これにも深いわけがあってだな」


 「深いわけってどうせヴァンパイアのこと? もしかして話してくれたこと以外にも何かあったの?」




 毎度理解が早くて助かる。


 流石、幼馴染!




 「それがな、血を吸い取られた時、何か血以外に減ったものがあるって言われたんだ。それをリストルの町についてから調べてたんだ」


 「だから遅かったのね。でもそれにしても遅すぎだけど」


 「悪かったって。ただ、そのくらい時間がかかってしまうものだったんだ。俺が失ったのは攻撃力。──それも減ったとかじゃない。全部いかれた」




 サクヤは驚きすぎて言葉にできていない。


 まあ、かという俺もかなり驚いたがそれよりも気になることがあって、それに集中していたら大遅刻した。




 「それが【ヴァンパイアの眷属】っていうのが俺のステータス欄に追加されていて、攻撃力減少と状態異常に強くなるっていうのがあった」




 あの時、なんで俺がヴァンパイアを引きはがせたか、これで納得ができた。


 状態異常に強くなるっていうのが、血を吸われすぎて、正確に言えば攻撃力が0になるまで吸われたから状態異常耐性がほぼマックスになってしまったんだ。




 でも、たぶんこれは魅了が解除されても大丈夫なようになっているんだろう。


 いうことは聞かなくなったが、それでも何か彼女を思う気持ちが心に残ってしまっているからだ。


 たぶんこれは状態異常とは別物。


 眷属化とでもいったん名付けておこう。




 「だから俺は攻撃系に関わる武器や魔法は取得しても意味ないんだ」


 「だからって【黒魔法】じゃなくても【白魔法】や【付与魔法】だってあるでしょ!」




 すごく心配した表情で俺を見つめる。


 本当にありがたい幼馴染をもったな俺は。




 「確かにそうだが、お前にずっと頼っていられないだろ? それにソロで行動するときも俺は攻撃手段を持ち合わせられないんだ。だから状態異常に頼るってわけ」




 だから心配すんなと声をかけ、頭を優しくなでる。


 だが、すぐにむっとした表情でこちらをにらんでくる。


 いつもの強気なサクヤに戻るのかと、俺は手を離す。




 「で、他のアビリティはどうしたのよ?」




 アビリティ。


 それはこのゲームを構成する大きな要素。




 プレイヤーは7つのアビリティをセットしてゲームを行うことができる。


 これについては追加がイベントなどで行われる予定があるそうで最大上限は今のところ分からない。


 このゲームにはプレイヤーレベルというものがなく、アビリティ個々にレベルが設定されている。


 そのアビリティの種類やレベルによってステータス値が決められるのだ。




 そしてセットできるアビリティとは別に5つの控えがある。その控えに入れておけばいつどこでもアビリティの交換ができる。


 それを超過した分はアビリティ預り所というところでお金を使って預けることができる。




 アビリティの取得にはAPというのが必要で、チュートリアル設定が終了した後、10AP配られる。


 またレベルが10上昇すると1APもらうことができる。


 それで自分の構成を決める。


 まず取れるのは第1種アビリティで、1APで取得できる。


 総合レベルが100を超えると第2種アビリティを2APで取得できる。


 ただ、別に第2種が強いわけではない。ただ、追加されるだけだ。




 じゃあどうアビリティを強くするかというと、アビリティのレベルを上げることによって成長と派生、統合というのが起きる。




 まあ、これは全部サクヤに聞いただけだが。




 俺はサクヤにいわれ通り、自分のアビリティを見せる。




─────




 黒魔法 lv1


 MP上昇 lv1


 MP回復速度上昇 lv1


 魔法詠唱短縮 lv1


 速度上昇 lv1


 待機 lv1


 隠密 lv1


 


 控え なし




 ─────




 「なんか魔法職に特化したアビリティ―とってるのもあるけど、結構かみ合わないスキルとか不遇なの多いね」


 「しょうがないだろ。攻撃力0なんだから、それに合わせてとるスキルを絞ったんだよ。だから結構時間かかったんだよ」




 たぶんこの中だとかみ合わないスキルは速度上昇が挙げられる。


 魔法職は基本戦闘では前に出ないことか速度上昇はいらない。




 そして、不遇なのは【待機】かな。


 【待機】は初期レベルでは対象の動きを少し止めることができる。だが、レジスト率が高いし、止めれる時間も短い。


 そして、レベルを上げて10になると魔法を待機させることができるのだが、1.5倍のMPと詠唱時間が少し伸びる。




 「でもこれじゃあ、強くなるにはかなり時間かかると思うけど……」


 「いいんだよ。別に今すぐ会いたいとかじゃないんだ。俺は適度に頑張るよ」


 「本当にマイペースなんだから」




 ため息をつきながら、せっかく二人で冒険とかできると思ったのに、と漏らす。


 俺はサクヤみたいに夜通しゲームするつもりはありませんから。




 「これ、一人じゃチュートリアルクエスト難しいよね。約束通り手伝ってあげる」


 「今回はそれに甘えようかな? サクヤ頼むよ!」




 俺たちはチュートリアルクエストが受注できるクエスト掲示板のある酒場に向かった。

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