Life Blood Online~攻撃力0で不遇職ののんびり攻略記~

やなぎ かいき

EP1 チュートリアル設定

 「Life Blood Online起動!」




 Life Blood Online.それは日本初のフルダイブ型VRMMORPG作品である。


 現在稼働している作品はどれも海外産のものが多く、日本人が気軽に遊べるゲームではなかった。




 ただ、日本でも遅れてだが新作のゲームとしてヴァンパイアをパッケージに据えたこの作品がリリースされた。




 『Life Blood Online』


 公式からの略称として出されていたのが、LBO。


 それをβテスト時に参加したプレイヤーがエルボと略したことで、この作品はLBO≪エルボ≫と呼ばれることになる。






 そして、この正式版がリリースされた今日、さっそくログインしようとしているのは日野 朝。


 現在高校一年生で、夏休みの暇つぶしにでもなればいいと思っている、帰宅部男子だ。


 


   ◇◆◇◆◇




 ログインといっても、昼寝する感じに近い。


 ただ、夢を見ているかゲームをしているのかの違いだけである。




 寝ている感覚に近いのに瞼を開けられる。


 そこに広がるのは白い何もない世界。


 これはチュートリアル設定という、このゲームでの自分を作り上げる作業だ。




 「ようこそいらっしゃいました。私はチュートリアルガイドを務めるAIでございます」




 棒読みで語り掛けてくる何か。


 その存在が見えることもなく、聞こえているというよりは直接脳に語りかけられている感覚に近い。


 ただ、それに不快感はない。なんとも不思議な感覚だ。




 「まず、このゲームでのキャラクターネームを入力してください」




 言葉と共にウインドウが現れる。


 最大文字数は全角10文字。


 自分が付ける名前は決めているので、悩むことなく入力していく。




 日野 朝いう名前から友達にも言われているあだ名、ASAHIと入力する。




 「ASAHI様で間違いありませんか? キャラクターネームの変更は今しか行うことができません」




 またもウインドウが表示され、今度はYESとNOが出てくるが、迷うことなくYESにする。




 「次にキャラクターモデルについてです」




 そこから話される内容は長かった。


 簡単にまとめると、モデルについては現実の姿をアニメ風にしたものがベースとなり、細かい髪の色や長さなど細部を設定することができる。


 だが、俺はそういうのには興味がない。


 全部デフォルメのままで実行する。




 すると、今まで感じていた浮遊感が消え、はっきりと自分の体という感覚を持つことができる。


 今、設計されたのだと実感し、自分のこぶしを握り実際に目で確かめる。




 「最後に、ゲームの説明についてです。もし不要の場合はスキップを押してください」




 またもウインドが表示され、スキップを押す。


 これについてはこのゲームを進めてきた幼馴染に何度もたたきこまれているから大丈夫だ。




 「後ろの扉から始まりの町に出られます。ではあなただけの物語をお楽しみください」




 かれこれどのくらいこのAIの声を聞いていたかわからないが、この棒読みのAIにも少し愛着を持っている自分がいる。


 何か声の特徴が誰かに似ているように感じるが……






 俺は振り返り、手をひらひらとさせながらこの場所を後にする。


 これから冒険だという高揚感に、柄でもなく顔をニヤつかせる。


 普段はゲームしていてもこんな感覚に襲われることはないけど、流石にこの時はどんな自分のストーリーを送れるのかとワクワクしていた。


 幼馴染に聞かされていたのに、意外と上がるものだな。




 俺は扉に手をかけようとした。旅の始まりだ!




 「お主、楽しそうじゃな」


 「そりゃ楽しみにきまってるだろ? 無理やりやらされるゲームだけど、初めてのものに興奮するのは人の性だろ?」




 ただ、この会話におかしな点に気づき後ろを振り返る・


 今まで聞いてた女性AIの声はこんなに流ちょうなものではなかった。




 振り返った先には、銀髪ロングで誰をも引き込むような美しい赤い瞳の幼齢の女性が映った。


 何だろう、この感覚。どうしても彼女のそばに行かなくてはならないという欲求にかられ、一歩、一歩と足を彼女のもとに運ぶ。




 「妾にはわからぬ。人間ではないからの」


 「人間ではないって、お前誰なんだよ!?」


 「教えてやってもいいが、それなりの対価はいただくことになるぞ。まあ、お主は妾に逆らうことはできぬから対価をもらうことは確定してるがな」




 この幼女が何を言っているかわからないが、もうすでに彼女の目の前に立っている。いや立たされているといった方が正しい。


 ただ、彼女の前に立ってわかる。


 これはゲームのステータスに異常がある。


 ステータス画面をどうにか表示させ確認する。




 「魅力と恐怖っ! なんだこの状態異常っ!」


 「だから言ったであろう? 逆らうことができないとな。妾とお主にはそれだけの差があるのじゃ。──あっ! これも質問じゃから、対価を追加じゃな」




 俺が聞いていたチュートリアルにはこんな会話はなかった。


 そして製品版にもあるはずがない。


 だってこんな死の気配がするチュートリアルがあっていいものか。


 か弱い人がやったら絶対こんなゲームやめるってくらいの恐怖だ。




 「じゃ、その対価のためにも教えてやろう。──妾はヴァンパイア。この世界の頂点に位置する高貴なるものじゃ!」


 「なんでこんな序盤に最強キャラが出てきてんだよっ!」




 誇りを示すかのように胸を張った幼女だが、張る胸は見た目のとおり年相応のものだ。だがそれに魅力を感じている自分がいる。


 これが魅力の力か。今にでも逃げ出したい恐怖を感じているが、彼女から目を話すことが許されない。




 「ほら、教えてやったことじゃし、お主から対価をいただいて帰るとするか。──『跪け』」




 彼女の言葉に逆らうことはできない。


 ヴァンパイアの魅力。


 たぶんこれはステータスが低いからレジストできないのだ。


 しかも、自分は駆け出しだ。高い状態異常なのだろう。もう逆らうという考えに至ることすらできなくなっている。


 これは俯瞰してゲームのシナリオを見ているのと同じだ。




 ヴァンパイアは跪いた俺の首をひと撫でし、恍惚とした表情で見る。


 そして、彼女は口を開ける。


 そこに見えたのは鋭い八重歯。


 それが俺の首に刺さったとき、この世で一番の至福とも思われる快楽に襲われる。




 なくなっているのを感じる共に、恐怖が薄まっていくのを感じる。




 「──やめろよ!!」




 なぜ動いたのかわからないが、俺は牙を立てている彼女を引きはがす。


 そして、その痕に触れるが、傷を負っている感覚がない。


 ゲームらしいと言ったらそうなのだが、恐怖していたのになんとも呆気ない。




 「ほぉ、これは吸いすぎてしまったかの?」




 彼女は名残惜しそうに牙をなめながら、考えている。




 「それにしても引きはがすこともないじゃろう。気持ちよかったじゃろ?」


 「気持ちいとか関係ない! 流石に血を吸われていたら身の危険を感じて自衛するのは当然だ!」


 「じゃが、まだ死ぬほど吸っているわけではない。いいじゃないか減るもんじゃないし」


 「いや、裸見られた女の子にいうセリフみたいなこと言うな! てか、血は減るもんだろ!」




 彼女は見た目相応な無垢な笑顔をする。


 だが、そんな表情になごむような状況じゃない。




 それと同時に、ゲームで血を吸われて減るものなのかと疑問も持つが、今はどうでもいいと一蹴する。




 「妾は目的を果たせたことじゃし、もう帰る」


 「唐突に来て唐突に去る。たいそうなご身分だな」


 「そうじゃ、それはそれはたいそうな身分じゃからの。──おだててもらった礼じゃ、一つ教えてやろう。お主、何か減っているものがあるぞ。血ではなくな」


 「おい! 何が減ってるか──」




 俺が内容までを聞こうとするが、その前に彼女の周りが輝きだす。


 銀の髪がその光を反射しなびいている光景に言葉を失う。




 そして彼女の瞳は閉じられる。




 「お主に会えてよかった。──また会おう、”アサヒ”」




 別れは一方的だ。


 俺は彼女に思うことは何もない。




 ──はずなのだが、この胸に残るのは何なのか。




 俺は白の世界に取り残されている。




 始まりはどうにも複雑なものになったが、気持ちを切り替える。


 なんたってストーリーは始まりすら迎えていないのだから。




 そして、このゲームは暇をつぶせたらと思っていたがある一つの目標ができた。




 「もう一度、あのヴァンパイアに会いたい。そして、俺のゲームに何が起きたのか問い詰めるんだ」




 俺は勢いよく扉を開く。




 Lifeblood。


 それは生き血。だが他にも意味がある。


 それは『不可欠なもの』。




 俺にとっての不可欠なものを探す物語が今始まるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る