第17話 決戦のバレンタイン(愛しています)
玄関を出ると香織が廊下の壁にもたれ掛かっていた。
「や。こんばんは」
「ああ、こんばんは」
挨拶をされて僕は間抜けな返事をした。
「まひるちゃん?」
「そう。さっきの事、感づかれちゃって」
「言い訳しに行くの?」
「そんな感じかな」
「じゃあ、私が一樹が私の事を好きって言ってくれることは叶わないのね?」
僕はこの質問には即答できなかった。
「どうなの?」
答えを迫られたけど、僕は結局答える事が出来なかった。そして香織の前を横切ってまひるちゃんの元へ向かおうとした。
「待って。お願いだから待って」
そういって香織は僕のことを後ろから抱きしめてきた。それを僕は振りほどくことが出来なかった。今すぐまひるちゃんの元へ向かわなきゃいけないのに。
「香織……。僕は……まひるちゃんのところに行かなきゃならない」
「どうしても?」
「ああ」
「私がどんなに一樹のことが好きでも」
「ああ」
「そう……」
そして香織は僕のことを解放してくれた。そして歩き出そうとした瞬間だった
「……!」
僕は香織に腕を捕まれて強引に引き戻された。そして……。キスをされた。
「香織……!」
僕は香織を引き留めようとしたが、そのまま香織は走って上の階に行ってしまった。僕はしばらくそこから動くことが出来なかったけども、まひるちゃんからの催促のメッセージで我に返った。
「ごめん、遅くなって」
「なにしてたんですか」
まひるちゃんの語気が少し強い。
「いや、ちょっとさ……」
「香織先輩ですか」
「ああ」
「はぁ……」
まひるちゃんはそういってスマホを取り出し、メッセージ通話を始めた。
「もしもし?そうです。貸すとは言いましたけど、こういうのは困ります。でももだってもないです!なんでこんな姑息な事をするんですか。そうならそうって正面から来て下さいよ。受けて立ちます。それじゃ」
「一ノ瀬先輩。これでいいですか」
「ああ。代役頼んでしまうことになってすまないな」
「しっかりして下さい。ホントにもう……。私は一ノ瀬先輩が好き、一ノ瀬先輩は私の事がッ好き、そして香織先輩は一ノ瀬先輩の仲の良いお友達!でも、これからどうするんですか?顔を合わさない訳にはいかないんですよね?なんて対応するんですか?」
「いや。今まで通りに対応するさ。悠仁君の件もあるし」
そんなことを言ったが、本当にどうやって顔を合わせれば良いのか。
翌朝の朝食には香織は来なかった。悠仁君だけがやってきたので「香織お姉ちゃんは?」と聞いてみたら布団にくるまって「先に行ってて」と言われたとのことだった。
「あいつ何やってんだ」
正直なところ、何の気も無しにやってきて朝の挨拶をするものだと思っていた。香織ならそうすると思っていた。
「香織も女の子してんじゃん」
昨晩は、まひるちゃんから言ってもらっちゃったから、今度は僕が直接気持ちを伝えに行った方が良いと、香織の家のインターホンを鳴らす。一度、二度。三度目を押そうとしたときにドアが開いた。
「なに」
「あ、いや。昨晩……の、事なんだけどさ……」
「直接言いに来たの?」
「その……」
今の僕にはまひるちゃんが居る、そういえば良いだけなのに言葉が続かない。
「言いたいことがあるんじゃないの?」
「ある……んだけどさ。その……。昨晩言ったことって本当なのか?」
「ああ、そのこと。本気に決まってるじゃない。冗談で言えることじゃない。そりゃ、やり方が悪かったと思ってる。でもそうでもしないとまひるちゃん、一樹のこと離さないじゃない」
「晩ご飯の後とか色々時間なら有ったじゃない。なんで昨日だったんだよ」
「タイミングってものがあるのよ。今同じ事を言えって言われても言えない。多分」
「多分ってなんだよ」
「聞きたいの?それではっきり断ってくれるの?」
「正直なところ、分からないんだ。自分の気持ち。だからもう一回言ってくれたら、なんか分かるかもって」
「断ってくれないのなら言わない」
「そうか」
僕はそれだけ言って一歩後に下がった。香織がどうするのかって思って。また引き寄せられるのだろうか。それを僕は期待しているのだろうか。更に一歩下がる。「それじゃ」その言葉を伝えるだけなのに。それを言ったらこの関係の全てが終わる気がして言葉が出ない。
「ねえ」
香織が先に言葉を発した。
「なんだ?」
「キス……したことなんだけど、あれはまひるちゃんには黙っておいて。多分、まひるちゃんにもっと怒られるから。だから無かったことにして」
「出来ない。僕には無かったことになんて出来ない。僕にとっての香織はそんなに軽くない」
「じゃあどうしたいって言うのよ」
「ダメなのか?今までの関係じゃ」
友達以上恋人未満。よく聞く言葉だけども、僕と香織はそんな関係だった。それがこれからも続いてくれるなら……。
「本当に一樹は意地悪ね。それじゃこうしましょ。無かったことに出来ないならっ!」
香織は僕の首に手を掛けて自分に引き寄せてキスをしてきた。二度目のキス。
「っと。これでどう?何か分かった?ねぇ。なんとか言ってよ。いいの次、私、一樹のことを抱きしめちゃうよ?」
動けない。僕はその場を動くことは出来なかった。それを見た香織は僕のことをそっと抱きしめてまたあの言葉を言ってくれた。
「愛しています」
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