第15話 決戦のバレンタイン(序章)

 私は今、ショッピングモールに悠仁と一緒に福袋を買いに来ている。福袋は毎年買ってるけども今回は化粧品の福袋を買ってみようと思う。いつも安物の化粧品を使っているから、福袋で少し手も安くなってるものを買おうと思って。

「おねぇちゃん。福袋、どうだった?」

「そうねぇ。一番欲しかったものがなかったから、それは直接買うかな」

「悠仁のロゴ福袋は何が入ってたの?」

「車が色々作れるやつ!」

「良かったじゃない」

「うん‼」

 悠仁も喜んでくれたので、悠仁にも化粧品売り場に付き合って貰うことにした。

「あ、これ……」

 ティオールのカラーリップ。確かこれ、一樹がまひるちゃんに買ってあげたものだっけ?確か色はピンク。

「おねぇちゃん。これ買うの?」

「ううん。買わない。こっちのやつにしようかな」

 

「一ノ瀬先輩」

「何だ?この後ってどうするんですか?」

「今日か?」

「それもあるんですけど。具体的に言うとバレンタインまで」

「嫌に具体的だな。まぁ、バレンタインはカップルの一大イベントだしな。それまではそうだなぁ」

 凛ちゃんはコタツから出て行ってクリスマスに買ってくれたマフラーを手に取ってこう言ってきた。

「これ。私にも似合いますか?」

「おお、似合うな。可愛い子にはなにを着せても似合うってやつだな」

「一ノ瀬先輩、可愛いとか正直なんですから。じゃあ、このマフラー、やっぱり私が貰っても良いですか?」

「ん?いいよ」

 僕は何気なくそう言って、まひるも何を言うでもなくマフラーを首に巻いたまま再びコタツに戻ってきた。

「ミカン、美味しいですね」

「そうだな。コタツにミカンは最高だよな」

 どの後はゲームをしたり録画した年末年始の番組を見たり。凛ちゃんとの一日はあっという間に過ぎて行った。

 

「それじゃ。送っていただきありがとうございます」

「なに急に改まって。いつでも送るよ」

「そうですね。一ノ瀬先輩はやさしいですから。色々あるんですよね」

「なに色々って」

「色々です。優しくて、面白くて、格好良くて。色々です」

「なんか照れるな。じゃ、今日はこれで。おやすみ」

「真時間的には早いですけどね。おやすみなさい」

 私は先輩にプレゼントしたマフラーを部屋に入って首から解く。そして涙が出て来た。


「どうしてこのマフラーからも香織先輩の匂いがするの……」

 

 私はもうどうして良いのか分からなくなってきた。井ノ島の件をはっきりと聞く?それとも上着とかこのマフラーからなんで香織先輩の匂いがするのか問い詰める?でもそんなことをしたら何かが崩れ去るような気がして……。一ノ瀬先輩は何を考えてるの?私の事だけ見てくれてるの?

 

「あら?ここにあったマフラー、どうしたの?」

「ああ、まひるちゃんが自分で使いたいって持って行った」

「そう」

「それよりも福袋は何を買ったんだ?やっぱり定番の洋服か?」

「今回はコスメの福袋。化粧品ってあまり持ってないから」

 香織はしなくても十分に通用する美人だ。化粧品なんて使ったらどうなるのか。夕飯の後に僕の部屋に悠仁君が福袋で買ったロゴを見せに来たついでだろう。香織も僕の部屋に来ていた。こうやって部屋に入ってくる機会もめっきり減ったな。

「そういえばさ、コスメの福袋なんて買って化粧して誰かに見せるのか?」

「ん?なんで?」

「彼氏でも作りたいのかと思って。良い相手でも見つかったのかなって」

「そうね。見つかったかも知れない」

「なんだよその、知れない、って」

「よく分からないのよ。自分の気持ちが」

「あー……。わかる。僕もそんなのばかりだ。まひるちゃんと付き合う時だってそんな感じだったし」

「でも結局は押し切られたんでしょ?押しに弱いわねぇ。もし他の誰かに押されたら浮気とかしちゃうのかな?」

「そんなことしないさ」

 彼氏候補が見つかったかも知れない、か。仮に香織に言い寄られたら僕はどうするんだろうな。でも香織に限ってそんなことはないか。要らぬ心配だな。

 

 結局、私はティオールのカラーリップを買ってきてしまった。買ってきてしまった自分に何故なのか問いかけるけども答えはなかなか見つからない。

「私。一樹のこと、好きなのかなぁ」

「なに?おねぇちゃん一樹お兄ちゃんのこと好きなの?」

 悠仁にそんなことを言われて一瞬焦ったけども「人として好きとかそういうのだ」と説明した。

 

「先輩。今日もデートです」

 朝起きて朝ご飯を食べているときに、まひるちゃんが家まで来てそう宣言した。まだ香織が家に居たので少々気まずかったが、ご飯を一緒に食べているというのは伝えてある。その辺は大丈夫だろう。玄関で待って貰って急いで準備を済ませてから家をでる。

「お?これって香水?」

「あ、分かります?ちょっと大人な雰囲気を出すために買ってみたんです。どうですか?」

「リンスの香りも良いけど、こういうのもいいね」

 私はマフラーに付いた香織先輩の匂いを覆い被せるように香水を買って一ノ瀬先輩にも腕組みして匂いをつけた。

「まひるちゃんはさ、僕に他の好きな人が出来たらどうする?」

「え?」

「いや、朝のテレビでさ、仲の良い恋人同士ならどうこうってやっててさ。ちょっと気になった」

「そんなの絶対に許しません。そんな相手蹴落として見せます」

「力強い言葉で安心したよ」

 大丈夫。仮に僕の心が揺れてもまひるちゃんがきちんと修正してくれる。僕はそんな風に他人に頼る事で自分を正当化させようとしていたのかも知れない。

「ところでまひるちゃん。バレンタインって何をする日なんだ?僕の感覚だと女子からチョコレートを貰う日、ってだけのイメージなんだけども。あ、あと本命とか義理とか」

「そうですねぇ。女の子に取っては一大イベントですかね。好きな人に告白するチャンスですから。普段はきっかけが掴めなくてもバレンタインならそのきっかけが降ってきますからね」

「まひるちゃんは今までバレンタインで本命チョコを誰かにあげた事ってあるの?」

「気になります?」

「気になる気になる。女子高生のバレンタイン事情とか。僕が高校生の頃は男子校だったからそういうの何もなくてさ。母さんからコンビニチョコレートを貰う程度で」

「そうですねぇ。私は本命チョコを渡したことはないですね。演劇部のみんなに義理チョコは渡したりしましたけども」

「本命チョコと間違われたりしなかった?」

 義理とはいえ、可愛い子からチョコを貰ったら勘違いする気がしないでもない。

「流石にそれは。コンビニチョコレートを開封してみんなに配る感じでしたから。ほかのみんなもタロルチョコとかでしたし。あ、でも一組バレンタインがきっかけで付き合う事になったってのは居ましたね。ちょっと羨ましかったかな」

 バレンタインがきっかけで付き合うかぁ。確かにちょっと羨ましい。僕もそんな高校生活を送ってみたかったものだ。でも今はこうして彼女がいるし。今年のバレンタインは安泰かな。

 

「ねぇねぇ、一樹お兄さん。この前にね。お姉ちゃんが一樹お兄ちゃんのこと好きっていってたよ」

 悠仁君と夕食後に二人でゲームをしている時にそんなことを言われた。

「ああ、それは多分だけど人として好き、なんていうかな。嫌いじゃない、仲の良い友達、みたいなことだと思うよ?僕には恋人もいるし」

「なぁんだ」

 悠仁君にそんなことを言われて正直焦った。香織が僕のことを好き?今までの行動を考えてしまってゲームが身に入らない。

「やったー‼一樹お兄ちゃんにとうとう勝った!」

「やー。負けちゃったな。強くなったな悠仁」

「うん!」

 

 悠仁君が帰った後も、僕はさっきの言葉を思い出していた。 

「お姉ちゃんが一樹お兄ちゃんのこと好きっていってたよ」

 普通に考えて、お友達として、だよな。でもなんで悠仁君がそんなことを言ってきたのか。香織に頼まれた?そんなことはないだろう。悠仁君が何気なしに聞いてきただけだろう。でも悠仁君がそんなことを知ってるって事は言葉にしたって事だよな。

「はぁ……。なんかよく分からないや」

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