第7話 勇気

 ポコン 

 ツブヤッキの通知音。内容は桜さんからの心の叫びのような内容。

「学校で私の居場所がなくなちゃった。私これからどうすれば良いと思いますか?」

 イジメ。それは僕にとって向き合わなければならないこと。三宅涼花の一件は彼女のイジメを助けなかったことで起きたことだ。今回も助けを求められている。でも同じ学校でもなく、ましてや大学生と高校生。どうすれば良いのか想像もつかない。

 

「香織さんはどう思う?」

「良いの?私に話して。一ノ瀬君に直接助けを求めてきたんでしょ?」

「正直なところ、どうしていいのか分からない」

 香織さんはストレッチを止めて僕の方を向いてから真面目な顔でこう言った。

「あなた、彼女と付き合いなさい」

 思ってもみない答えに狼狽していたら香織さんはこう続けた。

「一ノ瀬君は凛ちゃんのこと、まだ引きずってるでしょ。それに陽葵ちゃんは居場所がない。だったらあなたが居場所になってあげれば良いのよ」

「そんな一石二鳥みたいな感覚で付き合うのってどうなのさ」

「この前に陽葵ちゃんと会ったときにちょっと一ノ瀬君の話を振ってみたのよ。あれ、完全に脈ありの反応だったわ。私の勘だけどね。でも本当に彼氏って居場所があればかなり変わるかと思うわよ」

「香織さんはいいの?僕に彼女が出来ても」

「私?別に構わないわよ?それ、よく聞いてくるけども、私の事が好きなの?」

 正直なところ僕にはまだ分からない。この関係がなんなのか。

「そういうわけじゃないんだけどさ。またアレだろ?こうやっていつも一緒にいるのを桜さんになんて説明すれば良いのかみたいなことが起きるだろ?」

「雇い主と従業員。それ以上でも以下でもない、ってこの前答えたじゃない」

「まぁ、そうだけどさ……」

 

 彼氏か。僕が桜さんの彼氏になったら彼女の居場所が出来るのは間違いない。でもそれが生意気だと捉えられてイジメがエスカレートしたら……。

「そうなったら僕が受け止めれば良いのか?」

 香織さんが帰った静かな部屋で僕は考える。そもそも桜さんを彼女にするって僕から告白するのか?脈ありだからっていってもあの調子じゃ答えに窮すると思うんだよな。

 

 ポコン

「私、『イッキ』さん、一ノ瀬さんとお付き合いしたいです」

 突然の告白。最近の女子高生ってツブヤッキで告白しちゃうのか⁉あ、いや、これは桜さんだからかな?直接会ったら話が出来ないからとかそういう……。何にしても応えないと。でも僕はツブヤッキ返信で答えを送るのはなんか違うと思って、また時間を貰うことにした。

 

「桜さん、この前のことなんだけどさ」

 僕たちは駅前のスタボで話をする。

「その……あの……私……一ノ瀬さんのことが……すき……です」

 もっと掘り下げないと出てこないかと思った言葉が第一声で出て来た。桜さんにしてみれば清水の舞台から飛び降りる思いで絞り出した言葉だろう。それに僕は真摯に応える必要がある。ここに来る前に答えは決めてきたつもりだ。

「ぼくさ、ちょっとしたことがあってさ。彼女とかそういうのをすぐに作る気持ちにならないんだ」

 桜さんがしぼむのが分かる。今にも泣き出しそうだ。そこに僕は言葉を続ける。

「でもさ。お友達から始めましょう。を少しだけ通り過ぎて『仮カレ』という感じでどうかな。」

 仮の彼氏。桜さんには悪いと思ったけども、今の僕にはこれ以上の回答は出来ない。でも桜さんはそれでも良い、と言ってくれた。仮カレ。どこまでのことをすれば良いのかまでは考えてないけども。

 

「桜?」

 教室ではいつも独りの桜が男の人と一緒なんて珍しい。

「あれー?陽葵じゃん。その人誰ー?もしかして彼氏とか?」

「君は?」

「あ、私、藤堂まひるっていいますー。陽葵の同級生でーす。で、彼氏さんなんですか?」

「僕は一ノ瀬一樹と言います。彼女、桜さんとお付き合いすることになりました。藤堂さんは桜さんのお友達なんですか?

「そうそう。学校では同じクラスで。ね、陽葵」

「ち……違い‼……ます」

「陽葵なに言っちゃってんの。同じクラスじゃん私のこと忘れちゃってるの?あ。友達から連絡来ちゃった。陽葵、明日また、学校でね」

 そう言って藤堂さんという人は去って行った。

「もしかして今のが?」

「そう……です……」

 イジメの主犯格が僕にあんなことを言って何のメリットがあるんだ?

 

「宣戦布告じゃないの?明日またって言ってたんでしょ?」

「だとしたらどうすれば良いと思う?」

「一ノ瀬君はなんで私の意見ばかり求めるの?」

「いや、女の子のことだから香織さんならよく分かるかと思って」

「そんなの陽葵ちゃんが求めてることじゃないと思うけど?それに一ノ瀬君は私の人形じゃないでしょ?」

 その夜のツブヤッキからは桜さんの悲痛な叫びが書き込まれていた。助けを求められている。仮とはいえ、彼氏になると宣言したのだ。香織さんからも言われてしまったし、僕が解決策を考える必要がある。放課後に僕たちは如月公園で待ち合わせをして事情を聞くことにした。まずは話を聞くところからだ。

「たすけ……て……くだ……さい……一ノ瀬さん」 

 会うなり桜さんは僕の上着を掴んで下を向きながら、そう言葉を絞り出した。

「大丈夫。僕がいるから」

 何が大丈夫なのか分からないが、これくらいしか言葉に出来ない。

「桜さんがどんなにひどいことをされても僕は絶対に裏切らないから」

 どんなにひどいことをされても。なんと無責任な言葉か。ひどいことをされたら誰だって傷つく。それを僕が癒やす。そんなことの繰り返しではなんの解決にもならない。

「桜ちゃん、僕がこの前の藤堂さんだっけ?彼女に直接アプローチしても良いかな?」

 止めさせる。それが一番だ。それには原因を潰すしかない。浅はかな考えかも知れないけど、このときの僕には唯一の選択肢だと思った。

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