どちらにも染まらない

すおう

プロローグ unknown

プロローグ




 遠い昔、大切な人の手より刀を握り。遠い昔、その刀で大切な人を殺め。遠い昔、愛した者達に捨てられ。遠い昔、大切なものを捨て。遠い昔、信じた者に裏切られ。遠い昔、信じてくれた人を裏切り。遠い昔、想い人に先立たれ。遠い昔、想い人を遺して逝ってしまい。遠い昔、神はいないと、己は不幸だと、人は愚かだと、世界は不平等だと、嘆き、苦しみ、それでも足掻き続けた貴方へ。




 一つ一つの行動が、言葉が、仕草が、眼差しが、優しさと温かさに包まれた誰かと巡り会えた事を、どうか奇跡キセキだなんて思わないで。


 それはきっと、途方も無いほどに優しい貴方が色んな人達に与えたものだから。

 返しても返しきれないものを貰ったなんて思わないで。

 それはきっと貴方が巡り会えた人たちに与えたなにかだったはずだから。




 血に濡れた刀を握っているその手は

 いつも冷たかった。

 そんな手では大切な人の手は

 握れないと思った。

 それでもきっと手を握ってくれる

 人がきっといるから。


 大切な人を守るために刀を握りたかった。

 誰を斬る時も心はいつも

 溢れんばかりの悲しみで、

 涙を流していた。


 愛してくれた人に愛してると伝えたかった。

 信じてくれた人を無償で信じたかった。

 人を疑いたくなかった。



 いつか、いつか、その業火の如く燃える炎が燃え尽きて、貴方が何かに疲れてしまったなら、会いに来て。

 また会いに来て。待っているから。









 港の噂。


 『この時代に義賊ギゾク?』


 『ああ、でも、横領や反社会組織と繋がりのある奴らを暴いてネットにばら撒いてるらしいぜ』


 『警察に無償で情報提供してるって聞いたことある』


 『でもそいつらのトップはまだガキって噂もあるじゃねぇか』


 『こんなに頭が回る子供がいるのかしら』


 『でもさ、1番怖いのは、さ、』


 『私も聞いたそれ』



 『警察も裏社会も手のひらで転がしてるってはなしでしょ?』



 『本当だったらやばいよな、子供がって』


 『そうねぇ』






———“無くしたものを数えないで、

      今あるものを数えなさい。”———



 これは母の教えだった。まだ三つだった僕にくれた唯一の教訓。僕はこの言葉の真の意味を母を見て学んだ。



 僕に見向きもしないは母は、遠く離れた国の全く知らない子供達のニュースを見て涙を流した。


 僕と話さない母は、孤児院の子達の話を聞いて涙を流した。


 僕を軽蔑した目で見る母は、虐待死した子供の話を読んで涙を流した。

 

 僕にはそれがなんだかとても異物で気持ちの悪いものに見えてしまっていた。親子が似るとは真らしい。そして母は僕を見て、誰かを見ていた。

 夜な夜な泣いては『そうた……』と僕の呼び名で違う誰かを呼んだ。

 その頃には僕の中の母はもうこの世には存在しないのだと何と無く理解した。


 今日も、母は帰ってこない。




 母は凄い人だと思う。

 僕が生まれる前に孤児院を設立して、世界中を飛び回っては明日の生活もままならない子達に食べ物を与え、その地域にまた孤児院を建てた。

 僕の父だった人がその事業の後押しをしていたらしい。お陰様でお金は腐るほどあり、世間体でも素晴らしい人だった。

 ただ僕にはやっぱり全く別の生き物に見えた。

 同じ血が流れ、顔つきも似ている。

 僕の見た目は父には似なかったらしい。

 幸というか不幸というか、父の聡明さだけを、僕は受け継いだ。

 だから父が死んだ時も、死というのは理解できなくても、なんとなくもう父は居ないだと言う事だけが、嘆く人々を、何より母を見て理解した。

 泣いたって父が戻ってこないことも。もしも泣いて父が戻ってくるならきっと父は今も母のそばに居ただろうから。

 そんな僕を母は軽蔑した。

 やがて四歳になる頃、僕はお手伝いさんと引っ越した。簡単に言えば、捨てられたのだ。捨てられたと言っても、家も与えられ、十分なお金も、ご飯も与えられた。ただ、僕が六歳の時に、お手伝いさんは段々と来なくなった。

 お金はお手伝いさんに振り込まれている。

 母はこのお手伝いさんを昔から知っていたらしく信頼していた。

 なんだか滑稽だと思った、母が。

 人とは大金を前にして目が眩むものだ。

 お手伝いさんが来ないのだから、僕は自分でご飯を作った。初めて包丁を握った日はざっくり3回は手を切ったし、何度も軽く指を切ったものだ。

 洗濯も見様見真似で出来た。

 そんな様子を見てか、とうとうお手伝いさんは2週間に一回、簡単に作れる材料を買ってくるのみとなった。



 無くしたものを数えないで、と言われても、僕は何も無くしてなんかいなかった。

 母は昔からの仕事人間であまり家には居なかったし、父も同様だった。たまの休みは僕をお手伝いさんに預けて、2人で食事に出掛けていた。

 母がご飯を作り、父が抱っこしてくれるのは、僕にとって絵本とテレビの中の世界だった。






 確か、父の葬式の時に親戚の人の話で聞いた。



 母の14歳で亡くなった弟さんは『宗田そうた』という名前らしい。






 『アンコール』

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