王女と平民の王国改革期

司馬波 風太郎

平民と王女

「凄いわ! アリア! あなたは天才よ! あなたのこの発明はこの国を大きく変える素晴らしいものだわ!」


 無邪気にはしゃぐ少女の声が聞こえる。綺麗な金髪で快活な印象を与える可愛いらしい女の子だ。しかし彼女と同じように喜ぶことは私ーーアリア・ラースハイトには出来なかった。


「こんな発明品、誰も歓迎しないよ。それどころか私、殺されちゃうかも。……誰でも神聖術のような力を扱えるようになれるなんてこの国の貴族達が認める訳がない。この国で神聖術を扱えるのは貴族だけだから」


 私の言葉に思うところがあったのか少女は黙りこんで俯いてしまう。しかしなにかを決意したのか顔を上げて私を見た。


「じゃああなたの発明が認められるようにこの国を私が変えるね」

「え?」

「あなたが他の人から変なことをされないように私の庇護下におきます。そこで存分にこの魔導器の研究をして。そして私の……この国を豊かにするという理想に協力して」


 そうしてその少女は手を差し出す。私は惹かれるようにその手を握り返していたーー。



「!?」


 目を覚ました私の目に飛び込んできたのは今生活している見慣れた部屋の風景だった。


「夢……」


 随分と懐かしい夢を見た。私が学生の頃に親友とした会話だ、あれは。なんで今、あの時の夢を見たのか分からないまま、私は起き上がり目を擦る。


「……ああ、もう朝かあ」


 窓から差し込んでくる日の光がまぶしい。その光で私ーーアリア・ラースハイトの意識は覚醒する。窓から外の景色を見ると朝日が昇っていた。どうやら私は作業の途中で眠ってしまっていたらしい。窓の外には王都アーカイムの綺麗な景色が広がっていた。

 今、私がいるのは王都アーカイムにある王城の一室だ。ここは私に貸し与えられた部屋で私の好きに使うことが許されている。なんで私がこんなふうに王城の一室を仕えるかというと私がしているある研究の結果のおかげだ。

 

「結局昨日も徹夜しちゃった……」


 目を擦ってあくびをしながら辺りを確認する。部屋には様々な本が散らばっていた。目を覚ますためにコーヒーを入れ、パンを食べながらゆっくりとすする。パンは上等なものではないので堅かった。口をゆっくりと動かして私はパンを咀嚼する。窓の外からは小鳥の鳴き声が聞こえてきた。


「さてと」


 ゆっくりとした時間を過ごしながらコーヒーを飲み終えた私は昨日完成させようとしていた論文に取りかかる。


「これを完成させて早く王女様に提出しないとなあ。彼女意外とせっかちだし」


 私が仕えている王女様はかなり結果を求めるタイプで結果を頻繁に聞きたがる。

 成果重視の人間だけど怒鳴ったりしないのはとてもありがたい。後、結果を出せばきちんと報酬もくれる。

 黙々と作業をしていると部屋の扉がノックされた。


「どうぞ」


 私が促すと扉をノックした人物が部屋に入ってくる。肩まである綺麗な金髪に整った顔、バランスのとれた体となにからなにまで完璧な女性だ。

 彼女はこの国の王女様であるルナ・アーカイム。私の直属の上司だ。そして学生時代からの親友でもある。


「アリア、あなたまた徹夜で研究をしてたでしょう、まったく。あれだけ睡眠はきちんととってくださいと言っているのに」


 部屋に入るなり小言を言ってくる王女様。彼女は成果に厳しいがきちんと部下に気を遣う人間でもあるのだ。こんなふうに私が徹夜したりするときちんと叱ってくる。


「いやあ、ごめんね。まとめようとしてた論文がいいところまで出来上がったから一気に仕上げようと思ってさ。気づいたら作業しながら寝てたわ」

「まったくあなたはこの国にとって貴重な人材なのですからきちんと休息をとってください。……それで完成したのですか? その論文は?」


 ルナが私に尋ねてくる。


「うん、まあね。必死に作業したおかげであらかた終わったよ。あとは細かい部分の修正だけ」

「相変わらず私生活はだらしがないことが多いですけど、研究に関しては結果を出すのですね。異端の天才です、あなたは」

「いやあ、この発明のおかげで嫌う人も多いけどね」


 私は苦笑いしながらルナの言葉を受け止める。


「まったく、あなたの発明ーー魔導器はこの国の民の生活を改善し、国を発展させるものなのに。頭の固い人達にも困ったものです」


 彼女はそう言って大きくため息をついた。こんなところまで絵になる美しさなのだから本当美人って得をしていると思う。


「いやー、仕方ないよ。そりゃ私みたいな平民がこんな道具を生み出してそれなりに人に認められるような結果を出してるって受け入れられない人には無理でしょうし。特にこの王国をずっと治めてきた神聖術を仕える貴族にとってはさ」


 この国ーーアーカイム王国は代々王族と貴族が治めている。そして王族と貴族である条件はなにか。

 すなわち神から賜った恩寵である神聖術を仕えるか否かである。なんでこんな条件で特権階級として扱われるかというとこの国を興した初代国王とそれに付き従った者達が協力な神聖術の使い手であり、その力を使って驚異を排除しこの国を建国したからだ。最近になって神聖術だけに重きを置かず、優秀な平民に門戸を開くために行政官を採用する学院にも平民の入学を認めるようになったぐらいでまだまだ階級の差は激しい。私自身も平民出身だがこの改革のおかげで学院に進学することが出来た。

 私がルナと出会ったのもその行政官を採用する学院でだ。そして今は彼女専属の人間となっている。

 なぜ私が彼女専属の扱いなのか。それはルナが彼女が先ほど口にした魔導器の開発者が私だからだ。


「魔導器で誰でも神聖術のような力が仕えるようになるなんて既存の価値にガチガチに染まった貴族層には到底受け入れられないだろうし。ルナみたいに誰もが前向きに捉えられるわけじゃないんだよ」


 そう、私は開発してしまったのだ。学院時代にこの国の土台を揺るがしかねない発明品を。

 それが魔導器。簡単に説明すると誰でも神聖術のような力を行使できるようになる道具だ。私は神聖術を自分自身では使えないがなんとかその恩恵を自分のものにできないかと考えて学生の時に考えていたのだ。

 そして魔物の魔晶石ーーいわゆる魔物の動力元ともいうべき石を用いることでその道具を開発してしまったのである。

 これがこの国の貴族達の逆鱗に触れたのである。私への評価はそれはもう耳を疑うような罵詈雑言だった。

 しかし、そんな私を救ってくれたのがルナだった。彼女は以前から平民へも成功の機会が与えられるべきだと考えており、この国を変えようとしていたのである。

 そこへ私が魔導器を発明して貴族達に追い詰められていたからこれ幸いと自分の専属にしたのである。どれだけ不満があろうとこの国の王女の決定には逆らえない。それ以来私は王城のこの一室で彼女の専属として働く生活をすることになったのだ。なので魔導器の研究以外にも彼女の政務を手伝ったりもしている。おかげでしりたくもない勢力争いの知識が増えてしまったが。

 今では多少の成果が出て私の擁護者も増えている。例えば神聖術無しで魔物避けの結界を作れる魔導具は商人に重宝されている。以前は魔物に襲われるのを考えて商人は多額のお金を払って護衛を雇っていた。しかし今は私の魔物避けの結界を張れる魔導器を用いればその必要はなくなる。

 こんなふうに利用者が少しずつ増えることで最初は皆無だった私と魔導器への支持も広がっていった。

 

「はあ。分かってはいます。ごめんなさい、あなたにはここでの生活をすることを強制してしまって肩身の狭い思いをさせています」

「いや、ルナが謝ることじゃないでしょう。むしろ助けてもらって感謝してるよ。あなたが助けてくれなかったら私はこの国にいられなかったよ。それに魔導器だってなかったことにされてただろうし」


 私の言葉を聞いてルナはほっとしたのか少し微笑む。


「ありがとう、アリア。あなたの魔導器も今は便利だと思ってくれる人も増えて最初の頃とは違ってきているというのは私も理解しています。これからも頼りにしていますね」


 彼女のようななにかを変えようとしている人間に必要とされているのは悪い気はしない。


「まあ成果を出してここに居させてもらってるわけだしね。ところでルナが来たってことはなにかあったの?」


 私がルナに尋ねると彼女は頭を抱えてため息をついた。


「そうですね、今日はあなたに協力して欲しいことがあって来ました」


 居住まいを正してルナは私に向き直る。


「現在、王城内には大きく二つの考え方があり、対立しているのは知っていますね」

「うん、私の魔導器によって国を発展させていきたいルナ達とそれに反対する人達だよね。ほとんどが考え方を鮮明にしていない人たちだとも聞いたけど」

「はい。その認識であっています。……私の兄がこちらの考え方に共感している者達のまとめ役なのは説明する必要もありませんよね」

「それはまあね、私に理解がある人間の中で一番地位が高い方だから。お兄さんも私によくしてくれてるし」


 ルナの兄のウィリアム様は私の魔導器の発明をよく思ってくれている一人だ。私が学院で追い詰められた時もルナと一緒に弁護をしてくれた。新しいものにも理解を示して国を発展させようとしている人達はルナとこのお兄さんが主にまとめ役となって行動している。


「その兄を亡き者にしようとなにやら動いている者達がいるようなのです」

「ええ……なんでまたそんな大事の火種になりそうなことをする人達がいるかな」


 ルナのお兄さんはかなり支持している人も多い。人望のある若きカリスマなのだ。その分存在を嫌がる人達がいるのも分かっているがここまで直接的な方法で害を成そうとしてくるとは思わなかった。


「それでそんなやばいことをやろうとしている人間が誰か見当はついてるの?」

「怪しいと思われる人物はいます」

「それは誰?」


 私が尋ねるとルナは一瞬言いにくそうな顔をしたがすぐに表情を切り替えて話を続けた。


「……オスカーです」

「……それは本当なの?」


 ルナの回答に私は絶句してしまう、本当なら大問題だ。

 オスカー様はルナから見たら弟に当たる方だ。そして王族の中では私の魔導器を国の文化や秩序を破壊するものとしてもっとも毛嫌いしている方でもある。そんな考え方を持った御方だからルナやウィリアム様とはいつも対立していた。

 しかしこれはいくらなんでもやりすぎだ。王族である実の兄をその弟が殺そうとしているなどというのは大事件以外の何者でもない。


「そりゃウィリアム様とオスカー様がさっきの対立していた考え方の代表だっていうのは知ってるわ。だからってこんな馬鹿げたことをする? ただでさえこんなに混乱した状況なのに火に油をそそぐ行動をオスカー様はどうしてしようとしているの?」


 私の言葉にルナも疲れたように首を振る。実の兄弟がこんな馬鹿げたことをしようとしているのだから疲れもするよね。


「分かりません。ただこちらもオスカーがそういう計画を立てているという情報を手に入れただけでまだ決定的な情報を掴んでいないのが現状です」

「それで私はなにをすればいいの?」

「私と一緒にオスカーがそういうことをしようとしている証拠を掴んでもらいます」

「いや、私はあなたの専属で王城に勤務してるし、反対する気はないけどさ。具体的にどうやってそれをやるのかは決めているの?」

「安心してください。兄さんとその方法については話合っています。とりあえず今から私と一緒に兄さんの元へ来て貰えますか」


 仕えているルナの決定に反対する訳にもいかない。かなり面倒だなと思っても私はおとなしくルナに従って一緒に部屋を後にした。

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