第206話 更生せず

 元勇者の青年が面白いくらいの勢いで吹き飛ぶ。


 地面を一度バウンドしてから壁に突っ込み、轟音を響かせて地面に落下した。


「楽勝だったね」


 いくら装備で強化しようが、そもそもの問題だ。僕と彼では地力が違いすぎる。


 1を100回かけたところで200になったりはしない。


 もう少し呪いの装備があったらいい勝負ができたかもしれないね。


 ——あくまでレベル500の僕と。


 そう思って元勇者のことを眺めていると、むくり。土煙をわずかに巻き上げて、元勇者が立ち上がった。


 ボロボロに汚れた顔をこちらに向けて、


「貴様! 俺に向かってこのような狼藉を!」


 と怒り狂っていた。


「いまのお前はただの一般人……いや、一般人以下の盗賊だろ? 犯罪者を相手になにをしようが僕の勝手だ」


「ふざけるな! 俺はいずれ勇者に返り咲く! その時になって後悔しても遅いんだぞ!?」


「いやいや……常識的に考えて無理でしょ」


 どんな功績を立てたら盗賊に堕ちた犯罪者が勇者になれるんだ。


 お前でなれるなら、僕の仲間たちはもれなく全員が勇者だよ。


 あまりのも言動にため息を吐く。


 すると元勇者は、額に青筋を浮かべながら周りを見渡した。ある一点を見てにやりと笑みを作る。


 嫌な予感がした。


 元勇者が走り、洞窟の端にいた女性を無理やり掴んで立たせる。


 人質だ。


「おいてめぇ! こいつがどうなってもいいのか!? 動いたら人質を殺すぞ!」


「……嘘だろ。そこまで堕ちるか、普通」


 あれでも一応は元勇者。少しくらいはまともな心が残っているかと思っていたが、そんなことはなかった。


 どこまで惨めに堕ちていく。


 それを見たアウリエルが、


「恥ずかしいかぎりです……父が決めたとはいえ、娘のわたくしにも責任がありますね」


 と片手で顔を覆っていた。


 気持ちは解る。目の前にいるあの男は、僕たちがよく知る勇者の成れの果て。少しは期待してたのにがっかりだ。


 どこまでも人の期待を裏切る。


「なんだおら! 文句があるなら言ってみろよ! こっちには人質がいるんだぞ!?」


「残念ながら僕たちに人質という概念はない。救える者と救えない者の区別はできる」


 そう言って一歩、また一歩と元勇者に近づいていく。


 元勇者は驚愕をあらわにした。


「く、来るな! なんで来るんだよ!? 人質がどうなってもいいのか!?」


 捕まえた女性の首元に剣を当てる。


 捕まった女性は誘拐されたのだろう。涙を流して絶望していた。


 だが、僕にはハッキリと優先順位がある。仲間を救うためなら平気で他者を傷つける覚悟もね。


 止まることなく、さらに元勇者に近づいた。


 元勇者はパニックを起こし、捕まえた女性の首を——、




「遅い。判断が遅いよ、君」




 斬ることはできなかった。


 ある程度近づくことができた僕は、元勇者が女性の首を斬る前に接近。腕を掴み、腕力で剣を離すと、その腕をへし折った。


 元勇者の悲鳴が洞窟内に響く。


「ぎゃああああ!? お、俺の腕があああ!?」


 よろよろと元勇者は後ろに下がる。


 解放された女性を引き寄せると、わずかに切れた皮膚を聖属性魔法スキルで癒す。


「大丈夫ですか? すみません、怖い想いをさせて……」


 心の底から彼女に謝罪する。


 一度は彼女の命を本気で見捨てた。僕には蘇生スキルがあるから問題ないと判断したのだ。


 それでも女性は、ぶるぶると体を震わせながらも、


「い、いえ……ありがとうございます。ありがとうございます」


 と繰り返しお礼を言ってくれる。


 こちらに来てくれたアウリエルに彼女を預け、僕は残したことを終わらせる。


「さて……それじゃあ捕まえて一緒に王都へ行こうか。お前を裁くのは僕じゃない。ちゃんとした人に裁かれたいだろ? お前も」


「うううう! 黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ!!」


 キーン、と呪いの言葉のように雄叫びを上げる元勇者。


 剣を手に彼は地面を蹴った。もはやがむしゃらに剣を振る。


 僕はそれを避けながら、


「最後まで君は反省することがなかったね」


 と言ってから元勇者を殴り飛ばす。


 再び壁にめり込んだ元勇者は、今度こそ意識を完全に手放した。最後まで呪いの言葉をやめようとはせずに……。


 その姿に、一種の狂気を見た。


「それだけ熱量があったら、もっと真面目に生きていけただろうに……」


 方向性さえ間違えなければ、彼はきっと立派な勇者にだってなれた。


 今更な話ではあるが、僕はそれが妙に悲しくなって、さっさと元勇者を捕まえようと近づく。




 ——直後、外から大量の魔力を感じ取った。


 一つ一つの反応が大きい。まるで魔族並みの魔力だ。それが、合計で十個はある。


 つまり——十人規模の魔族がこの洞窟の周りを囲んでいるってことになる。


「ッ! アウリエル! みんなでここで隠れているんだ! 外に……たぶん、大勢魔族が来てる」


「魔族が!?」


 衝撃を受けるアウリエル。


 僕は元勇者のことも含めて彼女たちに任せると、一人で来た道を戻った。

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