第204話 堕ちた勇者

 盗賊たちのアジトにやってきた。


 アジトの中はそれなりに広く、中央に置かれた明かりを囲むように複数の男たちが座っていた。


 その中に、妙に見覚えのある金髪の青年が。


 金髪の青年もまた、僕の姿を見た途端に指を向けた。


「ああ!? お、お前は……あの時の下郎!」


 第一声がそれが。


 彼の中で僕は下郎という扱いだし、隣にいるアウリエルに至っては、


「しかも売女までいるじゃないか! お前らのせいで俺は……俺は!」


 もはや言葉にするのも憚られるものだった。

 

 だんだん、と元勇者の青年は地団太を踏む。


 言うに事欠いてアウリエルを売女と呼ぶなんて……。


 僕もムカついたが、隣にいる本人はもっとムカついていた。


「ば、売女……? わたくしのことを、そのような呼び方をするなんて……は、初めてですよ?」


 声が震えていた。


 これは決して悲しんでいるわけじゃない。ショックはあるだろうが、それ以上に——怒っている。きっとフードがなかったら恐ろしい形相が晒されていたに違いない。


 そのことにホッと胸を撫で下ろし、


「僕の大切な人を売女呼ばわりは見過ごせないね。まさか君がこんな所で落ちぶれているとは思わなかったよ。次は職種は盗賊かい?」


 元勇者を挑発する。


 挑発された元勇者は、前から挑発に弱い短気な性格だった。それだけにすぐ乗ってくる。


「くっ……! 俺のことを馬鹿にしたな!? お前ごときが……たかが、見てくれが多少マシなくらいで調子に乗るなよ! お前ら、あの男を殺せ! 他の女は好きにしろ。外見だけはまともな連中だ」


「ひひひ。いいんですかい、旦那。あのフードの二人、因縁かなにかあるみたいですが」


「たしかにそうだが、男が死に、その死体の前で犯される女の姿を想像したら……くくく。少しは溜飲が下がるというものだ」


「いいねぇ、ちゃんと終わってやがる。——お前ら! 聞いたか? 好きにやっていいってよ!」


「久しぶりの女だ! 俺はあのビーストのガキをもらうぜ!」


「なら俺は、その隣の女を!」


「フードの女は俺のものだな」


 それぞれ元勇者のそばにいた男たちが武器を構えてこちらに近づいてくる。


 やる気まんまんって感じだな。色んな意味で。


 けれど、どいつもこいつも鑑定スキルで見たら入り口を守っていた男たちと大差ないステータスだ。


 一応、じろりと男たちを睨んでいるノイズやエアリーに伝えておく。


「ノイズ、エアリー……気持ち悪いのは解るけど、相手は雑魚だ。さっきみたいに手加減してね。まあ、殺しても問題はないけど」


「解りました。たぶん、大丈夫です」


「個人的にはさっさと殺したいですが……承知しました」


 渋々といった感じで二人は答える。


 アウリエルも、


「あの金髪の男は殺しても構いませんよね? 盗賊の仲間でしょうけど知り合いですし」


「落ち着いて落ち着いて」


 彼女を抱き寄せて諌める。


 アウリエルは特に馬鹿にされたからね。不敬罪的な意味でも殺してもいいかもしれないが、ちょっと彼には話が聞きたい。


 どうしてこんな風に落ちぶれたのか、と。




「マーリン様……申し訳ございません、思わず怒りに我を……」


「気持ちは解るからいいよ。しょうがない」


 僕だってあいつを殴りたい気持ちを抑えているんだ。本人ともなればその怒りは想像を超える。


「ひゃっはー! なにぶつぶつ喋ってやがる! 誰も逃がしはしないぜ!」


 僕たちの会話を聞いて、盗賊たちが一斉にこちらに走ってくる。


 手には武器が。対するノイズたちも武器を構えて対処する。


 まずはノイズだ。


 やや大柄な男性がノイズを組み敷こうとするが、肉体能力が違いすぎる。伸ばした手を掴まれ、それが一瞬にして——ボキッ。


 ノイズによってへし折られた。


「ぎゃあああああ!?」


 男は叫ぶ。だが、その間にノイズの突き出した拳が男の顎を捉えて頭を揺さぶった。


 一撃で気絶する。


 鈍い音を立てた仲間の一人を見て、エアリーに接近していた男がごくりと表情を緊迫させた。


 しかし遅い。


 すでにそこはエアリーの攻撃範囲内。彼女はスキル無しでも戦えるくらいには鍛えている。


「はああッ!」


 エアリーの鋭い突き技が男の足——太ももを貫く。


「アアアアアア!?」


 男はあまりの激痛に悶え転ぶ。血を流しながら声が枯れるほどの叫びを上げていた。


 エアリーは容赦なくもう片方の足もレイピアで貫く。


 再び重なる男の絶叫。それを聞いてわずかにエアリーはスッキリしていた。


「うわあ……あれは痛い」


 男たちにわずかな同情をすると、残りの三人の盗賊はよそ見していた僕の前に。


「こいつを捕まえて人質にするぞ!」


「おう!」


 作戦が筒抜けだ。正しい判断ではあるが、実力が違いすぎる。何より、彼らはすっかり忘れていた。目の前にいる僕に囚われている。


 ——僕の隣には、もう一人仲間がいるのに。


 アウリエルは小さく呟く。


「マーリン様には……指一本たりとも触れさせません」


 次いで、彼女のそばに光の粒が生成され——。

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