第186話 第三王女
「勇者とは強き者のこと! あんな身も心も汚れているような人間ではいけません!」
バシバシと机を叩きながらアウリエルは猛講義する。
国王は困ったような表情でなんとか言い訳を考えるが……。
「しかしな……何度も言うが、他に適正がいないのだ。男性の聖職者はみな歳を召している。かと言って女性を勇者にしようとも、シスターが戦闘などできると思うか?」
「理由はわかります。陛下の気持ちも痛いほどに。ただ……このままでは本当に取り返しのつかない問題が生まれますよ? それでいいのですか?」
「あの勇者が各所で問題を起こしているのは知っている。貴族と揉めているのもな」
「だったらクビにしてください。他に勇者を立てたほうが百倍はマシです。何ならわたくしが勇者になったほうが……」
「それはダメだ!」
きっぱりと国王陛下が強い言葉でアウリエルを諌める。
先ほどまでの情けない姿から一転、厳しい目付きになった父に彼女はたじろぐ。
「お父様……」
「お前が勇者だと? ふざけている! 王族なんて関係ない! シンプルに私はお前を失うのが嫌だ! アウリエルが傷付くだと!? そんなことになるくらいなら、あの勇者をそのまま死地へ向かわせたほうがマシだあああああ!」
バンバンバン! 父親としての顔がものすごい覗いていた。
さすがのアウリエルもこれにはドン引きである。
「陛下……さすがにそれは勇者にも失礼なのでやめてください。私だって戦えますし、何なら勇者に絡まれて撃退したくらいですよ?」
「なにぃ!? そう言えばそんな報告をしていたな! わかった! 最近仕事が忙しくてすべてを処理できなかったが、私が勇者を処理してくれよう!」
「さっきまでの話はなんだったんですか……」
やれやれ、とアウリエルが逆に冷静になった。
人は自分より落ち着いていない人間が近くにいると、逆に落ち着くものだ。
盛大にため息を吐き、陛下に言った。
「お止めください、陛下。わたくしはあの勇者が気に食わないし、勇者とは認めていませんが……それでも殺すのはやりすぎです」
「け、けどぉ……」
「可愛くありません。キモいですよ陛下」
「娘の残酷な言葉が父の心を深々と抉るぅ!」
胸元を押さえて国王陛下は大ダメージを受けた。
このままでは、下手すると父としての威厳すら失いかけない。
どうしたものかと考えた——そのとき。
コンコン。コンコン。
執務室の扉がノックされる。
「……ん? 誰だ」
国王陛下が答える。
この部屋の近くは、最高位の貴族や王族くらいしか立ち入れない。
となると、誰が来たのかはなんとなくわかる。
「国王陛下、オリビアでございます」
「オリビア? どうしたんだ、こんな時間に。入りたまえ」
「失礼します」
入室の許可を得て、長い長い白髪の直毛を揺らしてひとりの女性が入ってくる。
清楚さがまるで具現化したかのような女性だ。柔らかい目元に柔らかい笑みを携えて挨拶する。
「お忙しいところをすみません。こちらにアウリエルが来ていると話を聞きまして」
「ああ。絶賛、私が絞られているところだ」
「陛下」
じろり、とアウリエルが国王陛下を睨む。
だが、狼狽える陛下を無視して新たな来訪者——オリビアがくすくすと笑った。笑い方まで清楚さが混じっている。
「ふふ。相変わらずアウリエルは陛下に……お父様に厳しいですね」
「オリビアお姉様が甘やかしているだけです! わたくしは怒っているのですから、厳しく接しないと!」
「それもいいですけど……話は件の勇者様のことですよね?」
オリビアの瞳に、わずかに鋭い感情が宿る。
笑っているはずなのに、途端に国王陛下は胸が締め付けられる思いをした。
「はい。わたくしは二度も勇者に襲われました。近くにマーリン様や仲間がいたので問題ありませんでしたが、いくらなんでも限度を超えています! わたくしは勇者を認めません! 即刻解雇すべきです!」
「あらあらまあまあ。話には聞いていましたが、そんなに危険な人物なんですね。怖いわ」
そう言いながらも彼女は不気味に笑っていた。
アウリエルが訊ねる。
「お姉様はまだ勇者のことを知らないんですか?」
「はい。あいにくとまだお会いしたことはありませんね。話してみたいとは思うんですが……なかなか機会に恵まれず」
「それは幸運ですね。あんな人に会ったらお姉様が汚されます。絶対に会わないでください」
「ふふ。アウリエルは優しいですね。オリビアは嬉しいですよ?」
なでなで。なでなで。
嬉しそうにオリビアがアウリエルの頭を撫でる。先ほどまでの緊迫した空気が霧散した。
彼女は本当に癒し系だなぁ、と国王は思う。
だが、次いで飛び出した言葉に、再び胸が締め付けられることになった。
「——では、そんなアウリエルにプレゼントが」
「プレゼント?」
「はい。今朝聞いたばかりの情報ですよ。なんでも、王都に凄腕の女性冒険者がやってきているとか」
「凄腕の女性冒険者……それがわたくしと何か?」
「ふふ。その女性冒険者は……なんと! ——聖属性魔法スキルを持ってるらしいです」
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あとがき。
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『もしも悲劇の悪役貴族に転生した俺が、シナリオ無視してラスボスを殺したら?』
よかったら見てください!
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