第176話 マジかよ神様……

 急に現れた自称・勇者。


 なかなかに濃い奴だったね。おかげで僕を含めて、聖女ジブリールやアウリエルまで疲れていた。


「ハァ……今後はあのような方の世話までしないといけないのですか? 聖女の業務外です」


「業務外って……」


「同情しますわ、聖女様」


「代わってくださいませんか、アウリエル殿下」


「絶対に嫌ですね」


 力強い拒否が出た。


 ちょっとだけあの勇者くんが可哀想になる。


 国王陛下に選ばれた、ある意味では正しい勇者ではあるのに、その評価はかぎりなく地面に埋まっている。


 やっぱりあれかな? あのオラオラ系っていうか俺様系な態度がダメなのかな?


 僕もあの勇者からは、あんまりいい印象を抱かなかった。


「文句は国王陛下に直接言ってください。わたくしは対応しかねます」


「当然、国王陛下には、あとで大量の抗議の文章を送ります。勇者とは神に命じられた者のこと。清く正しい者が勇者足りえるのです」


「やはりマーリン様を推していくしか……」


「やめてください」


 何度言われても僕は勇者ってガラじゃない。


「残念です。あの勇者を蹴落とすチャンスだったのに……」


「まあまあ。国王陛下がどうしてあの人を勇者に選んだのか。それはアウリエルも理解してるんだろう?」


「……ええ、まあ」


 すごく不機嫌な顔でこくりと頷いた。


 そんな嫌か、自称・勇者。


「仮に王国にだけ勇者が生まれていなかった場合、王国だけが不利益を被ります。これまでの栄華が夢のように」


「まず他国に高圧的に出られるでしょうね……今後、魔王を倒したあとでも面倒なことになります」


「魔王を倒したのは二国の勇者のおかげ。その感謝を~などと言われれば、体外的に拒否することもできない」


「……面倒だね、国って」


 別に世界が救われたならそれでいいじゃん、って僕は思う。


 そう簡単にいかないのが国の運営なんだろうけど。


「マーリン様の言う通りです。本来、人と人は、手を取り助け合うべきなんです! いっそ、魔王の混乱に乗じて残りの二国を攻め滅ぼすのも……」


「僕たちが魔王になってない? それ」


「……ですね。冗談です」


 アウリエルはさらっと言ったが、ある意味では正しい国の姿なのかもしれない。


 僕が生きていた前世、地球でも争いは絶えなかった。比較的平和になっても様々な理由で争う。

 土地が。食料が。差別が。因縁が死を生む。


 人が生きているかぎり、その繰り返しから逃れることはできないのかもしれない。


「ひとまず、わたくしはやらなきゃいけない仕事が増えました。申し訳ございませんが、これにて失礼します」


 ぺこりと頭を下げて聖女ジブリールがどこかへ消えた。


 取り残された僕たちは、


「あれ……絶対に手紙を書くために行ったよね」


「ええ。あの子は冗談があまり通じないタイプです。特にこういう状況では」


「でも、いくら聖女様でも、勇者の解任はできないはず。今後、あの勇者が王国を導いてくれることを祈るよ……」


「無理ですね。わたくしにはわかります。あの手の輩は、自ら破滅への道を進む。そうと決まっています」


「ふ、不穏だなぁ……」


 信者であるアウリエルの気持ちはよくわかるが、そんな風に自国の英雄を貶すものではない。


 僕は彼に期待しているよ。僕の代わりに魔王討伐をしてくれる英雄になると。




「ところで……聖女様もいなくなりましたが、どうしますか?」


「用事が済んだので帰りましょう。最後に、神様へ祈りを捧げてもよろしいですか?」


「構わないよ、アウリエル。ソフィアたちもどうだい?」


「ぜひ! 私は絶対に祈りたいと思ってました!」


「私も。マーリン様との出会いを神へ感謝しますっ」


 アウリエルの提案に、ソフィアとエアリーはノリノリだった。


 三人を連れて再び入り口のある講堂へ戻る。


 壁際に置かれた祭壇の前に膝を突き、四人で祈った。


 僕の場合は……。




 ——神様へ。この異世界へ転生させてくれてありがとうございます。今も楽しく僕は人生を謳歌しています。トラブルこそあれど、幸せです。どうか、この世界が勇者様によって救われることを祈ります。




 うん。まあこんなものだろう。


 祈りを終えて目を開ける。


 ——すると、目の前にステータス画面が強制的に開いた。


 おまけで、久しぶりに見る神様メッセージも表示される。




『勇者の加護を獲得しました。勇者の称号を獲得しました』




「————ッ!?」


 ええええええええ!?


 必死に口を塞ぎ、内心で叫ぶ。


 ゆ、ゆゆゆゆゆ勇者ぁ!?


 勇者様に救われてほしいと願ってはいたが……どうして僕に勇者の加護を授けるってことになるんだ!?


 理解はできたが、納得はできない。


 僕は別に勇者になりたかったわけじゃないし、むしろ勇者にはなりたくない。


 最初からこうする予定だったのか、勇者を望んだと勘違いされたから勇者にされたのか。


 内心で、何度も神様に抗議する。




 ——嫌だ! そういう意味じゃない! 勇者じゃなくていいから! 僕はただの——村人Aでいいんだあああああ!

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