第173話 勇者認定
いきなり視界がひとりの女性に埋め尽くされた。
あまりの急展開に、回避が間に合わず、僕は謎の女性にそのまま押し倒されてしまう。
「いたたた……うぅ……すみません……」
僕の上で、銀色髪の女性が起き上がる。
地味に痛いです……。
「だ、大丈夫ですか、マーリン様!?」
アウリエルが膝を突いて安否を確認してくれる。
幸いにも、僕のレベルは高いから、わずかな痛みくらいで済んだ。
「へ、平気だよ。いきなりのことに驚いたけど……」
「マーリン、様?」
ぴくりと、銀色髪の女性が反応を示す。
おそるおそると言った風に、腕を伸ばして僕の仮面に触れた。
——あ、まずい。
そう思ったときには、すでに仮面が外されていた。
素顔が露になる。
「——や、やっぱり! 私と同じ髪色に、その黄金色の瞳は……!?」
「か、神様!?」
謎の女性だけじゃない。そばにいたシスターも、僕の素顔を見て驚きを浮かべる。
慌てて仮面を付けようとするが、少女がさっと僕から離れてしまう。仮面を持ったまま。
「マーリンという名前。その外見! 間違いありません……。あなた様が、噂に聞く神の御子ですね!? 国王陛下を助けたという!」
「いや、そのー……仮面を貸してくれませんかね?」
「今さらですよ、マーリン様。素顔がバレてしまった以上、仮面があっても意味ありません」
「そうなんだけどさ……」
なんとも気まずい状況になってしまった。
こちらの気持ちなど知らずに、仮面を持ったままの彼女は、恭しく頭を下げる。
シスターにいたっては、膝を突いて祈りを捧げていた。
「神の御子であるマーリン様とは露知らず、いきなりの無礼を申し訳ございません! お客様を喜ばせようと元気よく挨拶したら、足が滑って……転びました」
「ああ、だからあんな登場の仕方を……というか、あなたが聖女様ですか?」
僕は単刀直入に訊ねる。
彼女はこくりと頷いた。
「はい。この国で聖女という地位を賜っている、ジブリールと申します」
「ジブリールさんね。了解。とりあえずその仮面を返してもらえますか?」
「あっ……すみません。どうぞ」
素直にジブリールは仮面を返してくれた。
とはいえ、アウリエルが言うように、今さら仮面を付けても意味はないのでアイテムボックスの中に仕舞った。
「改めまして、この度は私に会いに来ていただき恐悦至極です。アウリエル殿下もお久しぶりですね」
急にジブリールは真面目モードに入った。
先ほど体当たりしてきた女性とは思えないな。僕の前だから猫を被っているのだろうか?
「お久しぶりです、ジブリール様。お元気そうで何よりです」
「先ほどの挨拶に関しては触れないでいただけると……それより、どうぞ中へ」
ジブリールの案内で、聖女の部屋? の中に入る。
用意してもらった椅子に座り、テーブルを挟んで彼女と話す。
「お二人が教会へやってきた理由は解ります。神託の件でしょう?」
「そのとおりです。単刀直入に訊きますが……どうして魔王しか現れていないんですか?」
「その疑問、まずはもっともだと返しておきますね。私も最初に聞いたときは驚きました。ここ何代かの聖女は、神託を賜っていなかったのに、急に声が聞こえたのですから」
そう言ってジブリールは一拍置いてから話を続けた。
「その上でこう返事を返すのは心苦しいですか……理由は私も知りません。天上の主である神から賜ったのは、魔王が誕生するという情報だけ。私もいまだに困惑しています」
「魔王誕生の神託のみ……」
「かなりまずい状況だね。他の国には勇者が生まれたのかな?」
「現在、他国には手紙を出して確認中です。数日のうちに返事が返ってくるでしょう。個人的には、勇者はひとりでも欠けるとまずいので、残り二人の勇者様がいるといいのですが……」
その言葉はフラグじゃないかな? とは言えなかった。
だが、勇者がひとりいない。残りの二人がいなくてもなんら驚くことではない。
「いろいろと情報不足ですね……下手すると、人類の危機でもあります」
「はい。——ですが、私は神を信じています。勇者様がいないことには理由があると」
「わたくしも同意見です。それで言うと、すでにその代わりになるであろう人物に心当たりが……」
ちらり。
アウリエルの視線が、隣に座る僕へ向けられた。
それを追いかけて、ジブリールまで僕を見る。
「噂によると相当お強いとか。アウリエル殿下はマーリン様の実力をご存知なんでしょう?」
「ええ。マーリン様は最強です」
「あのランク1冒険者であるディラン様より強いという話は聞きましたが……一体どれほどの力を……」
「魔族が出現した、という話はご存知ですか?」
「魔族ですか? 聞きましたよ。アウリエル殿下が大変な目に遭ったとか」
「それを倒し、わたくしを救ってくれたのがマーリン様です」
「そ、それは……!」
ごくりと、ジブリールが喉を鳴らす。
ジッと僕を見つめたあと、グッと拳を握り締めて笑った。
「間違いありません! マーリン様こそが勇者様の代わりだったんです!」
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