第172話 聖女様

 教会に足を踏み入れてすぐ、奥からシスターがやってきた。


「ようこそ教会へ。本日はどのような——って、あなた様はもしや……?」


 シスターが話しかけた際にアウリエルに気付く。


 フードの奥で、彼女はにやりと笑った。


「ご無沙汰しております、シスター」


「ああ! やっぱり。アウリエル殿下でしたか!」


「急な来訪をすみません」


「いえいえ。殿下でしたら我々はいつでも歓迎します!」


「ありがとうございます。今日は聖女様に御用があって……」


「聖女様に? ということは……もしや、魔王の件でしょうか?」


 シスターはすぐに答えに行き着く。


 いま一番HOTな話ではあるよね。


「はい。聖女様にご確認したいことがあって来ました」


「畏まりました。ただいま確認してきますので、近くの席でお待ちください」


 そう言うと、シスターは講堂の奥へと姿を消した。


 仮面を付けた怪しい僕の存在は完全にスルーである。


 あの人、かなりできる人だな……。


「聖女様は忙しそうだね」


「多忙ではありますね」


 近くの横長の椅子に座る。


 周りの人たちがじろじろとこちらを見ていた。


 アウリエルはフードをしてても、その存在感が隠せないね。


 ……いや、間違いなく僕のせいなんだけど。


「今回は特に聖女様は忙しいかと」


「魔王誕生の神託、か」


「はい。あれのせいで、問い合わせが殺到してると聞きました。誰だってどういうことか訊きたいものです。それに、勇者不在に関しても」


「それが一番の理由だよね」


「間違いありません」


 そりゃそうだ。


 僕だって勇者がいない件に関しては気になる。


 それを訊くためにここまで来たって感じでもあるし。




「——あ、シスターが戻ってきましたね」


 アウリエルが、扉を開けて戻ってきたシスターに気付く。


 彼女は目の前までやってくると、


「確認が取れました。こちらへどうぞ」


 恭しく僕たちを奥の部屋へ通してくれた。




 ▼△▼




「……あのー、ちなみにですが……」


「はい」


「そちらの仮面を付けた男性は、どのようなご事情で……」


「うぐっ」


 とうとう突っ込まれてしまう。


「身元はわたくしが保証します。なにぶん、シャイな方なので」


「は、はぁ……しかし、なんとなくその白いローブには覚えがあるような……」


「ッ!?」


 デデンッ!? という音が耳元に鳴り響いた——ような気がする。


 もちろん気のせいだが、気分はホラー映画で犯罪者に追われる被害者だ。


 ドクドクと心臓が早鐘を打つ。


「白いローブ……金糸の入った白いローブ……それに、フードを被ったアウリエル様の知り合いと言えば……」


「——そ、それより! 聖女様ってどんな人なんですか!?」


 僕は、正体がバレる前に無理やり話題を変えた。


 シスターがいきなり大声を出した僕にびくっと肩を震わせる。ごめんなさい……。


「聖女様は美しい女性ですよ」


 アウリエルが僕の質問に答える。


「他には」


 そういう情報じゃなくてね?


「わたくしと同じ髪色ですね。マー——」


「へぇ! それは珍しい! すごいね!!」


 余計なことを言おうとしたアウリエルの言葉を遮る。


 彼女はくすりと笑った。


「それだけではありません。浄化系のスキルを多数所持しているので、モンスターと戦える珍しい聖職者ですね」


「勇者の旅に同行したり?」


「はい。それが聖女の役目です」


「大変なんだね、聖女様って」


 神託を受けるまでは教会で修行したり、質素な生活に身を置き、いざ神託されたら今度は勇者と戦いの旅に出る。


 なんて過酷なんだ。


「基本的に聖女に選ばれる方は、敬虔な信者だったりしますから、本人は楽しそうですよ?」


「アウリエル殿下ももう少し早く生まれていれば、きっと聖女様に選ばれていたでしょうね」


「ふふ。それはどうでしょうね、シスター」


 ってことは、これから会う予定の聖女様はアウリエルより年上なのか。


 しっかり聖女に選ばれる基準があるってことは、魔王と勇者、それに聖女の歴史はなかなかに古そうだ。


 この手の小説、ゲーム、漫画、アニメではよくある設定だが、いったい、魔王や勇者、聖女っていうのはなんだろうね。


 魔族も含めて、一体どうやって生まれ、どうして争うのか。その歴史も少しだけ気になった。




「あ、そろそろ部屋に到着しますよ。あちらの扉の先に聖女様はいます」


 しばらく長い廊下を歩いていると、やたら白と金色の装飾が施された荘厳な扉が見えてくる。


 見るからに、「関係者以外立ち入り禁止」って感じがする。


 おまけに、色合いが白と金って……自分のローブと同じ色だ。


 ますます、僕をこの異世界に転生させた存在が、神様であることが証明されていく。


 安心するような、気まずいような……。


 だが、僕の内心など知らず、先頭を歩く二人はそのまま扉の前までやってくると、ノックをしたあとで扉を開けた。


 とうとう聖女様と対面——。




「きゃあああああ!」


 扉を開けた途端、目の前に聖女様が突っ込んできた。


 ——え?

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