第166話 退路はなし?

 ホールの中央に立った国王陛下。


 話を始めた陛下は、真っ直ぐに僕のほうへと視線を向けた。


 直後、嫌な予感がする。


「余はある者の助けを得て生きている。その者がいなければ、確実にこの国は滅んでいただろう。皆も先の騒動は耳にしているはずだ。近親者が亡くなった者もいるかもしれない。だが!」


 国王陛下が声を張り上げる。


「だが! 我々は負けない! 姑息なテロリストなどに屈指はしないのだ! そのための希望がある! ひとりは我が友にして最強の冒険者と名高いディラン!」


 近くに立っていたディランが手を上げる。


 周囲の貴族の期待の眼差しが突き刺さっていた。


 続けて、国王陛下はやはり僕を見る。


「そして……我が命を救い、民のために尽力してくれた神の御子——マーリン殿だ!」


 バッ。


 陛下の手がこちらに向けられる。


 同時に、周りにいた貴族たちが一斉に僕を見た。


 視線が集中する。すごい数だ。


「あれが陛下を助けた平民?」


「平民にしては恐ろしく顔が整っているじゃないか」


「というより……あの髪の色と瞳は……」


「まさに神の御子!? 神の生まれ変わりとでも言うのか!?」


 ざわざわ。ざわざわ。


 僕を見ながら貴族たちが口々に感想を漏らす。


 聞こえてくる内容から察するに、どれも好意的ではあった。


 一応、この国を救った英雄として認知されているらしい。


「彼はあのディランが勝てなかった相手にすら勝った! それはディランを超える強者であるという証拠。我々には彼がついている! ゆえに、絶望はするな! 常に神が我々を見ている!」


「おおおおおお!」


 貴族たちが、陛下の言葉に沸く。


 逆に僕はげっそりとした表情へ変わった。


 隣にいるアウリエルがくすくすと笑う。


「これでマーリン様の存在が皆さんに周知されましたね。きっとそばにわたくしがいることを踏まえて、マーリン様が王族の仲間入りをするのでは? と思う人も出てくるはず。ふふふ……順調ですね」


「君は何を言ってるのかな、アウリエル」


「いえいえ。何も。ただ、マーリン様の逃げ道が徐々に塞がっていくなぁ、と」


「塞いでいる、の間違いじゃなくて?」


「そうとも言いますね」


 そうとしか言いません。


 たしかに彼女の言う通り、多くの貴族は僕が王族と懇意にしてると勘違いしただろう。


 実際アウリエルとは仲もいいし、そういう関係だから別に間違ってはいないんだけど……。


「言っとくが、僕は王族にはならないよ。アウリエルはもらうけど、王族にはならない」


「ふふ。ありがとうございます、マーリン様。わたくしは第四王女なので、マーリン様のもとへ嫁いでも平気ですね」


「前向きで何よりだよ」


 そういうところはアウリエルの長所だ。


 それにしても……。


「それにしても……すごい視線の数だね。僕はいつまで彼らに見つめられればいいのかな?」


「陛下の挨拶も終わりましたし、そのうち声をかけてきますよ」


「逃げてもいい?」


「ダメです☆」


 がしっ。


 アウリエルに腕を掴まれる。


 ムニムニと柔らかなものが当たっていた。


「まさか僕まで貴族に挨拶しろと?」


「この国で生活していくなら、貴族とは仲良くなっておいたほうがいいですよ」


「公爵子息には嫌われたけど」


「あれは問題ありません。癇癪持ちだと他の貴族からも嫌われています」


「それは問題ないと言えるのかな?」


「はい。あ、ほら。早速こちらに来ましたよ、挨拶が」


「……やれやれ」


 どうやら僕は逃げられないらしい。


 話しかけてきた貴族の男性と軽く会話を交わす。


 それを口火に、次々と他の貴族たちもやってきた。


 特に女性からのお誘いがすごい。


 隣にアウリエルやソフィアたちがいるっていうのに、お構いなしで結婚の申し出がくる。


 側室でも構わないから一緒にいたいという女性の多さよ。


「もしかして僕の外見って……信者の人以外にも刺さるのかな?」


「今更ですか?」


「だって、あくまで神様と似てるからモテてるのかと思ってたもん」


「違いますよ。たしかにそれも重要な要素ではありますが、神様自体が美形とされています。そしてマーリン様も世間一般的に超絶美形です」


「超絶」


 それはさすがに言いすぎなんじゃ……いやでも、たしかに女性からの熱視線とお誘いの数はすごかった。


 中には婚約破棄してまで結婚したがる女性や、旦那を捨てるからと言い出す人妻まで現れた。


 あわや修羅場である。


 当人にバレてないことを祈るばかりだ。


「だから気をつけてくださいね? 貴族令嬢たちは良縁に飢えています」


「飢えている」


「マーリン様のように、顔よし性格よし金よし将来性よしの好物件は、すぐ食われてしまいますよ?」


「好物件」


 この子、割と言いたい放題だな。


 それで第四王女が務まるのか?


 ……務まっているのか。


「了解。なるべくみんなから離れないように注意するよ」


「はい。そうしてください」


 にこりと笑ったアウリエル。


 彼女と共に、ホールの奥に引っ込んだ陛下に会いに行く。

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