第105話 秘密のスキル

 僕が遅かったから、ソフィアが死んだ。


 僕が魔族の男に奇襲されたから、ソフィアが死んだ。


 守ると約束したはずなのに、僕は彼女を助けることができなかった。




 怒りに任せて魔族を殺す。


 それでも湧き上がる激情は止まらず、ソフィアの亡骸の前でひたすらに懺悔した。




 しかし、その矢先、——ソフィアが目を覚ました。




 確実に心臓が潰され、鼓動が止まり、呼吸もしていなかったはずだ。


 体も冷え切っていたし、間違いなく彼女は死んでいた。


 それなのに……あっさりと目を覚ました。


 まだ体は不自由なのか、呆然と僕を見上げて、


「…………マーリン、さま?」


 名前を呼んでくれた。


「どう、し、て……泣いて、るの?」


 ぽたぽたと彼女の顔に涙が落ちる。


 申し訳ないと思っても、ソフィアの声を聞いたら止まらなかった。


 後ろでは、「うそ……」と言いながらエアリーもまた涙を流している。


「ソフィア……よかった。よかった! 生きて……生きていたんだね」


 彼女を抱きしめる。少し痛いくらい抱きしめる。


「生き、て? ……ああ、なるほど」


 耳元で彼女の声が聞こえる。


「私は、たしかに死にました。それは、間違いありません」


 しかし、と彼女は続ける。


「しかし……私には、秘密の、スキルがあります」


「スキル?」


 なんの話だ、と一旦彼女を離す。


 お互いの視線が交差して、ソフィアはにっこりと、ぎこちない笑みを作った。


「はい。私の、スキル……、です」


「不死!?」


 まさかとは思ったが、その名前はひとつの効果しか思い浮かばない。


「魔力を、消費することで、何度でも……私は蘇る。だから、死んだのが、私でよかった」


 ソフィアの視線が、ゆっくりと僕から外れる。僕の後ろにいるエアリーを見ていた。


 涙声でエアリーが叫ぶ。


「よくないわよ! こんなにお姉ちゃんを心配させて……あなたって子は……!」


「あはは。ごめん、ごめん。でも、お姉ちゃんが死んだら嫌だよ、私」


「私だってソフィアが死ぬのは——!」


「ううん。私は簡単には死なない。死ねないの。不死身のスキルは自動で発動するから、魔力さえあれば絶対に死なない」


「そうか……その力があったから、君はひとりでも……」


 まだエアリーが病気に罹っていた頃、ソフィアはたったひとりで街の外に出て薬草を摘んでいた。


 運よくモンスターとは遭遇したなかったと言ってたが、恐らくこのスキルのおかげで生き延びてこられたのだろう。


 ひとまず、彼女が復活してホッとする。


 よく見ると、胸に空いていた傷が治っていた。


 再生能力もありか……便利だね。


「ん……んん! よし。もう平気だよ、マーリンさま、お姉ちゃん。この通り、傷も治りました!」


 破けた胸元を隠しながら、穴は空いてないよアピールをする。


 僕もエアリーも同時に笑みを浮かべた。


「うわあああああん!! よかったですううううう!!」


 今度はなぜかノイズが大泣きする。


 彼女の頭を撫でてあげながら、僕はソフィアに謝罪した。


「本当によかった。ごめんね、ソフィア。僕が油断したばかりに、君に痛い思いを……」


「いいえ。マーリンさまはなにも悪くありません。悪いのはすべてあの魔族です!」


「そう言えば魔族はマーリンさまが倒したのですよね。さすがですね、マーリンさま」


 いままでジッと静かにソフィアたちを見守っていたアウリエルが、会話に参加する。


 僕はこくりと頷いた。


「少しだけ苦戦したけど、まあなんとかなったよ」


「まさか魔族が現れるとは思ってもいませんでした。マーリンさまがいなかったら、間違いなく全滅していましたね」


 ホッと胸を撫で下ろすアウリエル。


 あの男が狙ったのはアウリエルだ。一番の被害者でもある彼女は、僕たち以上に恐怖を抱いているだろう。


 今度こそ、もう油断しないで彼女たちを守らないと。


「ほら、立てる? ソフィア」


 会話もそこそこに、エアリーがソフィアに手を伸ばす。


 横になっていた彼女は、その手を取って立ち上がった。


「平気だよお姉ちゃん。傷も治ったし、もう動ける」


「ならすぐにでも街に戻りましょう。また魔族の仲間やモンスターが来ては困ります」


「そうだね。一応、ソフィアは僕が背負っていく。いいかな?」


「ま、マーリンさまが私を!?」


 かあっとソフィアの顔が赤くなる。


 そんなに恥ずかしいかな? 怪我人なんだから遠慮しなくていいんだよ、ソフィア。


 そんな気持ちを込めてにこりと笑うと、ソフィアはもじもじしながらも頷いた。


「よ、よろしくお願いします……」


 ゆっくりと僕に背負われるソフィア。


 ぎゅうっと、なぜか肩に添えた手に力が入っている。


 やっぱり恥ずかしいっぽい。でも、蘇ったばかりの彼女に無理はさせられない。


 知らないふりをして僕は歩き出す。


「羨ましいですね……あ~! ワタクシモツカレテシマイマシタワ~」


 後ろから棒読みのアウリエルの声が聞こえたので、


「今日はいい天気だねぇ」


 無視しておいた。

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